第14話 上打ち込み部屋 12話の続き

「何か,こっちに言いたい事あるんじゃないのー?

ずっと.」

ひとが指慣らししながら,適当に投げてきた.

久々の合わせで借りてる防音室内。

きいちゃんがバイト終えて来るまでの短期決戦.

ダムダムしながら,声を張る.

全然リズムは焦ってて,テンポは合って無い.

決められた通り,チューニングしてないと,

自分も周りも不協和音.

どんどんずれてくるよりも,

少しいいとこに持ってきときたい.

だが,こんなの誰にも聞かせたくない.

じんは…来たら来たで別にいい.

「あん時の…何?」

誰?とか訊きたくない.

「遊び仲間?」

「遊び仲間とか要らんよね?」

「時と場合による.」

「きいちゃん…知ってる?」

「知ってたら,どうだって?」

ドンっと鳴らして,静かになる.

声を荒らげたかった…

適当に,ひとが鳴らす.

「あいつ男だよ.」

えっ?

顔を見ながら何て事言うんだって顔をする.

逃れる題材が違うだろ.

「俺,だいぶ…あの後話したよ.」

「えっ!?」

鳴らすの止めろよ!

だから聞こえねぇんだろうがよっ!!

「俺っだいぶっあの後話したんだって!!!」

静かな中に俺の大音声が吸収されていく。

あれ…本当に男だった?

記憶の端から端まで辿るけど,

辿った所で印象は…残ってない.

あの胸は作り物?

喉仏有った?

服装どんなだったっけ?

手の感じは?

そんな目で見ていないから分からない.

股間鷲掴んだら良かったの?

いや、それ、犯罪じゃね?

「誘われた?」

「ふざっけんなっ!」

「ほんとだよ.」

「何が…」

何が本当なんだよ…

「あいつ男だよ.」

「聞こえたって!

…」

だからいいとか…ねーだろう.

もっと…だから…

大ダメージ受けねぇ?

「知らなかったら言うの?」

「あ…」

そこまで考えて無かった.

「株上げて,振り向いて貰えるかもだもんね.

慰めてやったら、ころっとなびくかもね。」

「おい…」

「けも,いつもお零れ貰ってるもんね.

そういう手法お得意芸」

「ひとっ.」

言っていぃ事とわりぃ事があんだろ…

「お下がりで良ければ.

ワンチャンこれ有るかもって?」

意地悪な笑いを浮かべるひとを見ていられなかった。

ぼんやり足下に視線向けながら…

は…

これまで一緒に…

同じ方向に進んできた仲間か.

こいつ仲間か?

なんも伝えんでもいいって思ってきた

結果が,こんなか?

俺は,こんな奴のために一生懸命になってたのか.

もうお前の音は聴こえないし,

お前のための音は出したくない.

…やべえ.

キレそう.

今キレずして,いつキレるんだって…

きぃちゃんまで侮辱するなんて許せねぇ.

きいちゃんの分は一発入れたい.

「ストップ.

手は商売道具.

顔もある程度必要.」

立ち上がった所で聞こえた。

はぁ…

いつもタイミング良過ぎるな.

何か発したい、こちらの顔に向けて、

じんが続ける。

「今の今って?

見計らってたよ流石に.

直ぐ出る準備はしてた.」

じんが後ろで聴いてたらしい。

いつから?

あぁ…

防音室の空気の流れまで気が付かないなんて…

かなり冷静じゃなさ過ぎる…

激昂し過ぎて周りは見てない.

見られていない.

見る必要なんてない.最大限ムカついてんだから.

だが,じんの動向を見守るのみ…

急にストップ掛けられて,踏み出す一歩を再考する.

「ひと。

付き合ってても付き合って無くても、

出る時は、きいちゃんの入り先見付けて一緒出て。

それを俺らに責任の取り方として見して。」

「けも。

溜飲下げられる?」

握りしめた拳をお見舞いしたい。

したいが…

じんに、ここまで言われて、決行出来ない。

「ひとさぁ。

その楽器誰それ貸せる?

