第36話 いやぁ〜! 隠し子だぁ〜!


「今日から、この家でこの子の面倒を見ようと思う」


「いやぁぁぁぁ〜! せんぱいの隠し子だぁぁぁ〜!」


 家の中に悲鳴が響き渡った。


 リビングに集まっているのは俺、シェラ、クラウディアの三人だ。

 さらにそんな俺のそばには、一人の小さな女の子がいて、俺はシェラとクラウディアにその子の紹介をしたのだ。


「誰との子よ」


「誰とのって……」


 まるで俺と誰かの子だと言うような、クラウディアの発言。


 若干、瞳からハイライトが消えているようにも見えて、表情は凍りついている。


「そんな……せんぱいが童貞じゃないなんて……」


「驚くとこ、そこなのか……」


 まるで俺が童貞であることが前提の言い方だ。


「安心しろ。俺はまだ童貞だ」


「「……よかった」」


 シェラもクラウディアもなぜかホッとしたように、胸を撫で下ろしているように見えた。


「……で、その子はどうしたのよ。ダークエルフのように見えるけど、どんな接点なの?」


「そうですよ。王都から帰ってきたと思ったら、急に子連れで帰ってきたからびっくりですよ!」


「話せば長くなるんだけど、それでもいいかな……」


「「あ、じゃあ……いい」」


 ……そ、そうなのね。


 どちらも、めんどくさがりだ。

 それでいいのかい、とも思うが、いいのだろう。


 とりあえず、この子にも二人のことを紹介しておくか。


「ほら、この二人が今日から君の同居人だ」


「…………」


 俺は隣に座らせていた女の子に、シェラとクラウディアのことを紹介した。

 彼女が反応を示すことはなかった。口も開こうとする様子もなく、視線も動かさず、しかし俺の手だけは離すことはなかった。


 尖っている耳。種族で言えば、彼女はダークエルフだ。

 瞳の色は紫。その首には『隷属の首輪』が嵌められている。


 シェラもクラウディアも、その首輪の存在には気づいているはずだろう。けれど、それについて何か言うことはなかった。


「……どうせまた何か面倒ごとに首を突っ込んだんでしょうね。ほんと、面倒ごとに事欠かない男だわ」


 クラウディアは呆れたように苦笑いをしていた。


「せんぱいは小さい子には優しいですもんね。この前の畑泥棒も獣人の小さい子にも優しかったですし、素敵なフェミニストです」


 せんぱいは小さい女の子の味方ですもんね。とシェラがいい笑顔で微笑んでくれていた。けれど、それは遠回しに、ロリコンだと言いたそうな響きがあった。


 けれど、とりあえずこれで、自己紹介は終わりだ。

 そして、一応の確認をしておきたいことがある。


 それは、部屋割りだ。


 一人住人が増えることになったため、改めてそれを決めておこうと思うのだ。


「とりあえずシェラは今まで通り、シェラの部屋を使ってくれ」


「は〜い」


 シェラはこの家の住人の中でもベテランだ。一番初めに訪ねてきた子だ。だから、親しみもあるだろう。今まで通りそのままの部屋を使ってもらおうと思う。


「クラウディアは、この前からそうして貰っている通り、俺の部屋をそのまま使ってくれ」


「分かったわ」


 この家には、個人の部屋は二つしかない。

 だからこの前からここに住むことになったクラウディアには、俺の部屋を使ってもらうことになったのだ。


「意義あり!」


 そこに異議を唱えたのは、シェラだった。


「異議を聞こう」


「それだったら、私がせんぱいが使っていた部屋を使いたいです!」


「却下だわ」


 シェラの意見は、クラウディアに却下された。


「どうしてですかッ」


「どうしてもこうしてもないわ。家主の命令に従うのがルールよ。彼が自分の部屋を私が使っていいって言ってるんだもの。私が使うしかないじゃない。……しょうがなけれどね」


「……そんなこと言って。クラウディアさんはただせんぱいの部屋に入り浸りたいだけじゃないんですか? あの天下のクラウディア様が聞いて呆れますね」


「「……ッ」」


 ……バチバチと二人の間に火花が散っている気がした。


「あ、あっれぇ〜。もしかして、図星だったりしてぇ〜」


「……言ってる意味が分からないのだけど」


「じゃあ、私の部屋をクラウディアさんが使って、せんぱいの部屋を私が使うことにしても、なんの問題もありませんね」


「嫌よ。あなたにマーキングされた部屋なんて、落ち着かないもの」


「一理あるかもしれない……」


「せんぱい!?」


 俺は、クラウディアの懸念していることが分かる気がした。


 なんせ、シェラには時々そういうところがある。


 あれはそう。先日、風呂上がりの俺が、洋服を着ようとしていた時のことだった。

 洗濯済みの俺の服から、妙にいい匂いがしたのだ。

 最初はシェラがいい香りのする柔軟剤を使って洗濯してくれたのかな、と思って、俺はシェラに感謝したのだが、次の日、俺が目にしたのは、洗濯済みの俺の洋服に頬擦りしているシェラの姿だった。


『ち、違うんですよぉ……。これはたまたまだったんですよぉ……』


 と俺の洗濯物に顔を擦り付け、俺がその犯行の一部始終を目撃したことに気づいたシェラは、慌てて取り繕うとしていたが、鼻息荒く弁解するそのシェラの姿に、俺もドン引きしたほどだった……。


 確か前も何度かこんなことはあった気がする。


 そんなマーキングマイスター、シェラが、自分の部屋にマーキングをしていないわけがない。


「けれど、残念だったな。クラウディア。俺の部屋の物には、恐らくすでにシェラのマーキングが入っていることだろう……」


「手遅れだったのね……」


「い、いやぁぁああああ〜! なんで知ってるのぉぉおお〜!」


 顔を真っ赤にしたシェラが、恥ずかしそうに叫び声を上げた。


 こうして二人の部屋割りは変わらないことが決定し、俺とダークエルフの少女はこの家の隣に建てられている小屋を居城にすることにしたのだった。


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優秀すぎた俺が隠居生活を決め込んだ結果。〜鍛治とポーション作りを始めたら、思っていたのとは違う方向に注目を集めてしまっていたらしい〜 カミキリ虫 @Chigae4449

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