第28話 あいつがやったんだ!
転移した先の王都、ディフレシス。
街を囲っている外壁の外には、すでに多数の騎士や冒険者たちの姿があった。
皆、事態に備えて集まっているようだ。この街には現在、危機が迫っている。その知らせは、皆にも伝わっているようだった。
その数、騎士だけでも数十ほどいる。冒険者も合わせると数百はいるように見える。その冒険者たちはすでにやる気のようで、互いに剣をぶつけ合って模擬戦のようなことをして体を温めている者もいた。
しかし、この人数。さすが王都だ。
そして彼らは、この場に現れた二人を見て、期待に満ちた声をあげていた。
「おお! セリカ様とジュリア様が来てくれたぞ……!」
「心強い!」
話によると、もう直、問題となっている魔物が現れるとのことだった。
王都まで転移した俺たちも、調査班のその報告を耳にして、今は待機中というわけだ。
「話によると、敵は地を這うトカゲのような魔物みたいよ」
「それが四体、王都を目掛けてやってきているみたいです。大きさは人の倍ほどの大きさです」
セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスが、情報を再確認するように教えてくれる。
この二人は目立つ。なので俺たちはなるべく目立たないように、街の外壁の近くの日陰の部分にいた。それでも目立つこの二人。そして周囲の者たちは、そんな二人のそばにいる俺を見て、敵意を隠さない顔をしていた。「どうしてあんなにパッとしない男がセリカさんとジュリアさんのそばにいるんだ」……というように。
そんなこちらに、近寄ってくる少女の姿があった。
「あ! 先日はどうもお世話になりました! お久しぶりです!」
「治癒師ココか」
治癒師ココ。桃色の髪の、ショートヘアの少女である。
先日、黒龍の件の時に知り合った少女だ。
「……どうも」
その治癒師ココの後ろには、もう一人少女がいた。
どこか眠そうな顔でお辞儀をする少女。
錬金術師のポーネだ。この少女も先日の黒龍の件の時に知り合った少女である。
セリカ・ロードライト。
ジュリア・ルピナス。
治癒師ココ。
錬金術師ポーネ。
才能ある若者たちが、この場に集結していた。
「でも、これなら楽勝かもね。なんたって、ここには戦力がたくさんあるんだし、数は正義よ!」
セリカ・ロードライトが、勢いに乗った様子で勝利を確信していた。
「私、この戦いが終わったら、しばらく別荘でのんびりしながら、自由を謳歌しますわ」
ジュリア・ルピナスが優雅にそんな予定を立てていた。
フラグだ。
彼女は予定と一緒に、何かのフラグも立てていた。
「でも油断は禁物ですよ。今回の敵は、倒されて肉体を両断されても、独立して動くという話です。しかも再生するそうです」
治癒師ココが、用心だけはしておきましょうと、気を引き締めた顔をする。
確かそういう話だったもんな。
なんとも奇妙な習性を持った魔物だ。
自然界にもそういう魔物はいるにはいる。噂で聞いたことがある。けれど今回の件、どうにも人為的なものを感じる。
作られた魔物。
その可能性も高い。
実際に見てみないことには分からないが、昔どこかで、そういう研究をしている者がいるという話も聞いたことがある。
なぜ王都に向かってくるのか。
何か王都に、目的があるのか。
「それでも安心よ。なんたってこっちには黒龍を倒してくれた、あなたもいるのだもの」
「頼もしいですわ」
セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスが俺に信頼を寄せてくれているようだ。
結局クラウディアには断られてしまったから、今回は俺が一人で来ることになった。
そして、俺も今回、少し気になることがあるから、ここにやってきたのだ。
シェラとクラウディアは留守番をしてくれている。今頃、二人っきりの家の中で、気まずい思いをしているかもしれない。けれど、案外すんなりと打ち解けて、仲良くなっているかもしれない。それを願うばかりだ。
まあでも、そもそもの話。
俺がいなくても、今回の事態なんて、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスの二人がいれば、何も問題なく解決できるはずだ。
これに関しては、断言できる。
あのクラウディアも「この二人なら余裕よ」と言っていたしな。
しかし、当の二人はというと……どうにもその自覚がないようだ。
「私たちは、後方に避難しててもいいかもしれない……」
「戦いは、やる気のある皆さんに任せた方がいいですわ」
「ちょっと、お二人とも。だめですよ。ここにいるみんなは、お二人のことを頼りにしてるんですもん。もちろん、私もお二人のことは頼りにしてます。一緒に頑張りましょう」
そうして、治癒師ココとセリカ・ロードライト、ジュリア・ルピナスは、話し込み始めていた。
「……しかしこの王都の街には結界が張ってあるんだな」
俺は振り返り、街の入り口の門の先、外壁に囲まれている王都に目を向ける。
その王都全体を囲むように、結界が張ってあるのが分かる。
薄くて頑丈な、魔力の壁だ。これを張った者は、よほどの魔力の持ち主だと思われる。
「「……結界?」」
二人は首を傾げていた。
「結界がどうされました……?」
治癒師ココも首を傾げていた。
……気付いてないのか?
