第31話 上級悪魔キングデーモンの剣


「ついに、あの二人が本気を見せたか!」


 王都付近の平原にて、魔力が二つ、爆発的な増加を果たしていた。


 それが、誰のものかを俺は知っている。


 セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナス。


 ついに、あの二人がその正体を表したのだ。


 しかしこれは……。


「……デカすぎる」


 現場から離れたところにいるここにまで、その膨大な魔力が伝わってくる……。


 そして感じるのは、怒り。彼女たちは、今、怒っているようだ。


 それが何に対する怒りなのか……。


 それを知るものは、彼女たち以外には誰もいない。


 しかし、予想することはできる。


 恐らく彼女たちの怒りは、自分自身に対する怒りなのだろう。自分の覚悟のなさや、自分の強さを自覚していなかったこと。それらに対して、彼女たちは怒っているのだ。今までの自分は不甲斐なかった……と。


 彼女たちはまだ若いから、まあ、それもしょうがないと思う。

 若いうちは謙遜や自重をして、己の可能性を知らず知らずのうちに低く見積もってしまうのだ。どの世界でも出る杭は打たれる。だから彼女たちはこれほどの実力がありながら、今まで「自分は弱いんですよ……」と言っていたのだ。


「やれやれ……いけすかないお嬢さんたちだ」


 俺は、苦笑いをするしかなかった。


 まさか、これほどの力を隠し持っていたとは……。


「こっちは必死こいて、鍛錬してきたのに……」


 才能というものは、残酷だ。


 彼女たちの魔力は、俺の最大魔力の10倍ぐらいはある気がするぞ。


「クラウディアが今回、ここに来なかったのもこうなるのが分かっていたからなのかもしれない」


 俺はあのSランク冒険者の彼女の姿を思い浮かべる。

 クラウディアも分かっていたのだ。


 今の二人がその実力を発揮すれば、クラウディアに匹敵……いや、魔力だけならクラウディアを勝るかもしれないということに。


 彼女が不機嫌だったのにも納得がいく。


 今頃、クラウディアはあの山にある家で、鍛錬に励んでいるかもしれない。あの子は負けず嫌いなところがあるからな。


「俺も早く家に帰って、研鑽を積まねば……」


 もちろん、俺だってこのままそれをよしとするつもりはない。


 見てろ、セリカ・ロードライトとジュリア・ルピナス。


 いつか、吠えずらかかせてやる。



「その前に、今はこっちの対処をしないとな」


 俺が今いるのは、崖の上だ。

 ここはセリカ・ロードライトやジュリア・ルピナスたちが戦闘を繰り広げている地点を一望できる、そんな崖の上。


 見晴らしのいい場所だ。空は青く晴れていて、程よい風が吹いている。


 そんな崖の上にいるのは、俺。そしてもう一人。

 数メートル先。地に伏せるようにして、離れた場所を観察している人影があった。

 その人影は、黒系のマントのような布を羽織っていて、双眼鏡のようなものを手に持ち、離れたところで戦闘を繰り広げているセリカ・ロードライトとジュリア・ルピナスの姿を確認している最中のようだ。


