第26話 王都に来てくれませんか?


 真紅の髪とルビーの瞳。高価な装備と、一級の鍛治師が作り上げたのだろう剣を腰に下げている。

 ロードライト家のセリカ・ロードライト。


 そして、もう一人は高級そうなローブに身を包んでいる瑠璃色の、魔術師といった装いの少女。

 ルピナス家のジュリア・ルピナス。


 幼き頃からその才能を遺憾なく発揮し、月日が経つと共にその名声が止まる事も知らない、天才たちだ。


 その彼女たちが、この辺鄙な山にある我が家を訪ねてきていた。


「とりあえずお茶をどうぞ」


「ありがと」


「いただきます」


 玄関先での立ち話もなんだということで、二人をテーブルのところへと案内し、座ってお茶でも飲みながら話を聞くことにした。


「それで、何か頼みたいことがあるという話だったが」


「ええ。実はあなたの力を借りたいの。この前、黒龍を倒してくれたあなたにしか頼れないわ」


「あなたただけが、私の希望なの」


「ほう?」


 前屈みで、食い気味に期待の目を向けてくる彼女たち。


 ……けれど今、この子達はなんと言った。

 俺にしか頼れない……。黒龍を倒した俺にしか頼れないだって?


 おかしなことを言う。


「あの黒龍は俺が倒さなくても、君たちなら余裕だったはずだ」


 ……なんせこの子達は才能に溢れているからな。


「あの黒龍の時だって、君たちが黒龍との戦闘中に、俺は横からでしゃばって倒したに過ぎない」


「だ、だからそれは誤解で……」


「わ、私には、倒せないんです……」


 と、俺があの時のことを思い出して言うと、彼女たちはそんな謙遜をしていた。


 あくまでも、自分たちはそんな実力はないと否定する彼女たち。


 ……やめてくれ。

 俺にとって、それは辛いことだった。もっと虚しくなるだけだ。


 才能のある者がする謙遜は、そうではない者にとって、自己肯定感を下げるだけのものでしかない。


 この少女たちの前にいると、自分の凡人さを思い知らされる。


 何より、本当に才能がないのなら、彼女たちは今ここにはいない。

 彼女たちは恐らく、転移の魔法を使って、この家へとやってきたのだろう。

 けれど、その転移の魔法というのは、誰でも使えるものではない。俺だって苦労して使えるようになったものだ。

 そしてこの山に直接転移するためには、防犯も兼ねてこの山自体に施された阻害魔法を突破する必要もある。


 それを彼女たちは、超えてきてる。


 クラウディア級の魔力がないと、それは不可能だ。


 それでも自覚がないというのなら、今それを証明しようと思う。


「どうだろう。クラウディア。君から見てこの二人は」


「魔力の質と量が桁違いだわ。もしかして噂のロードライト家のセリカ・ロードライトと、ルピナス家のジュリア・ルピナスじゃない?」


 この場にいるもう一人の天才。あのクラウディアが普通に驚いている。


 確定だ。

 クラウディアもこの二人には実力があると見抜いている。


「この子達なら、何があっても余裕でしょうね」


「お分かりいただけただろうか」


「「な、なんでこうなるの……」」


 クラウディアにここまで言わせるとは、滅多にないぞ。


「っていうか、クラウディアってまさかあの!?」


 クラウディアを見て、セリカ・ロードライトが目を見開いていた。


「え、Sランクの天才の!?」


 ジュリア・ルピナスもクラウディアの正体に気づいたようだった。


「そうだ。こちらは最年少でSランクに到達し、今だに高みを目指しているクラウディアさんだ。どうだ。すごいだろ」


「なんであなたが自慢げなのよ……」


 ……ばか、とクラウディアはこっちを睨んだ後、ぷいっと顔を背けていた。


「「じゃあそっちは、もしかして加護のシェラ!?」」


「そうだ。こちらにいる彼女こそ、神々から祝福を受けて、その身にいくつもの加護を宿しているシェラさんだ。どうだ。すごいだろ」


 噂に聞いたことがあるのだろう。

 彼女たちは俺の隣に座っているシェラの正体にも気づいたようだった。


 シェラも才能ある若者で、結構有名な子なのだ。


「……せんぱい、こういう時は褒めてくれるんですね」


「いつも褒めてるじゃないか」


「あっ、そういえばそうでしたっ」


 上機嫌になったシェラがくふふと笑い、「おかわりのお茶持ってきます」とスキップしそうな軽やかな足取りでキッチンへと向かった。


「あの有名なクラウディア様とシェラ様と知り合いなんて……」


「やっぱりこの人、すごかったんだ……」


 二人が俺のことをキラキラとした目で見ていた。


 この感じ。どれ。俺も名乗ってやろうじゃぁないか。


