第8話 本物のつわもの
木に突き刺さって動かなくなった黒龍の前で、俺は自分の拳をさすった。
「少し痺れるな……」
戦闘が終わった後に、急に痺れが回ってきた。
なんて頑丈なやつだ。鱗が硬すぎて、こっちの拳が割れるかと思ってしまった。
けれど、さすが龍族だった。本当なら一撃で倒すはずだったのに、長引いてしまった。
それと黒龍のあの鱗粉も、実は少し焦った。
至近距離で鱗粉なんて、もう二度と浴びたくはないものだ。
けれど、そんな焦りを微塵も見せず、見事黒龍を倒した俺。
ううむ、なかなかに優秀だ。自分の強さに乾杯してしまうほどだ。
「でも、やっぱり武器の一つでも用意しておくんだった」
さすがに、そう思う。
けれど、問題もある。
俺の力に耐えられる武器がないのだ。
少し前、街で売ってある武器を使ってみたら、少し振っただけで粉々になってしまった。
俺は戦闘中、攻撃の一瞬の時に強化魔法を使うことが多いから、どうもそのせいで武器が耐えきれないようだ。
一時期、なかなかの剣を持っていたこともあったが、それはすでに破壊されている。それ以降、良いモノに出会えていない。
実に悩ましい。
「こうなったら、俺の鍛治の技術の出番か。せっかくだし、いい機会かもしれない」
やろうやろうと思いつつも、結局後回しになっていたが、ついにその時がきたのかもしれない。
「あ、あの……」
と、一人で考えていると、後ろから声をかけられた。
そこにいたのは、小柄な少女だった。
恐る恐ると言った風に口を開く。
「龍殺しさん……。お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。そっちこそ、怪我はないかな」
「は、はい。龍殺しさんのおかげです」
それならよかった。
彼女は、最初に黒龍と対峙していた四人組のうちの一人だ。
先ほど、俺が黒龍と戦っている最中も、少し離れた所にいるのには気づいていた。衝撃とかで怪我をしていなかったのなら幸いだ。
それにしても、この子は俺のことを龍殺し、と呼んでいる。
龍殺し。
そう呼んでくれるのは、悪い気はしないが、この世界にはすでに実在しているのだ。龍殺しと呼ばれる人物が。
実際に見たことはないが、噂はかねがね聞いていたものだ。今は、各地で龍を3体ほど倒しているとのことだった。なかなかに、見どころのあるドラゴンキラーだ。素直に応援してあげようと思う。
「あ、あの! すごかったです! 一人で黒龍を倒してしまいました!」
「大したことないさ」
「そんなことないです!」
どこか高揚感に包まれているといった様子で、少女は俺に尊敬の眼差しを向けてくれる。
「私、ココっていいます! 冒険者です!」
桃色の髪の、ショートへア。
白い装いと、胸に抱き締めているのは杖。
「治癒師か」
「はい! 私たちも黒龍討伐にきたんです! でも、どうして私が治癒師だと分かったんですか!?」
「分かるさ」
一目で分かるなんてすごい……と、彼女は感心したようにこっちを見てくれていた。
でも……分かるさ。
思い出した。桃色の髪で、ショートヘアで、治癒師で、ココという名前と言えば、活動している国に留まらず、他国にまでその名が広まるほど有名な治癒師だ。
龍殺しに負けず劣らず、いまいち正体が分かっていない分、まだ龍殺しの人物の方が有名な感があるが、彼女の実力も抜きん出ていると聞いたことがある。何より、その治癒魔術がとてつもないと噂だ。
歳は15歳ほど。
その歳で、黒龍討伐にやってくるなんて、なかなか肝も据わっている。
実力があっても怖いものは怖い。けれど、彼女の瞳には意志の強さの様なものも感じられる。
あと、立派だと思った。
確か、黒龍討伐の依頼は、ギルドでも出されていたってシェラが言っていたもんな。
報酬は出ない。ボランティアで……。
