第9話 もっと構ってほしいのに…。


「せんぱい。このコップに入っている赤い液体って飲んでいいんですか?」


「いいぞ。黒龍の血だがな」


「お、お腹壊しちゃう……」


 テーブルに置かれている黒龍の血を見て、「なんてものを置いてるんですか!?」と焦ったように抗議するシェラ。まあ、その通りだ。


「悪かった。……でも今朝、それが黒龍の血だって言ってなかったっけ?」


「あ、そういえば、今朝聞いたような……」


 あれがそうだったんですね、と思い出したようだった。

 物忘れをよくする子だ。シェラはいまいち、掴みどころがない性格をしている気がする。


「でも……せんぱいの飲みかけだったら、間接キスだ……とか思ったのに」


 と、若干残念そうに、モゴモゴと口を動かすシェラ。


「なんだ、そんなに喉が渇いていたのか」


 喉が渇いていたから、コップの血を飲もうとして、けれど飲めなくて、残念がっているのか。

 やれやれ。しょうがないやつだ……。


 俺はキッチンへと向かうと飲み物を準備して、喉の渇きを訴えるシェラの待つリビングへと戻ってきた。


「ほら、お飲み。溢すといけないからゆっくり飲むんだよ」


「……こ、子供扱いしないでください」


 それでも「いただきます」と不服そうにしながらも、コップを受け取るシェラ。その際に互いの指同士が触れ合って、シェラは「あ……っ」と少し身を捩る動作をしていた。


「でも、どうしてこんな所に黒龍の血を置いてるんですか?」


「血の成分を調整するために、空気に触れさせてるんだ。その血は後々使う予定だ。あと、窓の外から入ってくる日の光と、周りの温度を考えた結果、ここが一番いい場所だったんだ」


「ほーん」


 興味ないか……。

 まあ、でも、それも仕方ないか。関心を惹かれない事柄には、大体みんなそんなもんだ。


 それで、この黒龍の血は、先日倒した黒龍の血である。

 あの後、俺は黒龍の血を少しばかり分けてもらうことにした。


『そんな……。この黒龍はあなたが倒したのですから、全てあなたのものなのに……』


 と、最初俺は何も受け取るつもりはなかったのだが、あの時出会った冒険者の、治癒師の少女ココは驚いたようにそう言っていた。


 けれど……俺は横から黒龍を倒しただけだ。俺がいなくても、あの天才二人が黒龍を瞬殺したはずだ。


 それで話し合った結果、最終的に俺は黒龍の血と翼の部分に生えていた棘を二本ほど分けてもらうことにした。


 後の残った部分は、今頃彼女達が持って帰っているはずだ。錬金術師の少女ポーネが持参していたというマジックバックの中に、全部収納されていた。そして彼女達は「ありがとうございました!」とお礼を言って帰っていったけれど、お礼を言うのはこっちの方だ。彼女達のおかげで、俺の視野も広がったのだから。


「それでせんぱいは、今日も外で鍛治の練習ですか……?」


「もう少しで、勘が戻りそうなんだよ」


 喉を潤し終えたシェラが、窓の外を見て言う。


 庭の部分。

 そこには鍛冶場が作られていた。俺が用意したものだ。


 黒龍の一件からの俺は、鍛治を練習している。剣を打とうと思っているからだ。


 俺の力に耐えられる剣を、俺は今持っていない。それがこれから先、何かと不便かもしれない。

 だから自分で鍛治をして、一振りの剣を鍛え上げようと思っているのだ。


 鍛治なら昔やったことがある。

 けれど最近ではまったく触れていなかったため、勘が鈍ってしまっている。だから基礎から学び直している所だ。


「最近のせんぱいは、畑もやって、鍛治もやって……。あ、そうそう。また今回の作物もいい感じですよね」


「立派な実が取れそうだ」


 もちろん、畑のことも忘れない。

 畑を荒らす害虫を排除し、作物は無事に守っている。すでに何度か実も収穫していた。新鮮な作物だ。



 そんな風に、畑をやって、空いた時間に鍛治もやって。


「ふー、忙しくて、困るぜ……」


「せんぱい、楽しそう……」


 体が二つぐらい欲しいな。落ち着きたいものだ。

 そんなことを思っている俺を見ながら、シェラは唇を尖らせているようにも見えた。


 どうしたのだろう。不服そうだ。


「……別になんでもないですよぉーだ」


 ふんっ、といじけるようにそっぽを向くシェラ。


「ただ、もう少し私に構ってくれてもいいのにな……」


 そんな呟きが聞こえてきた。


「ただ、もう少し私に構ってくれてもいいのになー!」


 今度はさっきよりも大きな声で。


「ああー! もっと私もせんぱいに気にかけてもらいたいなー!」


 …………。


「じゃあ、シェラ。今日は一緒に鍛治をするかい?」


「うう……」


 俺がシェラの頬に触れながらそう言うと、途端に真っ赤になるシェラ。


「や、やめてください……。か、からかわないでくださいよぉ」


 ぐいっと俺の肩を押して、「ばかっ」と俺は結構な勢いで遠ざけられた。


「……もうっ。せんぱいの、ばかっ」


 わあぁ””〜〜、めんどくせぇ〜〜”


 俺はわなわなと怒りに震えた。


 最近のシェラはこういうところがある。実は昨日も、一昨日も、こうだった。


 なにより。


「お前は、この前の事を全然反省していないようだな……」


「うぐっ」


 自覚はあるようだな。

 シェラが初めてこの山にやって来た時。ここに一緒に住みたいと言った時。

 あの時のことを、忘れたとは言わせない。


「せ、せんぱいがいけないんですからね……?」


「お前ってやつは……」


 いいぜ……。

 ちょうどいい所に、今朝鍛治で作った試作品がある。


「……この切れ味をお前で試してやる」


「いやああぁぁ”〜! ごめんなさい〜〜!」


 その後、俺は刀身の完成していない剣の柄の部分を握りしめて、シェラを追いかけ回したのだった。


 そして、夕日が落ちるまでそうやって二人で山を駆け回る俺たちは……しょうもないことで一日を無駄にしてしまったのだった……。


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