第10話 鉱石の街


 街にやってきた。


「久々に来たな」


 ここは鉱物が多く取り扱われている街。名をミネリタスの街という。


 街の外を左にしばらく行くと、鉱山があるのが特徴で、そこで採れた鉱石がこの街で販売や加工され、その他にも商人が集まってきて取引きなども盛んに行われていると、昔、どこかで耳にしたような気がする。


 そんな街に現在、俺はやって来ていた。


 一人だ。シェラは山奥にあるあの家で留守番をしている。


「せんぱい、買い物に行くんですか? あ、鍛治に必要な道具を買い足しに行くんですね。行ってらっしゃい」


 と、シェラは俺のベッドに寝っ転がった状態で、『あ、そうそう。……お土産なんて期待してないんですからねっ』と遠回しにおみやげを催促するようなことを言っていた。シェラは普段はどちらかというと活発なこという印象なのだが、最近ではそんな風にゆったりしている姿をよく見かける。暇な時には、当たり前のように俺の部屋のベッドでごろごろしている。


 まあ、リラックスできているのならそれでもいいのかもしれないとも思うが、どうにも解せないところもある。


 ……がしかし、今回の買い物は俺も一人での方が気楽だ。故に、今回は一人で街に行くことにした。


「そっか。分かった。じゃあ行ってくる」


「……。もうちょっと名残惜しそうにしてくれてもいいと思うんですけど……」


 と、ジトっとした目でこちらを見ていたシェラが小一時間ほど俺の出発を妨害して来たため、俺はそれを撃退したり……。

 といった出来事の末に、ようやくこの街へとやってきたというわけだった。



 並び立っている建物。大通りの屋台。

 活気の良い客寄せの声と、そこを行き交う人たち。

 地面には、柿色のレンガと透明な鉱石が敷き詰められていて、オシャレだと思った。


 こうして街に来るのは、冒険者の登録をしたあの街以来だ。クラウディアがいる街だ。あの街に買い物に行ってもよかったのだけれど、今回はこの街にやってきた。


 目的は、鍛治に必要なものを色々と買うためだ。

 この街は鉱石の取り扱いが盛んでもあるため、色々とそちら方面のモノを買う時にはありがたいのだ。


 およそ、3年ほど前に俺はこの街を訪れたこともあった。それ以来、来ていない。けれど随分、雰囲気が変わったように思える。以前来た時は、なんだかピリピリしたような空気を感じたものだ。


「まずは冒険者ギルドに行こう。色々買い取ってもらおう」


 俺は歩き出す。

 この街にも冒険者ギルドがある。


 当時は諸事情でここで冒険者登録をすることはなかったけれど、ギルドの位置は知っている。確か、大通りを曲がってすぐの所だ。


 そんな俺の腰には、一振りの剣が下げられている。


「失敗作だがな……」


 黒龍の棘を使った剣、名を『黒棘剣』という。


 黒龍の棘を使用し、俺が鍛治で鍛え上げた剣だ。

 磨き上げられたダークパールの輝き。上品さを感じられる刀身。思わず自分で見惚れてしまうほどだ。


 けれど、難点は俺の力に耐えられないということだ。俺が強化魔法を使いながら本気で握ろうものなら、たちまち砕けてしまうだろう。それが、今の俺の鍛治の限界だった。一番、重要な部分が改善できていない。


 それでも、自分で作った剣。

 それを失敗作……と言ってしまうのは悲しいし、愛着だってあるため、今回はこうして飾り代わりとして腰に装備してきた。これは名刺代わりでもある。


 街の中を歩いていると、この街で活動する冒険者らしき者とすれ違う。


 その一瞬、俺はその冒険者の装備に目をやった。向こうも俺の剣を見ていた。


 己の身で渡り合っていく者同士。すれ違う瞬間には無意識のうちに、互いの獲物に目が行ってしまう。そして、その者の格付けをすることになる。


 これは冒険者に限らず、どの世界でもあることだろう。身につけている物や見た目次第で、自分より上か下か値付けをする。冒険者は武器や装備でそれを判別することが多い。あと、この世界なら魔力か。もし相手の魔力を判別する能力を身につけているのなら、それで相手の格を測る。


『ッ、なんだ、あの剣は……』


 先ほど、すれ違った冒険者が立ち止まり、後ろで振り返った気がした。

 でも、そうだろう……俺のこの失敗作の剣を見て、内心馬鹿にしているのだろう。あいつ、ガラクタを下げてるぜ、と。


『さ、鞘の内側から、とてつもない脅威を感じる……』



 その後も、他の冒険者たちとすれ違う度に、彼らは俺の腰にある剣を見て立ち止まり、そして振り返ってこちらを見ている気がした。


 けれど……これも修行のうち。


 あえて失敗作のこの剣を腰に下げることによって、自分の未熟さを痛感し、恥をかき、至らないところと向き合わねばいけないのだ。

 そこを乗り越えることで、ようやくスタートラインに立てるのだ。


 だから、俺は堂々とこの不出来な黒龍の剣を腰に下げて、歩みを止めることはない。


 笑いたければ笑え。

 けれど、最後に笑うのはこの俺だ。


 なんてことを思いながら、もうすぐで冒険者ギルドに着くという時だった。


 前方の方で、悲鳴が聞こえた。

 見ると、そこには一体の魔物の姿があった。街中であるにも関わらずだ。


 もぐらのような、それでいて嘴の部分が硬い岩石のように尖っている魔物だ。


 恐らく、地中から這い出て来たのだと思われる。


 この街では、稀にこういう事が発生する。この街の周辺にあるダンジョンの影響だろうか。ダンジョンといえば俺も前に入った事がある。まあ、そのダンジョンは崩落してしまったがな……。巻き込まれた俺は、死ぬ寸前だった。あの時の俺は今の半分ほどの実力しかなかったため、瀕死の重傷を負ってしまった。苦い思い出だ。


 まあ、この街には冒険者も多数存在する。

 だから、今のこの騒ぎもすぐに沈静化するだろう。さっきも何人もすれ違ったしな。ほら、今も……。


 ーーけれど、間の悪い事に冒険者は誰もそばにはおらず。


 果てには、近くの屋台からおたまのようなものを持って走ってくるおばちゃんが魔物と戦おうとしていた。


「やれやれ……」


 しょうがない。


 俺は騒ぎの原因になっている前方に向かって歩き、少しばかり魔力を使用した後、そのままそこを通り抜けた。


 その数秒後、一瞬だけ騒ぎの声が大きくなったかと思うと、魔物が倒されたとの事だった。


 次第に、集まっていた人だかりは離れていき、元の日常が訪れる。


 そして後に聞いた話によると、この日以来、とある屋台が大繁盛したそうであった

 そこの店主は「い、いや、あれは……」と謙遜していたのだが、魔物を瞬殺する勇敢なおばさまとして、これから先、街の住人たちに親しまれる事になったそうであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る