ギルドマスターが依頼した、タダ働きの依頼。黒龍討伐。
それを受けようとは、なかなかにボランティア精神あふれる未来有望な若者だ。
逆にギルドマスター。こんな子にタダ働きで、黒龍を討伐させようだなんていいのか……。
どこのギルドで依頼を受けたかは分からないが、俺がこの前まで活動していたギルドのギルドマスターになら、交渉もできるかもしれない。
以前、俺はギルドマスター本人に言われている。
『お前は堅苦しいところがある。もっと気軽に接しておくれ』と。
だから。
「あいつによろしく言っておいてくれ」
「……国王をあいつ呼び!?」
さすが大物……と、彼女は俺の発言に驚いている様だった。
「でも、やっぱり、龍殺しさん。あなたも国王様から頼まれたのですね」
「国王……?」
と、その時だった。
「あ! 彼女たちは一緒に行動してた子達です!」
おーい、こっちー! と治癒師ココが遠くから駆けてくる三人の少女に、手を振っていた。
数秒もかからずに、仲間という彼女たちはこちらにやってきた。
「急に、いなくなるから心配した」
「ご、ごめんなさい。ポーネさん」
背中に荷袋を背負っている少女が、治癒師ココの額に軽くチョップして、ホッとしたような顔をした。
でも、ポーネ……というその名前も、どこかで聞いたことがある名だ。
確か、最年少で既存の錬金術を全て習得した天才児と、同じ名前だ。
「はぁはぁ……。ねえ、どうなったの?」
「こ、黒龍は、どこに行きましたの……?」
走ってやってきたからだろう。息切れをさせて、今にも山の斜面から転げ落ちてしまいそうなのは、剣を腰に下げている少女と、ローブを着ている魔導師といった風の少女。
「「こ、黒龍が死んでる……」」
そして、彼女たちは木に突き刺さり動かなくなっている黒龍の姿に気づくと、小さく悲鳴を上げた気がした。
「聞いてください! この人が、たった一人で黒龍を倒してくださったんです! しかも武器も持たず、素手で!」
「「す、素手で……」」
あんぐりと口を開ける二人。
一歩後ろに後退り、俺の方をゆっくりと見ると、そのまま俺からゆっくりと視線を外し、目を合わせない様にしている様だった。
避けられている。
「そんなのあり得るの……。素手でなんて……」
「一人で倒すのも、信じられないのに……」
もごもごと口を動かし、冷や汗を流している二人。
「っ」
そして、俺はその二人を確認した瞬間、思わず目を見開いてしまった。
「「ひ、ひぃ……! ごめんなさい!」」
突然の俺が目を見開いてしまったからだろう。ビクッと怯える二人。怖がらせてしまったようだ。
けど、それどころじゃない。
なんだ、この二人の魔力量は……。なんて、大きさの魔力を内に秘めてるんだ……。
こんな魔力量……いや、待て。
俺は彼女たちの姿を、もう一度よく確認してみる。
その見た目は、噂で聞いたことのあるものと、一致している様に見えた。
まさか……。
「ロードライト家の剣姫と、ルピナス家の大賢者……」
「「うぐぅ……!!」」
ロードライト家。
元はそれほど有名ではなかったけれど、一人の少女が生まれたことによって成り上がりを果たしたという。
セリカ・ロードライト。
紅の髪と瞳。莫大な魔力。
彼女が生まれた時から周囲は大騒ぎだったらしく、その名は瞬く間に広まっていったという。
同じく、ルピナス家。
ジュリア・ルピナス。
瑠璃色の髪と瞳。膨大な魔力。
彼女が誕生してからの周囲の盛り上がりようも、凄まじかったらしい。
そんな二人が、今ここにいる。
こうして、真正面から二人と向かい合うと、ヒシヒシと感じる。その莫大な魔力の圧を。
「なんてことだ……」
認めたくない……。けれど……認めるしかない。
彼女たちは本物のつわもの。天才だ。
その才能は、Sランク冒険者、クラウディアに届くほどのものだ。クラウディアと初めて会った時も、これに近いものを感じた。