 聞いて驚け。


「俺の名前はエディだ」


「「……き、聞いたことない」」


「…………」


 二人は途端に気まずそうな顔をしていた。


 知らない……か。


 けれど、この世界というのはこんなものだ。才能ある者は幼い頃からその名が広まり有名になり、才能のない者はずっと無名のまま誰にも知られずに死んでゆく。


 この世界で才ある者とない者では、人生のレベルが違う。


 その差は埋めることはできない。決して、だ。その身を悪魔に売り渡しても、絶対に。



「……でも、待って。ここにクラウディア様がいるのなら、彼女にも頼むべきかも」


「……頼もしいどころじゃない。これで私の勝利が確定した……」


 クラウディアに視線を向けて、何か頼み事をしようとする二人。当然だ。俺でもきっとそうする。名のある有名な人に頼まない理由がない。


「とりあえず事情を聞いてほしいの。まだ話してなかったわよね」


「実は王都でーー」


 それから彼女たちが語ってくれた話はこうだった。


 現在、王都付近になんらかの魔物が現れている。倒しても分裂して、再生する魔物。それが王都へと進行しているそうだ。


 分裂、再生……。

 それには心当たりがある。つい先日の赤龍騒動。あれの正体は赤龍ではなく、そのガワだけ真似ているものだった。龍殺しさんに真っ二つに切られたのに、その断面が動き出して、独立して動こうとしていた。一応、あの後、後始末としてそれらは跡形もなく消滅させたのだが、今回王都付近に現れたという魔物もそれに似たものなのかもしれない。


 自然に発生したもの……というよりも、人為的に作られた魔物のような気がする。

 そういうことをする者たちを俺は知っている。


 ーー魔族。


 龍殺しさんも敵視していたあの存在だ。


「だからクラウディア様……。どうか、お願いできませんか?」


「あなたのお力で、王都の人々を救ってください……」


「嫌よ」


 即答するクラウディア。


「「……えっ」」


「嫌と言ったの」


「「ど、どうして……」」


「気に入らないわ。その態度。自分たちには力があるのに、どうして私に頼むのか。理解できないわ」


「「っ」」


 そんな……と泣きそうになる二人。


 しかしクラウディアは構わずに続ける。


「今のあなたたちの姿を見ていると、虫唾が走るわ。自分たちには才能があるのに、それを無視している。無自覚だわ。それが周りにとって、どれだけ酷なことか、分かってる?」


 私だったら、絶対に許せないわ。と。


 そのクラウディアの言葉は、目の前の彼女たちに向けた言葉なのか。

 それとも、もっと別の。遠い日の過去、もしくは他の誰かに言った言葉なのかーー。

 それは彼女にしか分からない。


 けれど、その言葉は、俺に響いた。


「クラウディア……」


 君ってやつは……。

 それでこそクラウディアさんだ。


 彼女は常に自信満々だ。彼女には才能がある。それを彼女自身が誇りに思っている。


「ありがとう……」


「……なんであなたがお礼を言ってるのよ」


 俺は拝んだ。


「「うう”……っ」」


 そして説教された二人は、たまらずに泣いていた。


「怖い”……」


「怒られた”……」


「あーあ! 泣ーかせた! クラウディアさんが泣ーかせた! いけないんだぁ〜」


 ここぞとばかりに、クラウディアを糾弾するシェラ。


「……っ」


 流石に言いすぎたと思ったのかもしれない。クラウディアも気まずそうな顔をしていた。


「知らないんだー。その言葉がいつブーメランで自分に返ってくるか、怖いなー。恐ろしいな〜」


「……くっ」


「私なら言い切れないな〜。だってブーメランが怖いもんなぁ〜」


 シェラが揚げ足を取ろうとする。さすがシェラさんだ。揚げ足を取らせたら、シェラさんに敵う者はどこにもいない。


 そして泣き続けている二人は、嗚咽を上げながら、ゲホゲホと咳までしていた。


 ……しかし、どうも、それだけではないようで。


「……はじめて人に怒られた……」


「こんな厳しいことを言われたの……今までなかった……」



「「人から怒られるのって……こんな感じなんだ……」」



「……ん?」


 ……どうしてこの二人は嬉しそうにしているのだろう。


「……やっぱりこの二人、ムカつくわ」


「……殴りたい」とクラウディアが、苛ついた顔をしているように見えた。


 そして結局、王都には俺が一緒に行くことになり、三人で現場へと転移するのだった。


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