第21話 口にしてはいけないもの……。
* * * * *
龍の病が治った獣人の少女の姿を見ながら、クラウディアはホッとした。
「……治ったみたいで、一安心ね」
龍病。主に龍の血が原因で、発生してしまう病。
龍の血液の恐ろしさは、クラウディアも知っている。
何を血迷ったか、かつてクラウディアは、龍の血を飲もうとした時期があった。
誰もいない荒野の中心に。一人っきりで佇んで。
その手にあるのは、一本の瓶。
中身は龍の血液だ。
(このままだと、私はこれ以上先へは進めない……)
龍の血を飲む理由は、主に力を欲するため。
龍、あるいは特定の生物の血には、とある効能がある。
たとえば、人魚の血を飲めば、永遠の若さが手に入り。
ペガサスの血を飲めば、永遠の命が手に入り。
そして、龍の血を飲めば、龍の力が手に入る。
もちろん、龍の血を飲んだ者がどうなるのかというのは、理解していた。
苦しんで死ぬことになる。
しかし、当時のクラウディアはそれを承知の上で、龍の血を飲もうとしていた。
幼少期から天才だと認められてきたクラウディアにも、そう思った時代があったのだ。
『……それは、まさか』
『?』
そんな時だった。
ふと、声が聞こえてきた。
クラウディアは顔だけは動かさずに、目線だけを向けた。
すると、そこにいたのは、一人の人物の姿だった。
歳は自分と同じぐらいに見える。首には奴隷の証『隷属の首輪』が付けられていた。
『……ようやく龍の気配を掴んだと思ったら、それだったのか……』
クラウディアは一瞥すると、無視することにした。
『……龍の血を飲むつもりなのか……』
問いかけるように呟くその人物。
『……やめた方がいい……。龍の血を飲んだら、死んでしまう……』
余計なお世話だと思った。
『どうせ飲むなら、竜の血よりも、ペガサスの血の方がいい。ペガサスの血を飲めば永遠の命が手に入る。だから、その後で龍の血を飲むのならば、死ぬこともないと思うんだ。どうだろう?』
クラウディアは何も答えない。
どうして見ず知らずの者に、そんなことを言われなければならないのだろうか。
そんなこと、言われなくても分かっている。
けれど、ペガサスの血なんてどうやって手に入れろというのだろうか。
『ペガサスの血なら、俺が持ってる。だから、早まるのはいけない』
と、どうやら、ペガサスの血の所持者のようなのだが……。
(……どうせ偽物よ)
『正確に言うと、これはペガサスの血ではない……。でも不死身の血だ……』
それ見たことか。
(……なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたわ)
クラウディアは心底くだらなくなった。
そして、頭も冷めて、冷静になった。
(……そもそも、こんなものが手元にあるから、そういう甘えが生まれるのよ)
自分の手の中を見ながら、クラウディアはそう思った。
(そうよ。私には最初から必要ないものだったのよ)
自分は、天才で。
元々、こんなものに頼る必要なんてない。
こんなものがあるから迷いが生まれるのだ。
だから、クラウディアはその迷い捨てるように、手の中にあった龍の血をこの場に捨てていくことにした。
(こんなものに頼らなくても、私はもっと上に行ってみせるわ)
『!』
そして歩き出したクラウディアの背後で、誰かが投げ捨てられた瓶をキャッチする気配があった。
そしてキュポンと瓶の蓋が開かれる音がして、ゴクゴクと血を飲む気配を感じた。
『ごぶはぁ””””』
(飲んだわね……?)
クラウディアは見なくても察した。
直後、背後で聞こえるのは、苦しみの声……。
それが龍の血を飲んだ物の結末だった。
もうすぐこの人は死ぬだろう。
(きっと苦しかったのね……)
相手の首には『隷属の首輪』が嵌められていた。
だから、その苦しみから解放されるために、龍の血を飲んだのだろう。
死ねば、楽になるのだから……。
それから、クラウディアは相手の名誉のためにも、振り返らずにこの場から去ることにした。
そして思ったのだった。
龍の血だけはこれから先も、飲むことはないだろうーー。と。
* * * *
けれど、くしくも現在その龍の血が原因だろうという場面に立ち合わせている。
「でも、この獣人の子は、龍の血を飲んだのかしら?」
彼の家の椅子に座り、ポーションを飲み終えた獣人の女の子の様子を見る。
先程まで具合が悪そうだった獣人の子は、今はもう平気そうだ。
「教えてくれ。君は龍の血液を口にしたことはあるかな?」
「ない、です」
彼が聞くと、ふるふると小さく首が振られた。
「せんぱい、龍の血のことは私も聞いたことがあるんですけど、本当にあんなのを飲む人なんているのでしょうか?」
聞いたのはシェラという少女だ。
「普通はいない。あれを飲む者がいるとすれば、よほど自分の人生に迷走しているか、それとも馬鹿なのか、どちらかだ」
(……私はあの時飲まなかったから、どちらでもないわ)
クラウディアは他人事のようにそれを聞いていた。
「あ、あの……」
そこに言葉を紡ぐ獣人の少女。
「血液のことは分からないですけど、龍のことなら……。私の村に、真っ赤な龍が飛んできたんです……。その時、お父さんとお母さんが、私を急いで村から遠ざけたんです。「ここは危ないから」って……」
その時の場面を思い出したのだろう。
獣人の少女は、涙を堪えるかのように、ぎゅっと目を強く閉じた。
「そして私は逃げて、気づいたらこの山にいました……。ここは魔物がいなくて、安全そうだったから……」
確かにこの山なら魔物がいない。
襲われることもないだろう。
一方で、彼女の故郷の村の状況がどうなっているのか。
判断はできないけれど、恐らくもう……。
「そうか……。話してくれてありがとう。とりあえず……色々気になるし、一応、村に様子を見に行ってみるか」
「だ、だめです! お兄さんが、襲われてしまいます!」
彼の言葉に、慌てて引き止める獣人の少女。
けれど、彼は彼女を安心させるようにその頭を撫でた。
「大丈夫だ。なんせ俺はこの前、黒龍を倒したからな」
「こ、黒龍を……!?」
「そうだ。巷で有名になっている『竜殺し』よりも、俺は竜を倒しているんだ』
『竜殺し』ドラゴンキラー。あるいはドラゴンスレイヤー。
彼はその竜殺しよりも、龍を殺しているという。
「だから、任せてくれていい。村の仇は俺が取ってやる」
「で、でも、私はあなたのお家のさくもつを、勝手に食べてしまいました……。村を襲った龍と同じことをしてました……。だから悪いです……」
「確かに、それはいけないことだ。勝手に人の物を口にしたら、バチが当たるかもしれないからな……」
まるで過去にそういうことがあったかのように、『人の物を口にしてはいけない……』と言う彼。
(そうよ。人の物を口にしたらいけないわ。昔、私の捨てた龍の血を勝手に飲んだ人みたいになるもの)
クラウディアの脳裏に浮かんだのは、数年前に龍の血を飲んでいた『隷属の首輪』が首に嵌まっている人の姿。
龍の血を飲んで、苦しんで、そして苦しみから永遠に解き放たれて……。
今思い出しても、龍の血だけは飲んではいけないという戒めになっている。
「でも、どうだったかな。うちの作物は美味かったかな?」
「は、はい……。とっても美味しかったです」
「それならよかった」
そう言って、申し訳なさそうにしている獣人の子の頭を、彼はそっと優しく撫でるのだった。
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