俺は自分のことを優秀だと思っている。最強であるとも思っている。
けれど、どう頑張っても、そこ止まりだ。
もしも、俺に本当の才能があるのだとしたら、俺の名前は幼少期の時点で周囲に広まっている。この世界で名を残す者たちは、幼少期からすでにその才能を発揮しているのだから。
それが、俺にはなかった。
そして理解した。
こうして本当の天才を前にすると、嫌というほどそれを思い知らされる。
先程まで、黒龍を倒した達成感に酔いしれていた自分が、まるでピエロのように思えた。
そんな風に俺が現実に引き戻されている時、何やら剣士の彼女と魔導師の彼女はひどく緊張したような顔をしていた。まるで後ろめたそうな。何かを告白するかのような。そんな態度で。
そして、幾らかの逡巡ののち。
「あ、あの、実はみんなに言わないといけないことがあるわ」
「私もです……」
「「?」」
彼女たちは仲間の少女たちに向けて、切り出した。
「この際だからもう言っとくけど、実は私、みんなが思ってる人間じゃないの……。魔力量だけは昔から多かったせいで、周りは天才だとか言って持ち上げてくれるけど、全然そんなことないの……。だから、ごめんなさい。本当なら、こういうことは先に行っておかなければいけなかったわ……。そのせいで、みんなを危ない目に合わせるところだった。ほら、さっきも私、黒龍を前にして気を失っていたし……」
「気を失ってた……。あれは瞑想じゃなかったんですか……?」
「うん」
「っ。も、もしかして、あなたもでしたの? 私も先ほど、黒龍を前にしてパニックになってしまっていました」
「っ。え、てことは、まさかあんたも……」
互いに驚き合うように、そんな懺悔する二人。
「そ、そうだったんですか……?」
小柄な少女も驚いている様だった。
二人は全然強くはない。
「…………」
俺はその話を聞いて、衝撃を受けた。
……おいおい、勘弁してくれよ。
二人は、全然強くはない。天才でもない。
ただ魔力が多かっただけ? ーーそれだけで、その要素は満たしているじゃないか、
いや、違う。これは天才ではないという……。
「謙遜だ」
俺はいても立ってもいられず、そう呟いていた。
「そういう時は、逆に突き抜けていてくれる方が、こっちとしては楽なんだぜ……?」
俺は負け惜しみのように、そう言っていた。
切実にそう思う。
才能のある者の中には、性格まで完璧な人もいる。
優しくて、こっちのことを思いやってくれて、気を遣ってくれるのだ。
けれど……お願いだ。
もっと、堂々としていてくれ。
二人が天才ではないのなら、ここまで必死に這いつくばってきて、ようやく最近になって芽が出たこっちはどうなるんだ。
その莫大な魔力を少しでも分けてくれたら、俺ももっと色々違っただろうに。
今回の黒龍だって、この二人がいれば瞬殺だっただろうに。
俺は急にしゃしゃり出てきた、ただのでしゃばりじゃないか……。
「くっ、自分が恥ずかしい……」
「やっぱりそうだったんですね! お二人は、一人で黒龍を倒せるぐらい強い彼も認めるぐらい、天才なんですね!」
「待って! 違う!」
「あなたも見たでしょ!? 黒龍を前にした時の、私の不甲斐ない姿を!?」
「……けれど、今日は実りの多い一日だった。昔、師匠が言ってた言葉の意味が、ようやく分かった気がする……」
「「ねえ、どうして一人で完結してるの……!?」」
俺は彼女たちに背を向け、黒龍を見る。
なあ……黒龍。俺たちはまだまだだってよ。
でも、やれるよな。俺たちなら、きっと超えられる。
しかし、黒龍はうんともすんとも応えてはくれないのであった……。
こうして黒龍に関する一件が、幕を閉じた。
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