第17話 クラウディア襲来
* * * * * * * *
山道を征く一人の少女の姿があった。
「本当にここであってるのかしら……」
到底、人が住んでいるとは思えない景色。
周りを見ても、草と木ばかり。
こんなところに住んでいるのなんて、虫か魔物ぐらいだ。
早く、街に帰ってくればいいのに……。と、彼女は思う。
「……まったく、しょうがないんだから」
木々の間から差し込む陽光が、彼女の金糸を光らせた。
「私の方から来てあげるなんて……本当ならあり得ないんだから」
まるで誰かに言い訳をするように。
ぽつりと呟きながら前髪を整えた。
彼女の名前は、クラウディア。
幼少期からその才能を遺憾なく発揮していた少女である。
現在は冒険者として活動しており、そのランクは『S』ランク。文句なしの最高位だ。
飛び抜けた才能の持ち主であり、特定の者と親しくすることはなく、他者と馴れ合うこともしない孤高の存在。
そんな彼女が山道を歩いていた。
その理由は、冒険者ギルドで依頼を受けたからか。それとも、この山に欲しい素材があるからなのか。
……どちらも違う。
「……別に、彼に会うために来たわけじゃないんだから……」
本当に違うんだから……と念押しをするように、クラウディアは誰かに言い訳をした。
「……ただ、しばらくしたら街に帰ってくるかもって言ってたのに、全然帰ってこないから、もしかしたら死んでる可能性もあるかもしれないから、ただその様子を確かめに来ただけよ……」
髪の毛を忙しなくいじりながら、そっぽを向いて一人で弁解する彼女。
その頭の中には、一人の人物の姿があった。
それは同じ冒険者の人物で、掴みどころのない人物だった。
「……確か、この山に、いるんだものね」
そんな彼は、この山に住んでいるという。
先日食堂で会話をしたときに『山に帰るよ』と言って、街からいなくなってしまった。
クラウディアはその日以来、彼とは会っていない。
そしてその日から、なんだか落ち着かなくなってしまった。
「別に、彼を追いかけてきたわけじゃないわ……。そんなふうに思われるのは、心外だわ」
再度誰かに言い訳をしてしまうクラウディア。
しかし、それは彼を追いかけてきたというのを自覚しているから、言っているのかもしれない。
「だって……街にまた帰ってくるって言ったのに、全然帰ってこないんだもの。……だから、あっちが悪いのよ」
きっとそうだ。
そうに違い。
クラウディアはそう確信して、彼に再会したら嫌味の一つでも言ってやろうと思うのだ。
「それにしてもこの山、魔物全然いないわね……」
斜面になっている山道を歩きながら、周囲の気配を探ってみる。けれど、魔物の気配はこれっぽっちもない。
「こういう魔力が濃い場所なら、普通はいるはずなのに」
一体、どういう原理なのだろうか。
クラウディアにも、今すぐにそれを解明することは出来なさそうであった。
「……まあいいわ。彼に聞いてみれば教えてくれるかも。なんせ、ここに住んでいるんだものね」
これで会話のタネがまた一つできた。とクラウディアは一応メモをしておくことにした。
「あと、転移魔法で来れるようにもしておきたいわね……」
自分は今こうして歩きでやってきているけれど、彼は転移魔法でこの山へと転移できるのだと思われる。
「こうなるんだったら、この前、街で別れる前に聞いておくんだったわ」
これも会話の話題になる、とクラウディアは他には何かないだろうか、と事前にいくつかの会話を想定しておくことにした。
「あっ、あれかしら」
そうしてしばらく歩き続けて行くと、遠くの方に家らしきモノが建てられているのを発見した。
「本当にこんなところに家があったのね……」
そこは庭付きの、木造の家であった。
庭には畑があり、その畑では何か作物が育てられているようである。
「ふーん……案外きっちりしてるのね」
庭には花壇も作られており、彩りのある花々が咲いていた。
「……なんだ。こういうところもあるんだ」
花になんて興味なさそうなのに、ガーデニングを趣味にしているとは。
なかなか悪くないじゃない、とクラウディアは微笑みを浮かべていた。
「それと……畑に何かいるわ。子供?」
クラウディアは畑の中に動いている存在を発見した。
それは真っ赤な実を付けている作物のそばで、その果肉を齧っている子供の姿だった。
「あれは……獣人かしら?」
歳は4歳ほど。
獣のような耳を生やしている子供に見える。
「親戚の子供かしら?」
とりあえず、その子は食事に夢中のようで、まるでお腹を空かせている畑泥棒のように、キョロキョロと忙しなく家のドアの方を確認している。
あれだと、本当に畑泥棒みたい。とクラウディアは声をかけようか迷った。けれど、その辺りのことも彼に聞けばいいか、とまた会話の話題ができたことを嬉しく思った。
「話したいことがたくさんできてしまったわ……。それもこれも彼のせいなんだから……」
「……ばかっ」とクラウディアは、満更でもなさそうな様子でとうとう彼の家のドアの前に立った。
まずは、持ち物のチェックだ。
ちゃんと荷袋の中には、お弁当が入っている。クラウディアが自分で作ったサンドイッチだ。
「どうせ、ロクなもの食べてないでしょうね。ほんと、私がいないと、何にもできないんだから」
困った人ね、とクラウディアは栄養バランスを考えた他の料理も包んできている。
「部屋も散らかしっぱなしだと思うから、しょうがない……。それも私が片付けてあげないといけないのよね」
まったく世話が焼けるんだから、とクラウディアはため息をつき、呆れたように微笑んだ。
そしてノックをする前に、はた、と自分の格好を見直してみる。
「今の私、おかしくないわよね……?」
いつも着用している装備。
慣れ親しんだジャケットの胸の部分には、Sランク冒険者を示すバッジが付けられている。
いつもと違うのは、前髪に付けている可愛らしいヘアピンと、いつもは結んだりもしていない髪を編み込んで、おしゃれに作り込んだ髪型ぐらいだ。
「気合を入れすぎてしまったかしら……。気に入ってくれるといいけれど……」
クラウディアは剣を抜く。
そして磨き抜かれた刀身を鏡代わりにして、身だしなみを整えた。
「……うん。いいわ。今の私、いつもよりも可愛い……はず」
自信はないけれど。
「よし」
そうしてドアの前で一度深呼吸して、Sランク冒険者クラウディアは、ついに彼の家のドアをノックするのだった。
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