第19話 なんでこの女がここにいるのよ。
「あなた、今私のことをボス猫とか思ったでしょう?」
そう言って、クラウディアはうちのドアを粉砕しながら、家の中へと入ってきた。
「いやぁぁぁぁぁぁ! 私とせんぱいの愛の巣がぁぁぁぁああああ!」
「……いいんだ、シェラ」
俺は静かに首を振って、粉砕されたドアの残骸を一つ手に取った。
粉々だ……。
けれど、このドアの耐久性については、前々から強度を上げたいと思っていたところだった。
そこを明確に看破して、ドアを粉砕したクラウディア。
さすがだ。
面倒なことを先延ばしにする俺の悪癖を見抜いた上での行動なのだろう。
流石に粉々になってしまったのなら、俺も重い腰を上げて、迅速に行動する必要があるからな。
「完敗だ。君は鋭い女だよ……」
さて。
ついに、俺の鍛治の腕を披露する時が来たのかもしれない。
「とりあえず、中に入ってくれ。山道を歩いて疲れただろ」
「本当よ。なんてとこに住んでるのよ」
そんな軽口を交わしながら、クラウディアをテーブルのところへと案内した。
「掛けてくれ」
「ありがと」
礼を言って座ってくれる。
「今飲み物を用意するから、少し待っててくれ」
「ありがと」
俺はキッチンへと向かうと、コップを三つほど用意して、片方にはアイスコーヒーを、もう片方にはお茶を注ぎ、最後のコップには水を注ぐことにした。
「どうぞ。好きなのを飲んでくれ」
「どうも」
クラウディアが口をつけたのはアイスコーヒーだった。
「ミルクもあるから、よかったら使ってくれ」
「助かるわ」
半分ほどコーヒーを飲んだクラウディアが、ミルクを注ぎ、口を付けてくれる。
彼女の薄い唇がグラスに触れ、そして小さく喉が動き、喉を潤すその姿だけでも絵になる気がした。
窓から差し込む陽光が、またその景色を引き立てている。
「せんぱい。こっちの子にもミルクでいいでしょうか」
「そうだな」
シェラが、クラウディアの隣に座った獣の耳をした小さな子供に「どうぞ」とミルクを渡した。
「それと、その子の口は拭いたほうがいいかもしれないな」
なんせ、その獣の耳をした小さな子供は、口の周りを真っ赤に汚していた。まるで先ほどまで畑泥棒をして赤い実を食べていたかのようであった。
クラウディアに続いて家の中へとやってきたその子供は、恐らく喉が渇いていたのだろう。シェラが渡したミルクをゴクゴクと飲んでいた。
これでとりあえずは、落ち着けるかな。
しかし、変な感じがするな。あのクラウディアの姿が、うちにあるなんて。
シェラもそう思ったのだろう。「はいはい!」と手を挙げると、何かを質問したいようだった。
「あの! クラウディアさんはどういった用件で、私とせんぱいのお家を訪ねてきたのでしょうか?」
「……私とせんぱいの家?」
シェラの質問に、怪訝そうな顔をするクラウディア。
「そうです。ここは私とせんぱいの愛の巣なんです。誰も入る余地のない聖域なんですよ?」
「知らなかったわ。随分と安い聖域もあったものね」
「「ッ」」
どちらも表情には出してはいなかった。
けれど、バチバチと室内に火花が散っている気がした。
「やれやれ。久しぶりなのに、また喧嘩か。相変わらず仲が悪いな」
「「誰のせいよ!」」
シェラはクラウディアのせいにして、クラウディアはシェラのせいにする。
この二人の仲の悪さは折り紙付きだ。
けれど俺から見たら、二人は息もぴったりだし、普通に仲良くなれそうな気もするのだがな。
「私からも質問いいかしら?」
「なんですか?」
「どうしてあなたがここにいるのかしら?」
「そんなの、決まってます。せんぱいのことが心配で、気になったから、追いかけてきたんですよ?」
「……ふうん」
「こんな山奥で、せんぱいは一人で寂しくないかなぁ、とか、ちゃんとご飯食べてるかなぁとか、心配でしょうがなかったんです」
「……そう」
「あ! もしかして、クラウディアさんもそうなんですか? 私と同じで、クラウディアさんもせんぱいのことが心配でしょうがなくて、せんぱいのお家にきてくれたのでしょうか……」
「……意味が分からないわ」
そっけない態度のクラウディアと、「同じだぁ」とキラキラした目のシェラ。
「だから、わざわざ山道を歩いて、ここまで来てくれたんですよね。せんぱいを心配して」
「……どうして私がその男の心配をしてあげないといけないのかしら」
「だって、クラウディアさんってば、せんぱいのこと、好きですよね?」
「ごぶふぅッ」
むせるクラウディア。
シェラがクラウディアにだけ聞こえるように、何かを言ったようだった。
とりあえず俺は、スッと拭くものを用意した。
そして。
「シェラ。その問いには俺が答えてやろう」
「な、なんであなたが答えるの!?」
頬を赤く染めたクラウディアが、俺の口を塞ごうとする。
恥ずかしいのだろう。
けれど、俺にはすでに分かっている。
クラウディアがこの家に来てくれた理由。
それは簡単だ。俺はこの場にいるもう一人の存在。獣の耳をした小さな子供の姿に目をやった。知らない子だけど、恐らくクラウディアの親戚の子供なのだと思う。可愛らしい子だ。人懐っこそうな女の子だ。
そんな子を、クラウディアはきっと俺にお披露目しに来てくれたのだろうと思う。
どうでしょっ。この子、可愛いでしょ。羨ましいでしょ。……と。
俺は知っている。クラウディアが案外、可愛いもの好きで、たまに可愛らしい小物とかを集めていたことを。
だから、きっと見せびらかしにきたのだ。
自慢しに来てくれたのだ。
だから、それを問いただされて、クラウディアは恥ずかしくなってしまったんだ。
そこまで考えて、思わず俺は笑ってしまった。
クラウディアにも子供っぽいところがあるんだな。
ボキッッ!
「……期待した私がバカだったわ」
その時、何かにヒビが入る音が聞こえた気がした……。
「……その鈍さは、相変わらず変わっていないようね」
そこにいたのは、凍てつくような目つきで、コップを握りしめているクラウディアの姿。
ガタガタとまるで静かに怒りを抑えるような……。
「でも、安心したわ。あなたは全然変わってないのね」
呆れるようなホッとするような、複雑そうな顔。
そしてクラウディアは、獣の耳をした子供の方を見て言った。
「この子、誰よ」
「なんだ。クラウディアの親戚の子じゃないのか」
「あなたの親戚の子じゃないの? さっき、畑泥棒みたいに、畑で作物を齧ってたわよ」
「じゃあ、その子は畑泥棒かもしれない……」
みんなの視線が一斉にその子に集まる。
「……さくもつ、美味しかったです」
そう言って、その子は「ごめんなさい……」とも謝ったのだった。
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