「いいや、なんでもない」
ここにいる騎士や冒険者たち全員も、街を囲ってある結界のことには気づいていないようだった。
しかし、どうもこの結界、最近覚えがあるものに似ているような気がするな。
まあ、いい。
それも、いつか分かる日が来るのだろう。
「……ん、あれは報告班か」
その時。
数人の騎士の格好をした者たちが、遠くの方からやってきて、騎士団長と思わしき人物に、何やら報告をしている姿があった。
俺は耳をすまし、それを聞く。
なるほど……。
周囲の魔物の間引き、か。
どうやらここに集まっている者たち以外にも、王都周辺の森や平原にて、沸いている魔物を倒している者たちがいるそうだ。
よくある話だ。
何か異常事態が発生すると、周辺に生息する魔物がおかしな動きを取ったり、凶暴化して通常時よりも人間を襲ったりするのだ。
ひどい時には、群れで暴れ回り、最終的にはそっちの被害の方がすごいという話もザラだ。
というか、今も、少し遠くの方まで気配を調べてみると、あちこちで苦戦しているのを感じ取ることができる。
ここよりも、そっちの方が大変そうだ。
「少し、周りの様子を見てきてもいいだろうか」
「「だめ!」」
俺が許可を取ろうとすると、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスが、俺の両腕を掴み、どこにも行かせないようにしようとしてきた。
「あなたがいない時に、標的の魔物が来たら、どど、どうするのよ」
「お願いだから、こ、ここ、ここにいて」
声を震わせながら懇願する二人。
「その心配はしなくてもいい。大丈夫だ」
俺はあくまでも冷静にそう言った。
「周囲の確認をしてこようと思うんだ。標的が来たときに、周りの森に潜む魔物が集団で押し寄せてきたら厄介だろう。今のこの場には多くの戦力がいるけれど、潜んでいる魔物の数を侮ってはいけない
「……一理あるわね。何があるか分からない以上、実際にあなたの目で見ておきたい。そういうことね」
セリカ・ロードライトが渋々、手を離してくれた。
「慎重に慎重を重ねる。私、慎重な人は嫌いじゃないですわ……」
ジュリア・ルピナスも渋々、手を離してくれた
「「でも絶対に戻ってきてね!?」」
彼女たちは切実そうに、そう願っていた。
「うむ」
俺は力強く頷いた。そして、この場を離れるのだった。
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「ぐあぁぁ……ッ」
「アニキッ」
王都付近の森の中。
アニキと呼ばれたガタイのいい男が、魔物の一撃を受けて吹き飛ばされていた。
直線上にあった木に背中から勢いよくぶつかり、血を吐いた。
「俺のことはいい……今は目の前の敵に集中しやがれ!」
「……っ。強さが尋常じゃねえ……」
今回の事態を聞きつけて、早馬を走らせ、隣国の王都まで駆けつけた二人の冒険者の男たち。
しかし……苦戦していた。
二人がやっているのは、王都周辺でおかしな動きを見せる魔物たちの間引き。……だったのだが。
苦しい顔をしている二人に近づくのは、苔色の小鬼。ゴブリンであった。
群れで行動すると厄介で狡猾な魔物なのだが、一体一体はそれほど強くはない。アニキと呼ばれたこの男は冒険者ランクB。ベテランで、これまで何度となくゴブリンぐらいなら狩ってきた。そう、ゴブリンを討伐することなど、赤子の手を捻るよりも簡単な作業だった。
がしかし……今回はどうも様子がおかしい。
「……変異種か」
