第16話 頼もしい審査員


 俺は慎重に崖をよじ登っていく。


「もう少しだ……」


 あの光を求めて、ここまで這い上がってきたんだ……。


 そうして、遂に地上への生還を果たした俺だったが、その瞬間、崖の上にいた少女と目が合って突き落とされることになる。


「いや”ああああああああぁぁ! お化けえええぇぇぇぇ!」


「ぐぶはぁ……っ」


 あぁ……。



 * * * *



「ごめんなさい……。驚いてしまってつい……」


「構わないさ」


 今度こそ崖の上に戻ってくることができた俺に、銀髪の少女オリビアが申し訳なさそうに謝ってくれた。どうやら俺の全身が血に濡れていたため、驚かせてしまったようだった。


 血の色は緑。レッサーデーモンの血である。


 キングデーモンが作り出したあの亀裂。その奥底にはおびただしい数のレッサーデーモンが待ち受けていて、崖の底に落ちてしまった俺は、さっきまでそれを倒していた。その時に浴びてしまっていたようだった。


「それに、ごめんなさい。私のせいで、あなたは亀裂に落ちることになった。……助けてくれてありがと」


「こっちこそ、色々不注意だった。ごめん。でも、やったんだな」


「ええ。あなたのおかげよ」


 近くに倒れているのは、真っ二つになったキングデーモンの姿。

 切れ目が綺麗で、このままくっつけたら、本当にくっついてしまいそうなほどだった。


 彼女が倒してくれたらしい。


 さすがだ。

 やはり、彼女も只者ではなかったか。

 あの頑丈なキングデーモンを倒してしまうとは、天才の類だ。


 そんな彼女の手には、黒い剣が握られていた。


「この剣、すごいわね。この剣で斬ったのよ」


「ほう……?」


「私の剣は折れてしまったのに、この剣で斬ったらスッと斬れたわ」


「こんな剣、初めて使った」と彼女はダークパールの磨き抜かれた刀身を見ながら、ベタ褒めしてくれていた。


 あれは俺の剣だ。俺がこの街に来る前に作った剣である。

 ただし、俺の力に耐え斬れないため、どちらかといえば失敗作の剣だった。


 それを、彼女はそんなに褒めてくれるとは……。

 素直に嬉しい。あと、照れくさい。今も感心したように、剣を眺めてくれている。


 そんなに気に入ってくれたのか。


「もし良かったら、そのまま持っててくれ。いらないかもしれないけど」


「……いいの?」


「もちろん。けどそれは失敗作だから、腰に下げて歩くと、周りに馬鹿にされるかもしれない……」


 なんせ、冒険者は装備でその人物の実力を測るのだから。


「……あなたにとって、これほどの剣でさえ失敗作だというの?」


 彼女は驚愕の表情をしていた。


「というか、これってあなたが自分で作ったの?」


「そうだけど……」


「キングデーモンを圧倒できるぐらい強くて、珍しい『ティラスの花』もいっぱい持ってて、おまけに鍛治までできるって……信じられないわ」


 なんと、信じられないとな。

 どうやら俺があの剣を作ったことを、信じてくれていないようだった。


 心外だ。


 けれど、もしかしたら俺にあの失敗作の剣を押し付けられたことで、彼女は密かにキレているのかもしれない。もしそうだったら、俺が悪い。失敗作の剣を渡して、彼女がそれを腰に下げて歩いたら、「あいつガラクタ下げてるぜ」と周りの冒険者たちに笑われかねないのだから。


 彼女の名誉に関わることだ。


 俺の剣をベタ褒めしてくれた彼女に、とんだ恥をかかせてしまうところだった。


 このままじゃいけない。


「き、機会が欲しい。今度、完璧に仕上げた剣を持ってくるから、もしよかったらそれも受け取っては貰えないだろうか」


 俺は挽回するためにそう言った。


「えっ、また剣をくれるの……? あなたの剣はとても素晴らしいものだから、くれるというのなら是非欲しいのだけど……」


「ありがとう」


 また俺の剣を賞賛してくれる彼女。


 こんなの初めてだ。

 自分で作った剣を褒めて貰える。嬉しいものだな。作りがいがあるというものだ。


「……でもちょっと待って。確か鍛治師が個人的に作った剣をくれるのは、あなたに好意がありますよ……っていう意味だった気がする。……まさか」


 何やら考え込んだと思ったら、途端に焦ったような態度になる彼女。


「あ、あなた……な、何を考えてるのよっ」


「……えっ」


 急に怒られた俺。


 さては、一本じゃ足りなかったのかもしれない。


「じゃ、じゃあ、2本作ってくるよ……」


「に、2本も……。って、数の問題じゃなくって……。そういう問題じゃないでしょ。だって私たち、まだ会ったばかりなんだから。あなたは……いえ、もういいわ。なんでもない」


 とそう言ったっきり彼女は呆れたように、眉間を抑えていた。


「とりあえず、お金払うわ。タダじゃ申し訳ないもの……。この剣にはいくら払えばいいかしら」


「い、いや、お金はいらない。タダでいいよ。むしろ、こっちがお金を払いたいぐらいだ……」


「なんでよ!」


「あなたがお金を払う必要なんてないじゃない……」と彼女はお金の問題ではないと言っていた。


 だったら、誠意の問題か、それかもっと別の問題か。


「……そこまでなの……?」


 と彼女は困惑したように、こちらを見てくれていた。


「……嬉しかったんだ」


 俺はなんだか恥ずかしくなって、顔を逸らしてしまう。


 今は夕方。

 空に浮かんだ夕日が、俺の顔を赤く染めていた。


 自分の作った剣を褒められるのは、嬉しかった。

 お金を払ってもいいぐらいに。

 彼女が褒めてくれたことで、自信が着いた気がしたのだ。


「……でも困るわ。今回、色々あなたが私によくしてくれたのは嬉しいけど、それとこれとはまた別だと思うし、それに私、そういうの全然分からないもの……」


 彼女は困惑したまま、目尻を下げていた。


 分からない……。それとこれとは、別……。

 お金も受け取ってくれない……。剣を2本作ってくるのでも足りない……。


 数の問題でもなく、お金の問題でもない……。


「全然分かんないけど、こういうのはもっと時間をかけないとだめだと思うの。そういうのが大事だと思うし……」


 時間……。


 なるほど。

 ……そういうことか。


 どうやら俺は何も分かっていなかったようだった。


「……どうやら焦ってもいたようだ。そういうことか。時間をかけて、ゆっくり作っていけば、頑丈になるのか」


「……そういうものなんじゃないの?」


 こちらをさりげなく見ながら、「……多分ね」と言う彼女。


 ……さすがだ。

 やはり彼女には才能がある。観察眼が凄まじい。


 今回、俺がこの街にやってきたのは、鍛治の素材を集めるため。

 材料を変えれば、作った剣のネックになっている部分。耐久性をどうにかできるかもしれないと、そんな浅はかなことを考えていた。


 けれど、時間か。

 素材ではなく、時間だったのだ。


 もっと時間をかけて剣を打ち込めば、その耐久性の部分を底上げできるかもしれないということか。


 完敗だよ。天才、オリビア。


 きっと俺が武器の耐久性に悩んでいたことも、彼女にはすでにお見通しだったのだろう。


「……まあ、でも、また剣を作ったら、その時は私も見てみたいかも」


「ありがとう」


 君は審査員だ。


 こうして俺は頼もしい審査員に巡り会えたのだった。


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