第6話 2分もあればお前は死骸だ。


 来たぞ。


「また、やりやがった」


「ピンポイントにウチの畑が狙われていました……」


 黒龍が再びウチの家の上を飛び去っていった。そのタイミングで、鱗粉を降らせて行っていた。この鱗粉は黒龍のもので。ピンポイントに。畑に狙いを定めたように。

 

 今回、俺たちが外に出て、見張りをしていたのにも関わらず、だ。


 鱗粉が土に触れる直前、畑に被害が出ないように対処はしたものの、また荒らされてしまう所だった。


 そして……確信した。


「わざとやってるな?」


 龍とは、知能の高い魔物である。


 人よりも数十年、数百年生きている存在だ。

 地域によってはその龍を神格化して拝む人々がいるほどだ。

 しかし、龍の中には狡猾な者もおり、人間を玩具としか思っておらず遊び道具にする者もいる。


 例えば、人が密集している地帯。王都付近に姿を見せ、人々を怯えさせるだけ怯えさせ、じりじりとその恐怖を抱かせ続ける。束の間の日々を生きる人々を、高みの見物をするように。


 そして恐怖が十分に育った瞬間、少しずつなぶって、苦しむ様を眺めていく。


 そんな、娯楽になるのだ。


 今回、うちの畑を荒らしているのもそういう類のものだろう。

 よく知っている。昔、同じようなことをする龍が数体ほどいたからな。


 ほら。今も空の向こう側に飛んでいく龍の姿を見てみるとどうだ。

 奴が首だけで振り返ったのが分かる。

 言っているのだ。『ざまあみろと』。


「せんぱい、よく見えますね」


 目を細めているシェラが、「遠くて見えない……」と、それでもどうにか見ようとしていた。

 そして、ふと思い出したように知らせてくれた。


「……そういえば、ここに来る前に街のギルドで、黒龍の情報について聞いた気がします。黒龍がどうとかって。報奨金は出せないけど、討伐できるならやってくれって。ギルドマスターが」


 すなわちボランティア。


「タダ働きなら、誰もやらないだろ……」


「ですね。だから私も忘れてました」


 この世界では、よくこういうことがあるから、随分アバウトである。

 権利の問題とか、力関係とかで、報奨金を出せる出せないとか、そんなことがザラだ。


「それでも行くんですね、せんぱい」


「畑の恨みがあるからな」


 俺は丹精込めて耕した畑を見下ろす。

 ここの土は質の良い土だ。だから、ちゃんと整備すれば、どれだけ被害が出ようとも作物が育つようになっている。けれど、このままだと埒があかない。だから、悲しいことだけど、あのドラゴンには一生この畑の上を通らないように、お願いしないといけないのだ。


「すぐ帰ってくる。留守を任せた」


「お任せください」




 そして、数分後。

 山の中腹辺りで、戦闘が勃発していた。


「いやぁぁぁあ!! こっち来ないでぇ!」


 見えるのは、高火力の魔法を連発し、滅茶苦茶に山を破壊せんばかりの少女の姿。


「お、落ち着いてください……っ。敵は上です……っ。と、止まってください……っ」


 それを止めようと、必死な顔をしている小柄な少女の姿。


 彼女達を見下ろし、宙に佇んでいるのは漆黒の龍。黒龍だ。


 人間がドラゴンと戦っている。


 他、二人の少女がその場にはいた。


「……これは厳しい」


 大きなリュックを背負っている少女が、龍を見上げながら苦しい顔をしている。


「…………」


 そして最後、剣を腰に下げている少女は、龍を前にしても冷静であった。冷静に目を閉じており、まるで瞑想をしているようであった。


「さすがです……。この状況を前にしても、瞑想できるなんて……」


「……素直に脱帽だ」


 小柄な少女とリュックを背負っている少女が、剣士の少女を見て頼もしそうな顔をする。


「…………」


 そして、なおも瞑想を続けている彼女。


「お、お願いします。私たちにあなたの剣技を!」


「あのドラゴンを倒せるのは、もうあなたしかいない」


「…………」


 がしかし、彼女は瞑想をやめないーー


 手を組み、空を仰いでいる彼女は、まるで祈りを捧げる天女の如し。


 ……角度によっては、気絶しているようにも見えた。


 そして、いよいよ龍が動きを見せていた。


 彼女達を威圧する目的もあったのだろう。割と地面近くまで降りてきていた龍が、一気に上に飛翔した。そして漆黒の翼を大きく広げた瞬間、いくつもの魔法陣が空中に展開された。