ニタニタと気味の悪い醜悪な笑みを浮かべながら、愉悦の声を漏らして近づいてくる全長130センチほどの小鬼。
手には、厚さのある棍棒が持たれている。その目は紫紅に怪しく光っており、なんとも不気味だった。
「くるぞ……ッ」
「くっ、やるっきゃねえ……!」
ガタイのいい男が己の武器である巨大な塊を手に、立ち上がる。取っ手がアダマンタイト製の大槌だ。魔力を使用しながら握ると、武器全体が黄土色に発光した。
「ケッ! 舐めんじゃねえぞ、餓鬼風情がッ。大槌のグラハムとは、俺のことだッ!」
己の肉体程もある武器を軽々と振り回し、一気にゴブリンに接近する男。
「アニキ、行ってください!」
もう一人の男は、それをアシストするために、共に走りながら中級魔法を連発していた。
水魔法ウォーターボールが魔物目掛けて一直線で飛んでいく。
「捉えたッ」
直後、地響き。
振り下ろされた男の渾身の一撃が、敵を頭上から押し潰した。
「……何ッ!?」
確かに手応えはあった。
しかし、ゴブリンは両手を上に挙げ、大槌を受け止めていた。足が地面にめり込んでいるが、しかし耐えている。
そして、全身に力を込めていることで、額に血管を浮き上がらせたゴブリンが、突如ギャギャギャと不可解な声をあげた。
その瞬間だった。
「……来るぞッ」
草木が擦れる耳障りな音。それが複数近づいてくる。けれど、薄暗い森の中はやけに静かにも感じた。
それは、錯覚。
静かなわけがなかった。
「ばかなッ」
「こ、こりゃ、無理ですよ、アニキッ」
気づいた時には囲まれていた。
ずらりと。
複数のゴブリンが取り囲み、二人の逃げ場はなくなっていた。
そして、一斉にそのゴブリンたちが醜悪な笑みを浮かべながら、二人目掛けて飛びかかってきた。
「く、くそッ、離れやがれッ」
「ギヤァァァァァ!」
背中に、頭に、足に、腕に。
絡み付いてくるゴブリンたち。
そして、その牙が二人の体に突き刺さろうとしたその時ーー。
「お、おい……まじかよ」
瞬間、ゴブリンたちの首が、一瞬で切り飛ばされていた。
ぼとりぼとりと、地面に打ち付けられる。その首からは噴水のように血が吹き上がる。
真っ赤なゴブリンたちのそれを浴びながら、二人は一瞬心臓が止まった気がした。まるでその光景は地獄だ。何が起こったのかを、脳が理解しきれていない。
しかし、思考停止状態から回復した男は立ち上がり、すぐに察した。
「そうか……! あいつだ……! あいつがここに来てくれて、やりやがったんだ!」
「あ、アニキ……あいつってもしかして、エディですかい!?」
「けっ!」
こんなことができる奴なんて、限られている。
「気に入らねえ奴だぜ……!」
実際にその姿を見ることはなかった。ここにいたゴブリンを倒したその者は、どうやら少し離れたところで戦闘をしている他の冒険者の元へとすでに向かったようで、颯爽とそれに助太刀をして、また別の場所へと向かったようだ。遠くの方から驚きと魔物の断末魔がいくつも聞こえてくる。
「俺には分かるぜぇ……! あいつがやったんだ……! ちくしょうめ! さっきのことは、貸しにしといてやるからな!」
男は嬉しそうに笑い、やる気に満ち溢れた顔で再び武器を取るのだった。
* * * * *
そして、数分後。
王都へと迫る魔物が、ついにその姿を見せた時。
「「あ、あの人、まだ戻ってきてないんだけど……」」
セリカとジュリアは顔を青ざめさせて、嘆いていた。
頼みの綱の彼は、未だに帰ってきてないのだった……。
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