第27話 一方その頃、ギルドの様子……。

 * * * * * *


 冒険者ギルドの受付にて、一人の受付嬢がため息をついていた。


「はぁ……。今日も来ないなぁ……」


 憂鬱だ。何度ため息をついても、つきたくなる。


「こら」


「いてっ」


 帳簿の端の部分で、頭を叩かれた。


「受付嬢がそんなんだと、冒険者さんたちの気まで滅入っちゃうでしょ」


「だって今日もエディさん、来なかったんですもん……」


 先輩職員の注意も、あまり響いてないようだった。


 彼女は待っていた。

 一人の男がギルドに来てくれるのを。


 その男の名をエディという。ある日突然、このギルドで冒険者登録をした男で、それ以来ソロで活動し、瞬く間に高難易度依頼をこなせるまでになった男だ。


 この世界で、実力のある者は、幼少期からその名が広まり有名になる。例外は、人里離れた場所に住んでいるか。それともエルフなど、人間種とは距離を置いて生活している者たち、ぐらいなものだ。


 その男エディは、無名だった。故に、もしかしたら前者なのかもしれない。

 でないと、説明がつかない。


「エディさん……とっても優秀な人だったもんなぁ……」


 颯爽と現れ、瞬く間に誰も受けずに溜まっていた依頼を受けてくれた男、エディ。


 そんな彼のことを、この受付嬢は気に入っていた。

 気に入ったでは言い表せない個人的な感情も、彼に対して抱いていた。


 ……しかし。

 そんな彼がここ最近、全くギルドに現れなくなったではないか。


「おかしいです。私、エディさんがギルドに来てくれた時には、大歓迎してましたのに!」


「それが原因だったんじゃないの?」


「そんなことないです!」


 先輩職員の言葉を、キッパリと否定する彼女。


 ーーエディさん、今日も依頼を完璧にこなしてくださいました!ーー


 ーーエディさんはとっても優秀な方です!!ーー


 彼がこのギルドで依頼をこなしてくれるたびに、彼女は心からの感謝の気持ちを彼に伝えていた。これでもまだ足りないぐらいだ。


 ……にも関わらず、彼はこのギルドに来なくなった。


 おかしい……。


「でも、あれだけ優秀な人だったんだから、今頃、別の場所で活動してるんじゃないの? 隣国の王都とか、結構有名な冒険者が集まってるって聞くし」


「……そうなんでしょうか」


 それも一理ある。

 名のある者たちは、それに相応しい場所で活動をする。

 冒険者という、実力主義で、己の力でのし上がっていく者たちなら、なおさらそうだ。 


「……だったら私も移動届け出さないと! エディさんがそこにいるのなら、私もこうしてる場合じゃない!」


「こらこら!」


 即断即決した、勢い任せの彼女を、先輩職員が止める。


「離してください! これ以上エディさんに会えないと、私もここにいる皆んなみたいな、むさ苦しくて芋みたいな顔になってしまいますッ」


「……もしかしてそれに、私たち職員も含まれてる?」


 その言葉に、ギルド内にいる者たちがピリついたのが分かった。

 職員のことも、冒険者のことも。

 彼女は言ったのだ。むさ苦しい芋のような顔だ、と。

 全方面を敵に回したのである。


「お、俺はシンディーちゃんの事、大好きだぜぇ?」


「俺はアシェリーちゃんのためにいつもギルドに来てるんだよ?」


「「……はぁ」」


 むさ苦しい顔で近づいてきた者たちに返ってきたのは、それぞれの職員のため息だった。


((私だって、エディさんのこと、気になっていたのに……))


 最近彼がギルドに来なくなったことで、寂しい思いをしているのは皆同じだった。


(かっこよかったもんな……)


 あまり目立つ方ではない容姿。黒髪で、物静かで、冷静そうな態度。

 突如、颯爽と現れ、ソロで数々の高難易度依頼を達成したダークホース。

 皆が彼に釘付けになっていた。


 優しそうで、初々しい感じもして、少し人見知りだけどそれを周りに見せないようにしているそんな人だった。


「「「はぁ……」」」


 彼がこのギルドに来なくなったことで、ギルド全体の士気が激減しているように思えた。



「話は聞かせてもらった」



「!」


 そこに現れたのはギルド長。このギルドを管理している40代ほどの男だった。

 そんな彼が目をやったのは、受付にいる例の若手受付嬢だ。


「とりあえずお前には話がある。日頃の勤務態度……。普段の仕事はこなしてくれていたが、やはりその口の悪さはどうにも目に余るな。また裏で説教だ」


「ご、誤解なんですよ〜」


 威厳のあるギルド長の言葉に、萎縮して弁解しようとする受付嬢。しかし言い訳は聞き入れてもらえなかった。

 日頃から、彼女はギルド長の説教を受けているのである。常習犯だった。


 しかしそれでも、と冒険者たちの要望もあって、彼女は受付の座に座り続けている。


(((さすが『くそガキ受付嬢』ビビアちゃん……)))


 それが彼女の愛称であった。






「アニキ。アニキは大丈夫ですか?」


「ああ? 何がだ」


 ギルドに併設されている食堂の所。

 猫背気味の男が、ガタイのいい男の心配をしていた。


「アニキも、あのエディっていう男のこと、気に入ってたじゃないですか……」


 よくこのギルドで、アニキと呼ばれているこの男は、エディという冒険者に絡んでいた。

 まず、初めてこのギルドで登録した時に絡んでいた。そこから何かある度にいつも絡んでいた。


「アニキも、あいつがこのギルドに姿を見せなくなって、寂しいですか……?」


「けっ、くだらねえこと聞くんじゃねえ」


「アニキ……」


 そのアニキの横顔が、いつもと違う気がするのは気のせいだろうか……。

 猫背気味の痩せ型の男は、アニキの様子が気になっていた。アニキ……寂しそう……。


「だ、大丈夫ですって。きっと奴ぁ、どこかに引きこもって隠居生活でもしてるかもしれませんぜ? ほら、人付き合いに疲れてそうでしたしなぁ」


「そりゃ、おめえが、何かあるたびにイチャモンつけてたからだろうが」


 まあ、俺もイチャモンつけてたが……とアニキは懐かしむように言う。


 そして勢いよく立ち上がり、ニヤッと笑った。


「よーし。そろそろ行くぜ」


「……アニキ? どこに行くんでやすか?」


「どこって決まってるじゃねえかよ。王都だよ。隣国よ」


「王都?」


 そう言ったアニキは確信しているようだった。


「知ってるか? 今、隣国の王都ではどうにもキナくせえ魔物が出たそうだ。こりゃ、一波乱ありそうだ」


「つまり……」


「けっ。あいつのことだ。きっといるはずだ。波乱ある場所に、あいつがいねえわけがねえ。あいつはそういう男だ。俺はあいつのそういうところが、気に入らねえ……!!」


 そう言いつつも、アニキの顔は悦びに満ち溢れていた。


「さあ、行くぜ。奴の元へ」


「へい! アニキ!」


 こうして武器を背負った男たちが、早馬を走らせて一世一代の戦いへと赴くのだった。


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