デートしてください
篠崎さんの家に到着した。
入り組んだ場所にあって、少し迷ったが、走ってきたこともあり大きな時間ロスはなかった。
「ふぅ」
息を軽く整え、インターホンに指を持っていく。
すると程なくして、声が飛んできた。
「はい」
「す、杉並浩人と申します。えっと、篠崎さんの」
「いや、あーしだから。ちょい待ってて」
「あ、うん」
女子の家──それも、微妙な関係性の女子の家に訪れる機会は中々ない。
それだけに妙に緊張してしまった。
緊張すべきはこれからなのにな。
俺は呼吸を整えながら、篠崎さんに言われた通りインターホンの前で待つ。
と、しばらくして扉が開いた。
「ちょ、なんなの? 宅配便なら自分で受け取りなさいよ」
「いーじゃん、いーじゃん。明日香宛なんだから」
「は? あたし宛って──え、ヒロト?」
「よ、よう」
篠崎さんに背中を押されながら、明日香が登場する。
明日香は俺と目が合うと、パタリとその場で足を止めて、呆然と俺を見つめてきた。
数秒の沈黙のあと、明日香は篠崎さんの服の袖をガッと掴んで。
「ど、どういうこと!? なんでヒロトがここにいるの⁉︎」
「ヒロトくん、明日香に言いたいことあるんだってさ」
「なに、それ。マミがなんか言ったの……?」
「ううん。あーしは何もしてない。じゃ、あとは明日香次第だかんね」
「え、ちょっ」
「んじゃねー」
篠崎さんは、明日香の背中を強めに押す。
一気に俺との距離を詰めさせると、扉を閉めて家の中に戻っていった。
俺と明日香の二人きりになる。
「えっと、ごめん。急に来たりして」
「や、別に……。あたしに何か用?」
「きょ、今日って予定空いてたりする?」
「……マミたちとクリスマス会してるけど」
ま、まずい。
この切り出し方は間違えていた。
俺の想定通りのプランでは進められていないのだ。アドリブ効かせよ、俺!
「そ、そう、だよね」
「う、うん」
「…………」
「…………えと、ヒロトも来る?」
「い、いや、それは流石に」
「そ、そうよね。女子しかいないし。まぁ、ヒロトなら上手く溶け込めそうだけど」
「そうかな」
「うん」
流れが良くない。
そもそも、明日香と上手く会話が出来ていない。
極度に、緊張しているせいだろう。
明日香にもそれが移って、ぎこちない空気が纏わりついている。
ふと、明日香は何かを感じたのか背後に視線を配った。
俺も同じく、明日香の後ろに視線を向ける。
と、扉が少し開いていた。
その隙間から、明日香の友達がこぞってコチラを見ている。
「……っ。ば、場所変えてもいい?」
明日香は寒さとは関係なしに顔を赤く染めると、場所の移動を提案してくる。
オーディエンスがいる状態は俺としても好ましくない。
「うん、変えよう」
明日香の提案に乗って、近くの公園へと移動することにした。
小さな公園。十七時を過ぎた今は、子供一人いない。
俺たちは少し距離を空けながら、ベンチに隣り合わせで座る。
息が白くなるような寒さ。明日香は両手をさすりながら、はぁっと息を吹きかけていた。
「あ、ごめん。俺、気づかなくて」
「え?」
「これ使って」
「だ、大丈夫だから。あたし、寒さには強い方だし」
「その嘘は流石に通じないって」
「うぐっ」
二年以上付き合っているのだ。明日香は寒さ耐性がどのくらいなのかは把握している。
俺がコートを渡すと、明日香は戸惑いながらも、上から羽織った。
「……ヒロトこそ、寒くないの?」
「俺は寒さにはそこそこ強いしさ」
「ヒロトこそ、そんな嘘が通じると思ってるの?」
「うっ」
当然ながら、明日香もそのくらいは把握しているようだ。
俺は苦い表情を浮かべつつも、首に巻いたマフラーを見せると。
「ほら、俺はこれあるし」
「……使ってくれてるんだ」
明日香は僅かに目を見開くと、ボソリとつぶやいた。
俺は小さく息を整えてから、明日香の目を見据えた。
「このあと、俺に時間くれないかな? 明日香と行きたい場所あるんだけど」
明日香は瞳に動揺を走らせる。
「きょ、今日が何の日か分かって言ってるの? だ、大体、なんであたしの所になんか来てるの? ヒロトはカノジョのとこに──」
「彼女とはもう別れてるよ」
「そう、なんだ。……ごめん、嘘。ヒロトが別れたこと知ってた」
明日香は呟くように吐露する。
学校のような閉鎖空間では、色恋沙汰は簡単に情報が広がる。
佐倉さんとの件は周囲に隠していたが、それでも知らないウチに広まっていた。
そして佐倉さんの様子を見れば、別れたことは容易に想像がついただろう。
「ヒロトの考えてること、あたし、分かんない」
「ごめん。いきなり来て困らせちゃってるよね」
「ホント、困ってる。でも、一番分かんないのはあたし」
「え?」
「今日、ヒロトとは会えないと思ってた。けど、ヒロトが来て、あたし、意味わかんなくて、こんな感情よくないからって捨てたはずなのに、嬉しかったの。ホント、ダメダメね、あたし……」
