何か違くないか?



『なんか明日香やたらと機嫌良いんだけど! 昨日は全然取り合ってくれなかったのに、今日は素直に聞いてくれたし』


 二十時を過ぎた頃だった。


 スマホに、知奈美さんからチャットが送られてきた。


 ファミレスを出た後、いくらか買い物をしてブラブラして解散になった。


 デートとは違う、ただ休日に遊びに出掛けたようなもの。俺に関しては、荷物持ちとしてせっせと尽くしていただけだ。


 ただ、結果的に明日香との気まずい感じは払拭傾向にあった。


『誤解が解けたからかと。一応、今日、妹絡めて明日香と出かけてて』

『え、もう復縁してるの?』

『違いますよ。全然そんなんじゃありません』

『そーなんだ。ま、誤解が解けて何よりだね』

『はい。そもそも知奈美さんが悪ノリしなきゃ、こんなことにはならなかったんですけどね』

『乗っかってきたのはヒロくんだよ。てか、わたしは本気だったし』

『もうその手には乗りませんからね』

『ぶー。つまんないなぁ』


 不貞腐れたようなアニメキャラクターのスタンプが送られてくる。


 また、誤解されても面倒だしな……。

 いや、別に、誤解されたところで問題はないのだけども。


 と、今度は別の人物からチャットが送られてくる。


『今日、ありがと。荷物持ち、助かった』


 なんだこのカタコトみたいな文章は……。


 送り主は明日香だった。


『どういたしまして』


 簡素に返信すると、すぐに既読のマークがついた。


 それから少しして。


『あ、今のは誤字っていうか、色々考えてたら文章分かんなくなっちゃって』

『内容がまとまってていいんじゃないかな』

『フォローしなくていいから! てかさ』

『ん?』

『あたし、今日みたいにヒロトに接していいの?』

『変に気を遣われる方が困る』


 俺が返信を送ると、少ししてから猫を模したキャラクターが、両腕でマルを作っているスタンプが送られてくる。


 と、それに付随する形で再びチャットが送られてきた。


『今って電話できたりする?』


「え」


 思わず声を漏らしてしまった。


 電話、か。

 その要求が来るとは思っていなかった。


 とはいえ、通話できない理由もない。


 俺はスマホを操作すると、明日香に電話をかけた。


「あ……も、もしもし」


 聞こえてくるのは動揺を孕んだ声色。


 ついこの前までは、「ん」とか「あいあい」とか「ほえ」とか、気の抜けたものばかりだったから、「もしもし」と来るのは新鮮だった。


「あ、えっと何か用?」

「あ、あのね、えっと、ヒロトに相談したいことあるの」

「相談?」

「うん」


 相談なら、デパートを巡回している時にでも出来た気がするが。

 面と向かってじゃ言いにくい内容だったのか? 


