第11話 畑で取れた希少な花。
「間違いありません……。こ、この花は、ティラスの花です」
「そんな名前の花だったのか」
ギルドの受付にいる女性が、牡丹色の花を見て驚いていた。
冒険者ギルドでは、素材の買い取りも行っている。この街では専用の窓口もあり、俺はそこに立っていた。いくつか買い取ってもらいたい物があったからだ。
それは、山で手に入れていた素材だ。
せっかく街に行くのだから、ついでにあの山で採れていた植物とかを売りたいな、と思っていて、持ってきていたのだ。買い物の足しになればいいな、ぐらいの気持ちで。
そしたら、俺が査定してもらったうちの一つ、牡丹色の花を見た瞬間、ギルドのお姉さんは驚愕の様子でその花に見入っていた。
「こ、これをどこで……。あ、いえ、情報源は言えませんよね……」
情報は金になる。
立派な財産だ。
普通、安売りはしない。情報料として、いくらか金銭のやり取りが発生するものだ。
けれど、別に隠すことでもない。
俺は普通に教える事にした。
「うちの畑で作物を育てていた時に、生えていたんだよ」
「……そうですよね。言えませんよね。厚かましいことを聞いてしまい、申し訳ございませんでした」
……お、おい。なぜ謝る。なぜ、腰を直角45度に曲げて、綺麗なお辞儀をするんだい。職員のお姉さん。
彼女は秘密なことを聞いてしまい、ごめんなさいと謝っていた。
……さては、俺が情報源を誤魔化すために、「畑に生えていたのさ」と適当な嘘を言って、誤魔化しているとでも思っているな?
けれど、本当にこの花はうちの畑に生えていたのだ。なんたって土の質がいいからな。よく珍しい植物が気づいたら生えている時があるのだ。まあ、雑草が大半なのだが。
「いえ、いいんです。全然、大丈夫ですから。分かってますってっ」
そう、全然分かってくれていない様子のお姉さんが、にこっと微笑みかけてくれた。笑顔が眩しかった。
でも、そうか。
この花は、『ティラスの花』という名前なのか。
お姉さんの反応を見た感じ、珍しい花なのだろう。
というより、そうだ、思い出した。俺も『ティラスの花』という名前を聞いた事がある。これがその花だったのか。
『ティラスの花』。
それは希少な花。滅多に手に入らない花である。稀にダンジョンから入手できることもあるらしいのだが、運要素が大きい。だから、価値があるのだ。
それで今回、俺が査定してもらったのは、この花と他にもいくつか用意していたものがある。所持していたものの三分の一ほどを、査定してもらった形だ。
全部出してもよかったのだけど、それだとこのテーブルに乗り切れないほど、出す事になるから、とりあえずこれだけにしておいた。
残りはバックに入っている。このバックはマジックバックといって大量に収納できるものだから、便利なものだった。
「合計でいくらになるでしょうか?」
「そうですね。全部合わせて、500万ゼルになります。内訳はティラスの花が400万ゼルです。他のこちらが20万ゼルで……」
俺は内訳を聞いていく。
前世の世界の円に換算すると、1ゼルが1円。
10ゼルが10円。
500万ゼルが500万円だ。
その中でも花一本だけで400万ゼルもするのだから、ティラスの花という牡丹色のこの花は相当な値段だ。
「あくまでこれはギルドで売却した場合の金額です。この街には商人さんたちも多いので、そちらで交渉すればもっと値段も跳ね上がると思います」
「なるほど……」
ふむ。そのまま買い取ってくれた方がギルド側としては利益が出そうものなのに、親切に教えてくれるとは。
情報は財産だ。けれどギルドには信用もある。だから教えてくれたのかもしれない。
「それで、どうされますか?」
「せっかくですし、ここで買い取っていただければと思います」
「ほんとですか!? 本当にいのですか……!?」
「是非」
「ありがとうございます!」
「うむ」
笑顔でお礼を言ってくれるお姉さん。
なんだか、いいことをした気分になれて、俺は余裕の表情で頷いた。
まあ想像よりも、高く買い取ってもらえたから、お姉さんのその笑顔と相まってプラスかもなっ。
今の俺には余裕がある。
金銭的にも、精神的にも。
