第18話 いやぁぁ〜〜! 泥棒猫だぁ〜〜!


「畑泥棒が出たぞ」


 現在、我が家は深刻な問題に直面していた。


「お化けも出ました。獣のお化けです」


 シェラも険しい顔をして、報告してくれる。


 発端は今朝のことだった。

 俺が朝から畑仕事の前に、実をつけている作物を眺めている時のことだった。

 実は昨日から、成長を楽しみにしていた作物があったのだ。真っ赤で美味しそうな、うちで作った自慢の果実……。昨日の時点で既に美味しそうだったものの、一日待てばもっと美味しくなることが容易に予想できたため、俺は昨日からそれを楽しみにしていたのだ。


 ……が、しかし。


 それが、なかった。


 まるで、畑泥棒が持って行ってしまったかのように……。


「せんぱい……。また、朝からつまみ食いをしようとしたんですか? いつも言ってるでしょ。お腹いっぱいになって、朝ご飯が食べれなくなるから、だめって」


 と、シェラが言い聞かせるように、説教をしてくる。


 俺の食事は全てシェラが管理してくれている。

 栄養バランスから何まで、全てシェラが調整してくれているから、健康はバッチリだ。味も美味しくて、彼女には世話になっている。


「それでシェラが見たという、そのお化けの話をもう一度聞かせてはもらえないだろうか」


「あれは、昨日のことでした。夜中に起きて、窓から外を見てみたら、動いている影があったんです……。獣のような耳と尻尾を生やしている影でした」


「ふむ」


 シェラが見た影。失われた作物。


「恐らく、畑泥棒とそのお化けは同一人物だろうな」


「ええ」


 俺たちは頷き合った。


 それが分かれば、今度は対策だ。


 一応、この家の周囲には結界が張ってあり、怪しい者は近寄れないようになっているのだが、そいつはそれをすり抜けてきているようだった。


「まるで、気づいたら俺のベッドに入ってきているシェラのようだ」


「あ、あれは、違うんですよぉぉ……」


 とシェラが小さくなって、痛いところを突かれたと言った顔になる。


 敵は内側にもいるのだ。


 それは、先日、鍛治の材料を買いに街に行って、帰ってきた日のことだった。

 夜になり、寝ようとしていた俺だったが、誰かがスッと、当たり前のように一緒に寝ようとしてきたのだ。

 そしたら、シェラだった。


 それ以外にも、別の日に夜に寝ようとしたら、ベッドのシーツがいつもと違う感覚がしたのだ。


 妙にいい香りのするシーツ。最初はシェラが洗濯をしてくれたのかな……と思っていたけど、どうも違った。


 調べてみた結果、シェラが自分のベッドのシーツと俺のベッドのシーツを交換していたことが判明したのだ。


『ち、違うんです。間違えただけなんです……』と白状をしてくれた。


 そして、さらに話を聞いてみると、『お互いの香りを交換したくってぇ……』などと言っていた気がするが、鼻息荒く弁解するその姿には、流石の俺もドン引きしたほどであった。


 そんなマーキングマイスター、シェラに匹敵する、今回の謎の影。


「獣の耳と尻尾だったんだよな」


「はい」


 野生動物か、それとも別の動物か。


「「お」」


 その時だった。


 コン、コン、コンと、家のドアがノックされる音が、響いた。


「来客だろうか?」


「珍しいですね」


 もしかしたら、畑泥棒が謝りに来てくれたのかもしれない。


 とりあえず俺たちは玄関へと向かうことにした。


 こんな山奥の家への来客なんて、滅多にないため、一応、ドアの向こうの気配を探ってみるも、特に敵意などは感じなかった。


「大丈夫そうですね」


 シェラも気配探知をしたのだろう。問題ないと判断したようだった。


 そして、はーいと返事をしながらドアをゆっくりと開ける。



「……あ」



 そして、そのまま無言でドアを閉めていた。


「えへへっ。泥棒猫でした」


 まるで何事もなかったかのように鍵を閉めて、こっちを向くシェラ。


「なんと。泥棒猫とな」


 畑泥棒で、獣の耳があるお化け。

 確かに泥棒猫じゃないか。


「やっぱり来客は畑泥棒だったのか。でもノックしてくれたってことは、謝りに来てくれたんじゃないのか?」


「あ、いえ。多分違うと思います。畑泥棒とは関係ないと思います」


 畑泥棒とは関係ない、とな。


 その時、再びドアがノックされる音が聞こえてきた。


 コンコン、コンコンと。


 そして、ゴンッ!と。


 元気な子猫ちゃんだ。


「どれ、俺がちょいと可愛がってやるか」


「せ、せんぱい。だめですってっ。引っ掻かれますよっ」


 慌てて止めようとするシェラ。


 けれど、引っ掻かれる心配はしなくても大丈夫だ。俺は動物に好かれる体質だからな。


 まあ、どちらかといえば、俺は犬派だけど、猫も別に嫌いじゃない。あのモフモフとした毛並みを堪能させてもらおうじゃないか。


「いやああああああぁぁー! 開けないでええええぇぇぇ!!」


 恐らく、毛並みを独り占めしようと企んでいたのだろう。シェラが俺が猫と遊ぼうとするのを阻止しようとしてくる。


 けれど、それぐらいで止められる俺ではない。


「はぁい、子猫ちゃん。お兄ちゃんとにゃんにゃんしましょうね」


 そして俺は動物と接する時だけ、赤ちゃん言葉になる人のように、そんなことを言いながらドアを開けて、ドアの向こう側にいる子猫ちゃんの頭を撫で撫でしたのだが……。



「……ッ。随分楽しそうじゃない。元気そうで何よりだわ」




 そこにいたのは、目だけ笑っていないクラウディアの姿で。


「…………」


 俺はそのボス猫の頭からそっと手を離すと、静かにドアを閉めたのだった……。


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