 ちなみに俺の存在には気づいていない。


「ここならよく見えそうだな」


「ッ!?」


 ようやく気づいたようだ。


 俺が声をかけると、パッとこちらを振り返るその怪しげな人物。

 そして伏せていた状態から瞬時に起き上がり、警戒体制をとっていた。その右手には、ナイフが持たれていた。


「……ッ。まさか、私が後ろを取られるとはな。覚悟しろ、私の後ろに立ったものは、皆死んできた」


 物騒なことを言う相手。


「偶然ここに来たと言う感じではなさそうだな。要件は何だ」


「あの魔物を消してもらおうと思って、お願いしにきた」


「クク……ッ。さあ、何のことを言っているのか、分からないな?」


 勝気に笑う相手。

 その時、風が吹き、相手が被っていたフードが外れ、顔が露わになる。


 赤黒い瞳と、鋭く尖った牙。髪は白く、人間に似た姿をしているものの、それとは違うと分かる容姿。


 俺はこういう相手をなんというか知っている。


 魔族。


 今回、王都ディフレシスに進行してきたあのトカゲのような赤い魔物。それを裏で操っていたのは、恐らくこの魔族だろうと思う。


 そして、魔族にとって人間は雑魚に分類されて。


「魔族というのは凡人を超越し、その上に行き着く先に成り代わった姿だ」


「……貴様、何者だ」


 図星だ。


 先程まで余裕を見せていた魔族の顔が、一瞬で警戒したものに変化する。


「今回の狙いは、セリカ・ロードライトとジュリアルピナス。そして王都の冒険者や騎士団の中にも、めぼしい奴がいないか探っていたんだろう。違うだろうか」


「……どうやら私は肝心なものを見落としていたようだ。貴様、名をなんという?」


「広まってないのなら、それだけの男だということさ」


「ククッ。だろうな」


 魔族は、俺の体を上から下まで見下ろした後、見下すように笑っていた。


「やっぱり、雑魚だったか。魔力量も並。おまけに頭が回るように見えて、ただの間抜け。愚かな弱者だ」


 雑魚といえば、俺は雑魚かもしれない。

 この世界で才能のある者は、幼少期からその名が広まっていく。


 才能ある天才は天才として、一生その道を歩むことになる。


 名を知られていないということは、それだけの実力しかないということ。


 俺は念の為、相手の魔力を読み取る。遠隔探知の魔法はかけられていない。だったら、特別に名乗ってあげようじゃないか。


「俺の名前はエディだ」


「やはり知らない名だ。しかし貴様にお似合いの、弱そうな名前だな」


 そうして、魔族は余裕そうにまた笑っていた。


 そうか……。だからこいつは、魔族になったのか。


 ここで俺も笑みを浮かべていた。


「貴様……何を笑っている?」


 俺が笑うと、笑うのを止める魔族。


「いや……ずっと気になっていたことが分かって、スッキリした。教えてくれてありがとう」


「……何を言っているんだ。貴様は」


「龍の血」


「ッ」


『龍の血』という言葉に、反応する魔族。


 確定だ。


 勿体ぶっても、アレだろう。

 せっかく本人がいるのだし、聞かせてもらおうじゃないか。前置きなんてものも、もう必要ないだろう。


「龍の血を飲めば、龍の如き力が手に入る。そしてこういう話がある。龍が討伐された日の前後に、各地で姿を消した者が出ている」


 そうだな。有名なのは、誰がいいかな。


「南の方で冒険者をしていた『剣聖』ガブロ・ガレブリオ……。あとは、どこの騎士団だったか、騎士団長ギルモンド・キルゾール。それと、ああ、そうだ。思い出した」


 確かもう一人、突然消えてしまった天才がいると聞いたことがある。


「エルフの森からだいぶ離れた場所にある街。その街に、ナイフの扱いが上手いダークエルフの冒険者がいたと聞く。名を確か、ラルリリアと言っただろうか。透き通るような白い髪の、それは美しく才能のある少女だったそうだ」


「……ッ。どうやら、貴様はよほど死にたいようだな」


 目の前にいる魔族が、忌々しそうにこちらを睨んでいた。


 その耳は禍々しい形になっているものの、元は長く綺麗な形だったのではないだろうか、とそんな面影を俺は想像してしまった。


 龍の血。


 龍が倒され、その前後にいなくなるのは、どれも皆、幼少期から有名な才能のある者たちばかりである。


 そう考えたところで、一つ気がかりなこともあった。


「その様子だと、自分からその姿になったようだな」


「当たり前だ。そうでないと、こうはなれない」


 ……そうか。


 だったら、魔族というのはこういう者のことを言うのだろうな。


「元々、才能があったのに、龍の血を飲んだ者たちだ」


「…………」


 その時、スッと俺の目の前を、ナイフの刃が通過した。

 俺は顔だけ後ろにズラし、それを交わした。


「貴様のような凡人にもなりきれない底辺には分からない世界だ。ずっと下を這いつくばったまま、僅かなことで喜びを感じられる、そんなおめでたい弱者には、私の気持ちは一生分からないはずだ」