仮にもし数年前の俺だったのなら、即決で他の場所で取引をしていただろう。あの時はギリギリだったからな。
けれど、今はだいぶ落ち着いているから、別に構わない。
あと、この街で冒険者として活動する時が来た際には、ギルド側からの印象もよくなるかもしれないしな。
「……これで、オリビアさんも喜びます。それと、このティラスの花のことで、もしお時間に余裕がありましたら、こちら側からご提案もあるのですが」
「提案?」
すると、その時だった。
「あ! オリビアさん! ちょうどいいところに!」
ハッとした職員の女性が、ギルドの入り口に向かって手を挙げた。
そこには、今し方入ってきたと思わしき銀髪の少女の姿があった。
「っ」
何事かと、オリビアと呼ばれた少女は少々険しい表情でこちらへと歩いてきて。
「……ねえ、あまり人の名前を、大きな声で呼ぶのはちょっと……」
「ご、ごめんなさい。でもオリビアさん、ほら、これ!」
「!? ティラスの花じゃない……!!」
驚く彼女。
受付の女性が見せた牡丹色の花を見て、目を大きく見開いていた。
「っ」
そして俺も驚いていた。
なんだ、この子に眠る魔力の質は……。
表面には出ていない。けれど内側にくすぶっている研ぎ澄まされた力を感じる。
しかも……この感じは、才能ある人物と出会った時特有のものだ。
「これ、どうしたの!?」
「こちらの彼が、ギルドで買い取りをして欲しいと言ってくださったんです」
「もう取り引き終わった!?」
「いいえ、まだです」
どうぞ、と受付の女性は、オリビアと呼ばれる少女に花を渡した。
すると彼女は申し訳なさそうに、それでいて少し興奮した様子で受け取って、一度冷静になった後で、こちらを見て向かい合った。
「あなたがこの花の持ち主ね。言い値で買い取るから、私に買い取らせてくれないかしら」
「つまり、個人で取引をしようと」
「ええ」
ギルドの許可は取ってあるらしい。
どうやら彼女はこの花を求めていたようで、事前にギルド側に話を通していたようだった。
「ええ、実はーー」
と受付の女性が軽く説明をしてくれるのだが、言い値で買い取る……か。
買う側だとしたら、一度俺が冒険者ギルドに買い取ってもらって、それから彼女がギルドから買った方が、彼女も得をするのではないだろうか。
ギルドから買った場合、売値がいくらになるのかは分からないが、それを彼女は、俺から言い値で買い取ると言っている。
もし俺が相場の倍以上の値段を提示しても、この感じだとすぐに首を縦に振りそうな感じだ。
どちらにしても、俺としてはそちらの方が得をするから、いい話ではあるのだろうけれど。
俺は一度職員のお姉さんの方を見て、それからオリビアという少女の方に視線を戻した。
「私はこれを欲している。もし私が後からギルドでこれを買い取った時に、因縁をつけられたりするのが嫌だから、それなら今の時点で直接本人から買い取らせてもらいたいというだけよ」
ふむ。
というか。
「そこまで必要なら、別にこのまま持っていくといいさ」
「タダってこと……?」
俺の余裕のある言葉に、あからさまに眉を顰める彼女。警戒の色も滲み出ている。
「それか俺が普通にギルドでこのまま買い取ってもらうから、その後で君が普通に買うといいさ」
「……でも、それじゃあなたにメリットがないわ。せっかく儲けが出るチャンスなのに、損をするだけじゃない」
「別にいいさ」
元々がそのつもりだったのだから。
なにより。
「そのティラスの花なら、あと数本ほど持っているから、必要なら追加で持っていくといいさ」
「「!?」」
すっと俺が余裕を持って、追加で牡丹色の花を取り出すと、彼女たちはびくっと息を詰まらせたかのように固まっていた。
「な、なんで希少な花がそんなにたくさん……。一体、どうやって……」
「うちの畑の土は優秀だから、たくさん採れたんだ」
と、俺はうちの畑を自慢するようにそう言ったのだが、
「そ、そっか……。そうよね……」
「言えないわよね……」と彼女も職員のお姉さんの時と同じような反応を見せていたのだった……。
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