第22話

暫し顔を見合わせる.

もう俺出来る事無いよって顔.

相手は知らん.

何を思ってんのか皆目.

そんなもん.

「さー帰ろっと.」

誰に言うともなく声を上げる.

怖いよっ!

距離感!

今の子って,こんなん積極性なの?

さっきの小さな手が俺の手を握ってる.

じわじわ手汗出てる気がする.

嫌じゃない.

嫌じゃないけど.

きゃーとか叫ばれたら,どうしよう今っ.

こっちが,きゃーなんだよっ!

「2人ですね.」

何っ!?

きゃーっ!

その台詞,今じゃねぇよっ.

今ってか,それじゃねぇよっ.

「あー…

正直…怖い…

離して貰っていい?」

「嫌ですか?」

きょとっと,こっち見る顔が…

可愛い.

嫌とか…嫌じゃないとか…

嫌じゃないよっ!

「何が起こってんのか分からんところが…

怖い.

しかも2人じゃないから.

スタッフさんいるし,

早く,ここ…まじで出んと.

俺,器材の確認したいから.

手を使ってするんだよね.

念力とか使えない…」

最後,余計だ.

くそっ,変汗出てくる.


物確認しながら,ぐだぐだ会話.

本当は手元に集中したい.

あれやりながら,これやるって地味に駄目.

比重は手元だから,

自然と声は後回し.

しかも,何度も聞き直す.


「名前っ

名前何っ?」


「おん…」

「んー…」

「おんです.」

「えっ?」

「おんっ!!」

うぉっ!ビックしたー…

「あぁ…スイッチオンとかの、あのおん?」

喰い付いた訳じゃないけど,

訊いたからには顔を向き直す.

さっきも俺が訊いたんだっけ…やば.

「読みは、そのおんですけど…

漢字は音です。」


「へぇー。

何か音楽やってる?」


「やってないです。」


「ほーそうかー。

ご両親が音楽関係?」

ん?なんか様子違うかったぞ。


「やってないです。」


「まじで?」

なんか、それ系で名前貰ったんかなって気がしたけど。

違うんか。

「はい終了.

帰るけど帰る?」

視線やりながら眼が合う.

「帰ります.一緒に.」

力強く頷いてて,それ見ながら適当に頷く.

あーどうするかー.

器材乗せて、おんちゃん走らせる。

うーん、人道的にまずいぞ。

おんちゃん乗せて、器材引きずる。

あー…出来なくもないけど、破滅的。

後先考えていない系。

「ちょっと離れた所に停めてるけど,いい?」

一応告げるけど,良いも悪いも無くて.

いいよな?級に言ってる.

気マズーで,星とか話して見るけど,

残念.

今日は雲多い.


やっと辿り着いたは辿り着いたで,

「それは使いたくありません!」

ビシッと言う,おんちゃん.

あぁ…

これが,じんだったら,

何も言わず被って掴まってくれて帰られる.

「被んないと帰られないんだって.」

こっちが捕まる.

なんか…面倒で我が儘.

はぁ…

ため息をつく.


「それ…

見た事あります.」

「でも新品だから.

誰も被った事無いよ.

だから,いいじゃないか.

頭守んないと危ないよ.」

「そこは問題じゃないです.」

「え?」

「これ,どんな想いで同じようにしましたか?

私が,その想いごと黙って被って乗る事に

耐えられません.」

あ…

そうか…

そうだよな.

「分かった.」

おんちゃんが…

俺が…

本気であるなら,

きちんと,おんちゃんの事を想った

メットを用意する.

だから,今日は被らなくていい.

これを被らせて乗せる訳にはいかない.

「何色が好きなの?」

「虹色.」

虹色かぁ…

「いいよなぁ…」

いいけど…

虹色のメット被って…耐えられる?

派手アピールとかになって事故りにくそうで,

まぁいっか.

「目立つよ.」

「乗せてる所を見せたくない人がいるんですか?

私を.」

そう,おんちゃんが言った.

息吸って…

「いや,いないな.