 静かにそう漏らし、ブワッと黒い魔力をその身から噴き出す魔族。


 膨大なその魔力量に、俺は押しのけられて、強制的に後ろに下がらされることになった。


 そして、こいつは今、俺には分からないと言った。


 確かに、分からない。


 本当に才能のある者たちが見ている景色は、どういったものなのだろうか。


 少なくとも、崩落するダンジョンに巻き込まれて、死にかけたことなんてないんだろうな。俺が見てきたのは、ずっとそんな景色だった。


「……教えてくれよ。さぞ、いい眺めなんだろうな」


「ああ。この力を手に入れたことで、もっといい眺めになったよ。なんせ、何もしなくとも、溢れんばかりの力が湧き出てくるからな。実に可哀想だ。才能のない貴様は、例え龍の血を飲んだとしても、こうはなれない。ただ苦しんで死ぬだけだ」


 そうしてナイフを構えた魔族は、身を屈めたかと思うと、一気に接近しそのナイフを俺の心臓めがけて突き出してきた。


 刹那、ガキンッと、何かと何かがぶつかるような音がした。


 そして魔族は吹き飛んでいた。


「ぐあッ」


 背後、崖のギリギリまで吹き飛ぶ魔族。その靴の踵が崖からはみ出る直前で、なんとか止まっていた。


 そしてこの時の俺は、苦笑いをしていたと思う。いわゆる、苦笑というやつだ。


 俺は昔から、遡れば前世の頃から、何かあった時、なんとか笑みを作ろうとする癖がある。


 例えば、嫌なことがあった時。


 マイナスな感情を抱いた時。


 愛想笑いに近いような、それを誤魔化すようなそんな顔。


 前世から今世までそんなことばかりだ。


 目の前の魔族。才能があってなお、龍の血を飲んで、手を染めて力を手に入れたこの魔族。

 こいつの言ったように、俺はそうはなれない。才能がない者が龍の血を飲んでも効果がない。苦しむだけだ。


 この世界では、才能のある奴には、さらに上があり。


 才能のないやつは、一生下であがき続けるしかない。


 それは前世でも同じだった。


 ……まったく、嫌になる。



 いや……。



「ふっ」


「ッ、貴様っ、なぜ笑っているッ」


「すまんな」


 今度の笑いは、可笑しくて笑ってしまったものだ。


 いけない。

 思わず、前世の俺の気弱な部分が、出てしまっていたようだ。


 しぶとい奴だ。前世の俺という奴は……。


 しかし、今の俺はもう違う。


 魔族でもなんでも、今は都合がいい。サンプルは多い方が何かと捗るからな。


「特別に見せてやろう。お前に地獄というものを」


 俺の腰には一本の剣。俺はその青黒い鞘に収められている、どこか仄暗さを感じる剣を鞘からゆっくりと抜刀した。


 露わになったのは、磨き上げられた濃藍色の刀身。日の光を受けると、うっすらと刀身の内部に渦巻いている悍ましい魔力が流れているのが見える。


 我ながら、いい出来だ。


 これぞ、上級悪魔キングデーモンの素材を加工し、耐久性を限界まで鍛え上げた俺の新しい剣。


 ちなみに、試し切りはまだ行っていない。


 だから、ちょうどいいところに的がいてくれて良かった。


「さて。この剣の切れ味を試すとしようか」


「クク……。そんな玩具がどうしたというんだ」


 そうして俺たちは同時に動きだし、衝撃がぶつかるのだった。


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