 黒紅の幾何学模様。


 魔術を使う気だ。


 高い知能を有している魔物の中には、魔術を使用できるものもいる。


 その威力は、人間が使うものよりも何倍も高威力という。


 つまり、あのままだと、彼女達は死ぬ。


「「「まっーー」」」


 そして、躊躇うこともなく発射。


 無数の魔術が彼女達目掛けて降り注ぎ、爆発と砂煙が巻き起こる。


 それを高みの見物する龍は、嘲笑うかのような咆哮を上げていた。


 次に砂煙が晴れた時。


 果たして、彼女達がいた場所には……何も残っていなかった。


「ど、どうして……」


「私たち、生きてる……」


『ッ!?』


 空にいる龍も気付く。彼女達が別の離れた場所に転移していることに。


 俺はというと、斜面になっている山を減速することなく駆け抜けていた。


 さっき使ったのは、遠距離からの転移魔法だ。

 対象の位置を変えることが可能な魔法。難点は、調整が難しいこと。そして遠距離から遠い位置にいる対象に使う転移魔法は、魔力をごっそりと持っていかれること。


『グアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ””!!!!』


 龍が咆哮を上げる。


 そして、先ほど仕留め損なった少女達の息の根を止めようと、今度は直接攻撃に出たようだ。一気に地上へと、急降下してくる。彼女達目掛けて。


「も、もうだめーー」


 けれど、その体が彼女達にぶつかることはなかった。

 下り坂を駆けてきた俺の回し蹴りによって黒龍が吹き飛んだからだ。


 すぐに龍が体勢を立て直し、こちらを向く。俺はそれに向かい合う。


『貴様は先ほど、我を見上げていたものか』


 龍は人の言葉を操れる。だから会話もできる。


『先ほどそこの人間らが一瞬消えたのは、お前の仕業か。……何をしにここに来た?』


「害虫を駆除しにきた」


『山なら害虫もおろう』


「困ったものだ。デカい蚊が、うちの畑にフケを落としていったんだ」


『我を害虫と愚弄するか。舐め腐った奴め』


 黒龍が翼を広げ、咆哮をあげる。その翼の内側から、紫の鱗粉が散った。あれは蝕みの鱗粉。かつて同じような鱗粉を持つ個体が、世界の一帯を腐らせたこともあるという話を聞いたことがある。


『だが我の前に立つとは良い度胸だ。しかし、分かっているぞ。貴様、魔力はもう残ってないではないか。ククク……先ほどそこの奴らを転移させたせいで、使い切ってしまったのだな?』


「問題ない。2分もあれば全回復する。俺の魔力炉は優秀なものでね」


『残念なお知らせだ。その時は永遠にこない』


「そうだな。2分もあれば、お前は死骸になっているからな」


『どこまでも生意気な人間だ』


「特別に見逃してやってもいいぞ」


『ククク……。絶好のエサを前にして、見逃すものか。我は好きなのだ。人間が絶望に染まり、情けなくあげる悲鳴がな』


「残念だ……」


 そして龍は、鋭利な牙を剥き出しにして嗤った。


『さあ、じわじわとなぶり殺し、命乞いをさせ、その上で我が炎で炙りながら、喰らい尽くしてやる』


 瞬間、龍の漆黒の尾がこちらに向かって振り抜かれていた。

 けれど、俺はそれを身を屈めるだけで交わし、その後、龍の額に回し蹴りを食らわせていた。


『ぐるぶはぁ!』


 吹き飛ぶ龍。


 木々をへし折りながら、斜面を転がっていく。


 俺は地面を蹴ると、その後を追うのだった。


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