明日香は自嘲するように、空を仰ぎながら呟く。
呆れたように息を吐くと、明日香は切なそうに俺を見つめて。
「あたしね、もう、ヒロトに迷惑かけたくない。だからヒロトと一緒には──」
「迷惑、なんかじゃないよ」
「え?」
「俺と、今日を過ごして欲しい」
「え、えっと」
「友達とクリスマス会してるのに図々しいにもほどがあるって分かってる。でも、俺は明日香と一緒にいたい。だから、俺と一緒に来て」
「は? え? な、なに言って」
後には引けない。
もし、明日香に断られたときには諦めるべきだろう。
ただ、諦めたくないから俺の気持ちをありのままぶつける。弱気にはならない。
明日香はボッと湯気が出そうなほど顔を赤く染め上げた。
「……っ。言ってること滅茶苦茶なの分かってる? ……ヒロトはあたしのこと嫌いになったんでしょ?」
「俺、そんなこと言った? 嫌いなんて言った覚えないんだけど」
自分の気持ちが分からなくなっていた。
けれど、嫌いなんて明言した覚えはない。
まぁ、そう思わせるような行動は取ってしまった気がするけど。
「でも、言ってることもやってることも滅茶苦茶だよね。ただ、ようやく気持ちの整理がついたんだ。だから、こっからはもうブレないと思う」
「ヒロト……」
俺は明日香の左手に触れる。
寒さで冷たくなっている。さっきまで走っていた分、俺の方が体温は高そうだ。
「だから、これから俺とデートしてください」
真剣に、ストレートに、懇願した。
初めてデートに誘った時よりも緊張している。
ど直球でデートに誘うのは、相応に緊張するな。
明日香は茶色がかった瞳を、挙動不審に泳がすと、下唇をそっと噛み締めた。
「……ずるい」
「え?」
「あたしも、誘いたかった。でも、諦めなきゃって、前向かなきゃって思って出来なかった。なのに、ずるい! なんでヒロトは誘えるの⁉︎」
「そ、そう言われてもな……」
目尻に涙を溜め込みながら、明日香は不満を吐露する。
俺は首筋を掻きながら、当惑を露わにする。
猫みたいな佇まいで、恨めしそうに下から俺を睨みつけてくる明日香。
そうしてしばしの沈黙の後、彼女はプイッとそっぽを向いた。
「……あたしのこと、楽しませないとダメなんだから。ちゃんと、エスコートしてよね」
明日香が俺の手を握り返してくる。
俺は心臓の鼓動を早めると、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。
「分かった。約束する」
「うん、絶対だからね」
明日香はむくれた表情を崩すと、柔らかく笑みをこぼした。
久しぶりに明日香の笑顔を直視する。やっぱ世界一可愛い。まずい、顔が熱くなってきた。
ドギマギしていると、足音がこちらに近づいてくるのに気づいた。
「君ら、イチャイチャするの早くない?」
「え、マミ? ちょ、なんでいるの⁉︎」
篠崎さんが呆れまなこに俺たちを映しながら現れた。
「ほいこれ、荷物は必要でしょ」
「……っ。あんがと」
明日香の荷物を届けに来てくれたようだ。
この結果を見越していたのだろうか。
「みんなには、明日香は持ち帰られたって言っとくから安心しといて」
「……っ。ち、違うから! てかそれ何も安心できないんだけど!」
「嫌なら戻ってきなよ」
「うっ……戻らないから」
明日香は生唾を飲み込み、苦い表情を浮かべる。
そんな明日香を見て、篠崎さんは楽しそうに笑みをこぼしていた。
「じゃね。あ、ヒロトくん、遅くまで明日香連れ回しちゃダメだよ? フリじゃないからね?」
「わ、分かってるよ。そんなつもりじゃない」
「ふーん? ま、いいけど」
ヒラヒラと手を泳がしながら篠崎さんはこの場を後にしていく。
変なことを言われたせいで、ぎこちない空気が俺たちの間を包んでいた。
誤解を与えないよう、キチンと伝えておかねば。
「一応言っとくけど、そういうつもりはないから。た、ただのデートっていうか」
「……あ、当たり前でしょ! ……なんも準備できてないし」
「え?」
「なんでもない! ほら、行こっ。どこ行くのか知らないけど」
明日香は顔を真っ赤にしながら、俺の手を引いて歩を進める。
たった数ヶ月だけど、懐かしいなこの感じ。
やっぱり、俺は明日香が好きみたいだ。
────────────────
次が最終回になります。
3話分くっ付けたので結構ボリュームあります。
以前にもお伝えしましたが、ヒロトと明日香が付き合うまでの短編を投稿してます。
読まなくても問題ありませんが、お時間ありましたらぜひ。
リンク↓
https://kakuyomu.jp/works/16817139556079177850/episodes/16817139556079383230
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