第29話 敗北のセリカとジュリア

 * * * * * * * *


 少し離れた崖の上に、怪しげな人影があった。


「……さて。どう転ぶかしら」


 セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスの様子を伺いながら、その人影は黒い笑みを浮かべるのだった。



 * * * * * * * *



((本当に帰ってこない……))


 その時、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスに危機が迫っていた。


((もう魔物、来てるのに……))


 前方。王都周辺に広がる平原にて。

 遠くの方から土煙が近付いてくる。その土煙の主は、地を這うトカゲのような魔物。赤い体躯の魔物だった。それが現在、王都で危険視されている標的だ。


 それを討伐するために自分たちはここにいて。

 王都から距離を置いた場所に移動し、迎え撃つことになっていたのだ。


 しかし……。

 肝心の助っ人の彼は、どこかに行ったっきり未だに戻ってきてはいない……。


『周りの様子を見てくる』。そう言ったっきり、彼はこの場からいなくなってしまい、戻ってくる気配もなかった。


 彼は頼みの綱だった。黒龍を倒せるほどの逸材。彼が側にいてくれれば、なんだってできそうな気がした。


 しかし、その肝心の彼が自分の前からいなくなってしまった。


((こ、こうなったら……))


 となれば、やることは一つ。


「「私、あの人を探してくるわ」」


「ちょっとお二人とも! もう、魔物きてますから!」


 この場を離れようとする二人の肩を、がしっ、と掴んだのは治癒師ココだ。


「そんなこと言われたって、彼が戻ってきてないんだもの!」


「私、分かりました。先程までの待機時間、彼がここにいてくれたから、余裕を感じられたんだって……」


「それでもだめです! お二人がここを離れたら、みんなの士気に関わります」


 周りを見てみる。

 そこには、各々の武器を手にして、土煙を上げながら迫ってくる魔物を勝ち気な態度で見ている猛者たちの姿がある。


「さあ、セリカさん、ジュリアさん。みんなの舵を取ってあげましょう!」


((そ、そんなこと言われたって……))


 お願いだから煽らないで……と二人は切実に思った。


 治癒師ココがそんな調子の良いことを言うものだから、この場に集まっている猛者たちがこっちを見て、今か今かとその時を待っている。


(ちょっと、あんたが舵を取ってあげなさいよ)


(ちょっと、あなたがーー)


 と、ガシガシガシとセリカとジュリアが、互いに肘をぶつけ合って、無言の圧を掛け合っていた。


 他力本願。似た者同士。互いに責任を押し付けあっている。


 しかし、そんなことをしている間にも、魔物は待ってはくれない。


((ああ……嫌だけどっ))


 二人は吹っ切れた。


「あんたたち、さっさとあの魔物を倒しなさい! このセリカ様の前で無様な姿を見せたら許さないんだから!」


「ふふっ。凡人たちがどう踊ってくれるのか、せいぜい楽しませてもらいましょうか」


 セリカは腕を組みながら上から目線で命令した。


 ジュリアは髪の毛を払いながら、下々を見下ろすように命令した。


 辛辣とも言える二人のその言葉は、周りの闘志に火をつけた。


「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


((扱いやすい……))


 けれど、都合のいい人たちばかりで、二人は救われた。


 その熱量のままに、走り始める戦力たち。各々の武器を手に握りながら、土煙を上げながら迫ってくる魔物へと立ち向かっていく。


 数は四体。等間隔に間を開け、横一列に並んでくるその魔物は、およそ全長3メートルほど。

 対して、こちらは騎士や冒険者を合わせて、数百はいる。その者たちは日頃から魔物や外敵と武器を交えている者たちだ。


((……これは心配しなくとも、余裕なのでは?))