「相談っていうのは、その、恋愛相談なんだけど」

「お、おお」


 れ、恋愛相談か。まぁ、別れてからすでに一週間立ってるしな。

 とはいえ、それを元カレにするのはいかがなものなのだろう。


「あたしね、実は昨日、同じクラスの男子に告白されて」

「そう、なのか」


 まぁ、学校みたいな閉鎖空間なら、付き合った別れたなんて話はすぐに広まる。


 高瀬も言っていたが、明日香は男子人気が高いみたいだからな。

 告白する男がいても不思議ではない。


「ど、どうしたらいいと思う?」

「それを俺に聞くのか」


 元カレだからね、俺。

 相談相手として、適任とは思えないが。


「参考までに聞いてみたいの。あたしが、誰かと付き合うのどう思う?」

「別に、俺がとやかく言える立場にいないから、もう」

「……そう、よね」

「…………」


 きっと、明日香が聞きたいのはこういうことではないのだろう。


 体裁面ではなく気持ちの面。

 明日香が誰かと付き合う、か。やはり、あまり想像はしたくない。


 俺って、けっこう独占欲強いのかな……。


「ただ」

「う、うん!」

「まだ別れたばっかなのに、すぐ新しい彼氏とか作るのは節操がないなって思う」

「じゃあ、いつならいいの?」

「一ヶ月くらい経ったら?」

「一ヶ月!? ……じゃ、じゃあ一ヶ月でヒロトは次のカノジョを」

「え? なに? ごにょごにょ言ってて聞こえない」

「な、なんでもない!」


 語気を強めて明日香は言う。


 耳が痛くなるような声量だった。


「明日香はどうなの? どのくらいしたら、次の恋愛始めてもいいと思ってる?」


 せっかくなので、明日香の意見も聞いてみる。


 明日香は「うーん」と少し唸った後で。


「三十年、くらい?」

「そしたら俺、四六なんだけど。孤独死まっしぐらなんだけど……」

「初恋を引き摺れない男に、なにも守れないでしょ」

「まず守るものがないだろ、そんな男」

「元カノを守るのよ」

「犯罪予備君じゃないかな、それ。ストーカーになるやつじゃないかなあ」

「……ま、まぁ冗談だけどね」

「じゃなかったら、困るよ……」


 本気で言っていたらビックリである。


「……でも、あたしの気持ち的にはそう。ヒロトが誰かとデートしてたり、手繋いでたり、キスしてたりするとこ、見たくない」


 スマホから憂いを帯びた寂しそうな声が聞こえてきた。


 俺はわずかに目を見開くと、つぶやくように。


「俺だって、見たくないよ」

「え?」

「あ、いや、今のは忘れて」

「わ、忘れられないってば。ず、ずるいよ、そういうの」

「ずるいってそっちから言ってきたじゃんか」

「……そう、だけど。そんなこと言われたら、期待しちゃう」


 電話越しだから明日香の表情を見ることはできない。


 けれど、なんとなく俯いている姿は想像できた。


「期待って……」

「言わないと分かんない?」


 ドキリと、俺の心臓が跳ねる。


 明日香の気持ちは分かっている。

 なにを期待しているのかも、容易に想像がついた。


「ごめん、迂闊だった」

「うん……」


 例えばもしここで、俺が「じゃあヨリを戻そう」と切り出せば、再び恋人関係に戻れるだろう。


 しかし、それでいいのか? 

 俺はまだ気持ちの整理ができていない。


 知奈美さんが言っていたように、俺の気持ちはごっちゃになっている。 


「俺たち、結構面倒臭いことやってるな」

「うん。……ほんと」

「まぁ、恋愛って面倒臭いものか」

「うわぁ、あたししか知らないくせに知ったような口聞いてる……」

「な、なんだよ。悪いかよ」

「べっつにぃ」

「もう寝る、おやすみ」

「わっ、そ、それなし! 卑怯だって! てか、小学生でもこんな時間に寝ないから!」


 俺が拗ねたように言うと、明日香が慌てて止めてくる。


 仕方ない。

 もう少し通話に付き合ってあげるか。





「──でね、マミったらひどいんだよ。あたしがヒロトと別れたこと言ったら、熟年離婚とか言ってきてさ。その例えするなら、まだ新婚じゃんね。ヒロトもそう思うでしょ?」

「ねぇ、今って何時か知ってる?」

「え、あはっ、もう日付変わってるね」

「明日香はもう少し気を遣った方がいいと思う」

「さっきは気を遣うなって言ってたじゃん!」


 それとこれとは別問題な気がする。


 というか、俺と明日香の関係ってどう表現すれば良いのだろう。


 別れたばかりで、こんな夜遅くまで通話して、もう滅茶苦茶だな……。


 何はともあれ、そろそろ睡魔も限界だ。


「もう寝るから、おやすみ」

「あ、待って。最後に一個だけ」

「ん?」

「だ……大好き。えっと、それだけ。おやすみ、ヒロト」


 プツリと通話が途切れる。



「…………」



 俺はしばらく呆然とスマホの液晶を眺める。


 睡魔はすっかりとどこかに消え、胸の内には強烈な違和感が発生していた。


 ベッドにダイブする俺。


 ……大丈夫、だよな? 気を遣わない関係に戻っただけ。そう……うん。


 俺は枕に顔を埋めながら、胸の中のモヤモヤを膨らませていった。


────────────────────


明日は二話更新します。

12時過ぎと20時過ぎに更新予定です。

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