第20話 龍の病
「シェラ、少しここを任せてもいいかな」
「ん? 分かりました」
俺はシェラにこの場を任せ、席を外すことにした。
向かうのは家の外。庭に建てられている小屋だ。この小屋は最近になって建てたばかりの小屋で、主に倉庫代わりに利用している。収納ならマジックバッグを使えばいいが、俺が所持している物だと容量が少しオーバー気味になってきているため、道具とかはこっちに置こうということにしたのだ。
「でも、そろそろ新しいマジックバッグも手に入れた方がいいかもしれないな……」
さて。
俺は棚に並べてある物を物色しながら、必要な道具を揃えていく。
今回使うのは、透明なガラス製の容器。形状は化学実験とかでよく使用されるビーカーのようなものだ。
あとは、アルコールランプに似た器具も、ここには置いてある。昔、ポーション作りを嗜んだ時に使用していた物だった。
「……ねえ、何かするなら、私に手伝えることはないかしら?」
「クラウディアか」
小屋を訪れたのはクラウディア。
山道を歩いてこの家を訪ねてくれた彼女だ。疲れているだろうし、シェラたちとリビングでゆっくりお茶でもしてもらうつもりだったのだが、どうも逆らしい。
「……一人にしないでよ。私、子供あまり得意ではないし、あのシェラって子とも上手くやれる自信がないわ」
バツの悪そうに、ぽつりと呟く彼女。
……俺の配慮不足だった。
「悪かった。それじゃあ、こっちで一緒に作業するか」
「……うん」
「お邪魔します……」と静かに小屋に入ってくるクラウディア。
お淑やかな様子のその彼女は、ブロンドの髪を耳にかけていた。
「それであなたは何をするつもりなの? その道具は……ポーション作成の時に使う物よね」
さすがクラウディアだ。
見ただけで、容易くそれを判断するとは。
「……もしかしてさっきの獣人の子? あの子の内にある魔力のうねり。僅かなものだったけれど、私も少し気になったわ……」
「ああ。俺も見逃すところだったよ」
あの畑泥棒の子だ。
ぱっと見、ただの小さな獣人の女の子。
お腹が減っていたようで、あの後、畑で採れた作物をいくつか調理して出したら、食べてくれた。
その時に、俺は少し気になるところを見つけてしまった。
ただの勘違いならいいけど、それでも一応対策ができるようにしておいた方がいいと思った。
だから今からポーションを作ろうと思う。
「この小屋にあるのは……鍛治の道具とポーション作りの道具。あなた、器用なのね。ポーションまで作れるなんて」
棚に並んでいる道具を見ながら、関心したように言うクラウディア。
「それに……これは龍の血……。飲んじゃダメよ。死ぬから」
「よくそれが龍の血だと分かったな」
棚の端っこ。置いてあるのは、紅黒の色をした液体。黒龍の血だ。
今は影で寝かせて、熟成させているところだった。
「私も前に飲もうとしたことがあるもの」
龍の血を飲めば、その恩恵に預かることができる。
嘘か誠か。そんな噂話が語り継がれていた時代がある。
「でも結局飲むことはなかったわ。そもそもそんな必要はなかった」
「龍の血を飲めば、苦しみ抜いて死ぬことになる」
……俺はそれを身を以て知っている。
あれは確か、12、3歳だった頃のこと。
当時の俺の首には『隷属の首輪』というものが付けられていた。それから解放されるために、当時の俺は力を欲していた。
力をつけて、首にはまっていた『隷属の首輪』を力ずくで外そうと、藁にもすがる思いだった。
そこに現れた、龍の血を飲む機会。
当然、龍の血を飲んだらどうなるのかを知っていたのだが、俺はそれを飲んだ。
その後は……お察しの通りだ。
結局、力も手に入らなかったしな。
ただ、死ぬ思いをしただけだった。
それが、禁忌に手を染めた、愚か者の結末ーー。
けれどごく稀に、耐性がある場合は、そうならない者も存在する。
例えば、シェラ。シェラの場合は、多分龍の血を飲んでもそうはならないはずだ。
シェラには加護が付与されている。彼女は、クラウディアとは別方向に才能があって、天から祝福されているのだ。
そしてクラウディアの場合は、多分アウトだ。
「あなた、少しこれ飲んでみてよ」
「それは遠回しに俺に死ねと言っているようなものだ」
「ふふっ」
冗談っぽく笑うクラウディア。
たまに顔を見せる毒舌クラウディアさんだ。
「そうだ。せっかくだし、クラウディアがポーションを作ってみるか」
「……私が? 素人だけど、平気なの?」
「うん。まずは、この葉っぱをすり潰したものを、こっちの容器に入れてから、水と一緒に沸かすんだ」
「こうかしら……」
作業台へと移動した俺は、クラウディアに教えながら、ポーション作りを開始した。
道具を使用しながら、元となる素材を加工していく。
ポーションとは、魔力薬。主に素材になる植物から魔力入りの汁を抽出して、それを調合することで出来るモノである。
やり方と、あと作成者の魔力の質が高ければ高いほど、その効果も底上げされる。
だから、俺がやるよりも、今回はクラウディアの力を貸してもらったほうが、狙い通りの効果を跳ね上げさせることができるはずだと思うのだ。
「……次はどうすればいいの?」
「こっちの棒でかき回しながら、魔力を少しずつ込めていくんだ」
「難しいわね……」
慎重に作業を進めるクラウディア。
そして、数分後。
「……こんなものかしら」
瓶の中にあったのは、鮮やかな翡翠色のポーションだった。
「どう? これでいいの?」
「完璧だ」
俺は鑑定のスキルで、完成したポーションの状態を確認して頷いた。
クラウディアも自分で鑑定したのだろう。
「……私にはポーション作りの才能もあるのかもしれないわ」
誇らしげに言う彼女。
あのクラウディアが、まるで子供のように得意げな顔をしている。
その時。
慌てて小屋にやってくるシェラの姿があった。
「せ、せんぱい……。あの子、急に体調が悪そうになりまして……」
「分かった。今ちょうど、出来たところだ」
俺は知らせに来てくれたシェラにお礼を言い、一緒にリビングへと向かうことにした。
そこにあったのは、熱に浮かされたように、虚空を見つめている獣人の女の子の姿。
内に流れる魔力が不規則に脈動している。高熱のせいで、苦しみの感覚も麻痺しているように見える。
龍病ーー通称ドグラトル。
主に、龍の血が原因として発生する病だと言われている。
この魔力の波長からすると、東の方に存在する赤龍が関係しているのかもしれない。
けれど、問題ない。
「クラウディア」
「分かったわ」
クラウディアの手にあるのは、先ほど彼女が作成したポーション。
それを龍の病に侵されている子供へと服用する。
すると、効果がすぐに現れる。
「……苦しいのがなくなったです……」
熱に浮かされていた獣人の子供は正気に戻り、呆気に取られたように俺たちの顔を見たのだった。
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