第3話

「けもっ走ってる.」

うるせぇ…

「わぁってるっ.」

そりゃ分かってるんだよっ!

「客入ってる.」

んな事,知ってるんだよっ.

「分かってるっ.」

「どうしたの…」

どうしたのって…

きぃちゃんが言うなよ…

代わる代わる耳打ちしてくんなよ…


とにかくサビ前は何とかいけるけど,

サビから, もう聴いちゃいられない.

早く終わらせて…

聴きたくない.

俺が,聴きたくない.

俺が刻むんだから,

お前ら合わせろよっ!!!


「アンコールどうしちゃったの?」

ペットボトルの水,

口にした後,穴から覗きながら

ひとが言う.

そりゃ水だろ.水しか入ってねぇだろ.

「どうしちゃったんだろうね~.」

きぃちゃんも合わせるもんだから…

ペットボトルに手を伸ばして目配せするもんだから…

どうもこうもねぇんだよっ.

イライラしてくる.

熱気か嫌気か分からない

汗がだらだら垂れてくる.

口を開いたら多分

おかしな事になる長文が

止め処なく出てくる.

だけど,

もう…

俺だって辛抱ならん.

息を吸って,

その瞬間,

肩を叩かれた.

それはそれは,良いタイミングで.

グッドかバッドかは分からない.

めちゃくちゃに壊してしまった後,

すっきりしてるのかもしれないし,

がっかりしてるのかもしれないし.


「けもトイレ行きたかったんだよな.」

はっ!?

思い切り振り返って,

じんの顔を見る.

お前…

そりゃねぇよ.

何キャラに仕立て上げんのよ,それ.

きぃちゃんの前で.

もう,いいや.

「悪い.

走って,御免.

便じゃねぇ.」

「んじゃ」

「そっちでもねぇ.」

こうやって取り繕って,

何とか進んで行く事に

何だか意味を見出せない.

だけど,

後々は,どうか分からない.

分からない事を分からないまま

続けてる.

もっと一杯巧い奴ら溢れてる.

いいんかなーって思いながら,

甘えた事をやってる自覚もある.

客見て楽しむ余裕なんて無い.

ドラムセット見て

真剣に向き合って叩いてる時か

歌詞の怨念から逃げてる時か

どっちかしかない.

体が覚えてる

なんて言ってみたい.


「今日,俺,このまま帰る.」

何だか宣言して,持ち込み機材回収しないと帰られない.

「打ち上げ~.」

きぃちゃんが言うんだけど,

そんな気分になれないや.

いつもだったら,嬉しく思う一言が…

ほっといてくれに変換されてく.

「3人で行って来てよ.

予約してるよな金だけ渡しとく.

ちょっと待って.

控えに財布置いてる.」


「2人の方が良くない?

遠慮しとくね.」

じんが言う.

お前行けよ.

2人にすんなよ.

自分棚に上げて,他人を動かそうとするんだから,

もう阿保だな.


「融通利かせてくれんでしょ.

2人病欠にしとくわ.

きぃちゃん,行こ行こ.」

「うんっ.」

きぃちゃんが嬉しそうで,

嬉しそうで,嬉しそうで.

俺は…

苦しそうで,苦しくて,

苦しくて,苦しくて.

俺の周りだけ酸素が足りない.

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