俺が今それ寄越せって言ったら渡せる?」

真剣な顔して怒りで震えそうな声を押さえ付けて、

低く低く出す。

「いや…貸せない。

渡せない。」

「大事だよなぁ。

人間の方が、もっと大事じゃねぇの。

口の利き方に気を付けろよ。」

お前を好きって言ってる子を

どうして大事にしてやれないんだ。

生半可な気持ちで受けてやるなよ。

出来ないんだったら最初っから断れよ。


「お前自身で幕引きしろよ.

俺の幕じゃない.」

ひとと目を合わせて伝える.

「分かったよ。」

そう、ひとは言ったけれど。

こっちに味方が増えたから迎合してる感満載。

そら数的には多いが。押しも強いが。

どうするか。

どうなるか。

俺きいちゃん甘やかす用意はある。

言ってやろうか。

行ってやろうか。

はぁ。

その後は合わせになんなくて、

きいちゃんが、どうしたの?って言ってた。

さぁ…

どうしたんだろうね。

何事も心技体.

こんなんじゃ合う訳ねぇんだよ.


「ねぇもう一回お尋ねするけど,

これで続ける?

続けられる?」

じんが言ってくんのも尤も.

はぁ…

言葉出す代わりに

我武者羅打ち鳴らす.

「分かったって.」

何が?

俺は一っ言も発してない.

音と会話したの?今.

手を止めて顔を見る.

分からんのよ.

こっちは.

もう…よく…

「何が良いのか分からねぇえぇぇぇー.」

溜め息交じりに吐き出すと,

じんが笑った.

「今度曲いってみなよ.」

はっ!?

「心の機微は原動力だ.」

「別に音楽に捧げるつもりないっつの.」

首を左右にコキコキしながら,さっきまで

ひとが居た場所を見やる.

「それさえなければ,良いプレーヤーなんだよ.」

「それさえなければって…

それさえってやつが結構でかいよね.」

じんが言うもんで,

笑った.

正確に確実に鳴らしてくる指.

あの指が,きいちゃんを触る.

心も身体も.

どこも勝てる気がしなくなって,

思考も手も止まる.情けない.

腕組んで重心後ろにしながら,

「私情とビジネスは別に考えなければいけない.」

そう呟いた.

だけど,俺も人間だ.

これこっち,あれあっち.

なんて別個にやれるか.

多分,良いプレーヤーなんだけどって思うようになったら…

最終章.

なんだけど駄目だって…

そう思った時.

さっき思わなかったか?

でも…

幕を引くと約束をした.

只の付け焼刃という反応だったのかもしれない.

だがしかし…

それを見届けた後でも…遅くない.

色々と諦めきれない所も…人間っぽい.

切り捨てた方が遥かに楽なのに.

どうしてこうも灼熱を踏み固めて

わざわざ進もうとするのか.

だって,結構言われてたよな俺.

甘過ぎる.


「なー覚えてるー?

モテたくて始めたのに,俺モテてない.」

得意げに笑うと,

じんも笑った.

「狙った人に想いを返して貰えたら大正解なんじゃない?」

じんが言う.

「だから,返して貰ってねぇんだって.

追い打ちかけてくんなよ.」

笑う.

「始まりの始まりが…そもそも合ってる事なのかって

誰も分かんないよ.」

「はいはい.じん先生.深いねー.」

なんも軽くはならんけど.

俺は合ってる事だって思って信じて突き進んでる.

それは,そこに,信念があって,

後悔は自分自身で味わうだけなんだ.

穏やかに,こっち見てくるじんは,

付かず離れずで一緒の時間を過ごせて良かった奴だ.

「じん,いつも有難う.」

「いいんだよ.

いいんだけど…

残り時間やばいよ.」

・・・

こっち見てくる表情が穏やかじゃない…

何だよ…

「それを早く言えよ…」

それは一個も良くねぇ.

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