いねーなっ見せびらかしたいから虹メットでいくか.」

って笑ったら,

おんちゃんが嬉しそうだった.

なんか…

俺…

見付けたかもしんない.

なんか…

これは…

まさに.


「俺,けもって呼び名だけど,

必要の要って書いて,ようって名前なんだ.」

「ようさん.」

そう,おんちゃんが言うと,

首が痒くなった.

よおさんでなくて,

どちかってったら,

よーさんに近い.

何で呼び方を分析したくなったんだろうとか.

なんか名前言って貰っただけなのに…

こっち向いて笑顔で俺の名前を呼ぶ

おんちゃんが煌めいてて艶めいてて.

上がる.舞い上がる.

「なんで,けもなんですか?」

って,お決まりのパターンが飛んできて,

「大熊だから.見かけもあるのかもね.」

そう答えた.

おんちゃんが,頭から爪先見て頷いた.

がおーって追いかけたら,

おんちゃんがきゃっきゃ笑いながら逃げる.

何だろう.

久しぶり.

この人,こんな愛おしかったっけ.

俺,こんなんウキウキ心動くっけ.

「俺さぁ.

本気出したら,おんちゃん捕まえられる.

捕まえて…持ち上げたい.」

おんちゃんの目を見る.

真面目に真剣に.

「だけど,おんちゃん小さくて,

それやっちゃったら,

もしかして怖がらせるのかなって.

だから…

だから…今聞いてる.」

心臓が,どっどっどと打ち鳴らす.

駄目って嫌って言われるのかなって思ったりもした.

「そしたらーそれでっ

お願いしまーす.」

って飛び切り笑顔で言って来られる.

「それって!?どっち!?」

焦って汗って尋ねるっ.

「捕まえてくださいよっ.」

ちょっと体斜めにして顔だけ,こっち見て言ってくる.

うあーもうー駄目だっ.

「目がー目が怖いですっ.」

おんちゃんが,笑いながらすばしっこく逃げる.

やべぇ捕まえたくて捕まえたくない.

気持ちは夜空いっぱい満てん空の下。

天下取っちゃった気分。

今,至極至上.

今世紀史上,最高だ.


2人して喰うか喰われるかの戦いを

真剣にして,

真剣にして,

笑いあって,

俺が捕まえてフィニッシュ.

下ろしたくなかった.

おんちゃんは何にも云わず,

捕まえられてくれてた.

楽しかったけど,もう疲れたー.


「今日乗って帰らん無いから,

タク使う?」

「徒歩で.」

「徒歩で!?

どの位で帰り着くの?」

「30分位.」

30分位…俺,往復で1時間…

「タクで良くない?

もう色々と燃え尽きた事ない?」

「駄目です.色々知ってます.」

「何を?」

「一緒に運動しましょ.」

って言われた.

むむ…どの経由の繋がった人?

結構,内情知られてる…感じだーよ…

見た目やっぱやばいのかなぁ.

「じんの妹?」

聞いてみたけど,じんに妹はいなかったはず.

義理の?

だったらいいなって気持ちが働いてるだけか.

あぁ義理なら結婚できるのか.

勝手に考えて勝手に焦る.

「おんちゃんは誰が好きなの.」

全て腕の中で話した.

腕に力が入る.

「よーさんですっ.」

ははっ.

おんちゃん持って,くるくる回ったら,

少し目が回って,大事な人抱えているから,踏ん張って,

おんちゃんっ!おんちゃんっ!呼びかけながら1人盛り上がって,

好きだよって伝えながら下ろした.


でも,おんちゃん…

百歩譲っても,

そんな惚れっぽかったら怖いよ.

信用ならんし.

秒で違う奴んとこ行きそうじゃん.


「俺さぁ。

浮気が許せない。

最後、戻ってくるって言われても、

俺の心を戻せない。

それ最初に知ってて欲しい。

重い想い、結構。

だから、行くなら、

こっち切って行って欲しい。

これ、お願いベース。」

言っちゃった後、今ベースって出さんでもいいやろって。

思った。

保険ぐらいかけときたい.

おんちゃんが微妙な顔してたけど.

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