 その二人の楽観的とも言える余裕。それも仕方がないというものだった。なんたって、こっちは数で何倍も優っているのだから。


 そして、遠くから迫ってくる敵の土煙と、こちらから一斉に立ち向かい始めた味方の土煙がぶつかった時、勝負は一瞬にして着いてきた。


「なんだ、余裕じゃねえか!」


「たった一撃で真っ二つだぜ」


 倒れているのは、赤いトカゲの魔物。


 迫ってきていた敵、四体とも、すでに討伐されていた。

 四体中、二体が剣で刻まれて、後の二体は鈍器のようなもので潰されたような亡骸になっていた。


「気を抜くな。報告では息絶えた後も、復活して活動を再開すると言われている」


「んなこた、分かってる。だから、別々の倒し方にしたんだろうがよぉ」


 騎士の言葉に、中年の冒険者が答えた。


 なんでもこの魔物は、倒しても死なないという報告がある。つまり不死かもしれない。だから、倒したとしても油断はできない。


「今のうちだ。光魔法を使える者は浄化を試みてくれ」


「私たちの出番です」


 倒した魔物を複数の騎士や冒険者で囲み、その彼らの前に出たのは治癒師ココを筆頭とする光属性の魔法が使える、魔術師たち。


 浄化魔法だって使える。


 敵が再生するのなら、アンデッド等の可能性も高い。だったら浄化すれば倒せるかもしれない。


「確か、事前の調査班からの報告では、普通の浄化魔法が聞かないってことでしたね。だったらーー」


 治癒師ココはその手に持っていた杖を敵の亡骸に向け、呪文を紡いだ。


 最上級浄化魔法『ホーリーディストラクション』。


 使い手があまりおらず、治癒師ココもこの日のために必死で覚え、ようやく習得できた魔法である。


「いきます……」


 治癒師ココの杖から、虹の残滓が亡骸を包むように放たれた。


 他の三体にも同様に、この日のためにその魔法を必死で習得した魔術師たちが、敵の亡骸に使用していった。


「これで、どうか……」


 ……しかし。


 その願いも虚しく、効果は見られなかった。


「くっ! 動いてるぞ!」


 ゴボゴボと倒された魔物の亡骸。それが動き始め、両断されていた個体は両断された状態でそれぞれが独立して動き出す。潰されていた個体は、徐々に膨れ上がり、先ほどよりもその体積を増そうとしていた。


「今のうちに潰せッ! 刻めッ! 袋叩きにして、動きを許すなッ!」


 冒険者たちは容赦無く、おかしな動きを見せようとする魔物に追い討ちをかけていく。


「治癒師ココ様ッ、今のうちにどうか対策をッ」


「っ。やってみます」


 ココはこの日のために、書物を読み漁り、解決策をもういくつか用意していた。それを全て試していく。


 しかし、それも長くは続かない。


「な、なんだこいつッ。急にこちらの攻撃が効かなくなったぞッ。ぐはぁッ!」


 ある一体の個体を取り囲んでいた集団が、一斉に吹き飛ばされていた。


 やったのは、最初よりも八倍ほど膨らんだトカゲの魔物。


「こ、こっちもッ、ぎゃあああああああ!!!」


 別のところでも、悲鳴が上がる。


「な、なんてこった……」


 気づけば敵の数は、刻まれ、それが独立して動き、さらにそれが数度繰り返されたことで、四体から十体までに増殖していた。


「切るなッ! これ以上増やすなッ! 叩き潰せッ!」


「そんなこと言われたって、こいつら潰す度に強度と体積を増しやがるッ! こっちの武器が保たねえッ!」


 ガキンッ、と嫌な音がして、複数の冒険者たちの武器が砕けていた。


「……か、勝てねえ」


「む、無理だ……」


 こうならないために、発見されてから今日まで、あまり手を出さないようにしていたはずなのに……。

 結局、敵を増殖させてしまい、それぞれの個体を強化させてしまった。


 未だに死なないその魔物を対処する術は、見つかってはいない。


「一度引いて、体制を立て直さないと……」


 そう言って、最初に下がったのは誰だろうか。それを皮切りに、各自、後ろに下がり始める者たち。

 誰かが下がると、自分もと、後ろに下がる者たちが後を立たなくなってしまう。


 結果、全線で戦っている者たちの数がどんどん減って、さらに後ろに下がるものが続出する。


「た、保てねえ……」


 数で優っていたこの場にいた者たちは、先程までやる気に満ち溢れていた。

 ……しかし、その優位が崩れ、そこにさらにマイナスの集団心理が働き、皆が逃げ腰になっていた。


 勇敢な者たちは果敢に前線で魔物を食い止めようとしているものの、そういう者たちからやられていく。


「に、逃げろ……! もう、無理だ!」


「ばか、おい!」


 その結果、さらに後退するものが続出し、前線が完全に崩壊することになってしまった。


 幸いだったのは、魔物たちが倒れている冒険者たちに襲いかかることがなかったこと。魔物たちは自分たちに集まってくる火の粉を振り払っているだけのように、冒険者たちには目もくれない。最初から眼中にないようだった。


 そして、みんなが我先にと後退する最中。


「ぐふっ、ちょっと、まっーー」


「わ、私も避難したいのに、うっ、がふっーー」


 逃げ惑う複数の者にぶつかられて、避難が遅れていた、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスの姿があった。


 この二人は最初、動かなくなった魔物を皆が総出で袋叩きしていた際に、その様子を見にきていたのだ。


 そしてこちらの優位が崩れ、危なくなったのをいち早く察知した二人は、素早い動きで誰よりも先に逃げようとした。しかしその際に、慌てていたせいで足をもつれさせてしまい、逃げるのに失敗したのだ。


 その結果、逃げ惑う猛者たちの波にぶつかって、逃げるのがさらに遅れてしまっていた。


「わ、私、足を挫いてるから! ぐふっ」


「痛いっ、私の足をっ、踏まないでっ」


 そして、二人は直面することになる。


「「!」」


 皆が逃げ去った後、そこに残っていたのは、こちらが何もしなくとも独自に分裂し、数を増した魔物の姿。大きさは当初の二十倍ほどある。その数、数百はくだらない。


 さらに最悪だったのは、その魔物たちが、逃げ遅れているセリカとジュリアの二人がいる方へと進行していたことだった。


 土煙が容赦無く迫ってくる。


((お願い、黒龍を倒してくれたあの人、助けて……))


 二人は願った。

 未だに現れない、彼の存在を。


 しかし……無情にも最期の時がやってきてしまう。


「「ぐはッ」」


 結果、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスは魔物の侵攻に巻き込まれ、その体は宙へと吹き飛ばされた。


 そして、地面に叩きつけられた二人の脳内に、走馬灯が駆け巡るのだったーー。


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