気を遣わない関係?
現在、場所を移動してファミレス。
窓際のテーブル席に案内された俺たちは、神妙な空気に包まれていた。
席配置は、俺と明日香が隣に座り、礼奈が俺の正面にいる。
「……兄さんと明日香さんが別れた理由は分かりました。そういうことだったんですね。私、なにも知らなくて……余計なことしてごめんなさい」
礼奈は深めに頭を下げて謝罪してくる。
俺と明日香は居た堪れない気持ちに苛まれていた。勝手に隠していただけだ。礼奈は悪くない。
「いや、謝らなくていい」
「そうだよ。謝らないで」
「で、でも、私、すごい自分勝手で、ワガママで、迷惑かけて……」
今にも泣き出しそうになりながら、礼奈はポツポツと漏らす。
そんな礼奈の様子を見て、明日香は普段よりもワントーン明るい口調で切り出した。
「だ、大丈夫だって! てか、自分で気づいてちゃんと反省できて偉いと思うな。あたしなんて、ヒロトに振られるまで全く気がつかなかったし!」
俺は肘で明日香の左腕をちょんちょんと突くと、彼女にだけ聞こえる声量で。
「おい。今、自虐してどうするんだよ」
「じゃ、じゃあどうすればいいのよ。あたし、この状況での慰め方とか分かんない」
「そ、それは……ほら、あれだよあれ」
「ヒロトも分かってないんじゃんっ」
「そもそも、明日香が変な誤解してなきゃこんなことには」
「そこ掘り返すの? てか、あたしまだ疑ってるから」
「まだ疑ってんの……。大体、俺が知奈美さんをオトせるわけないだろ。あの人、すごい美人だし」
「顔だけならあたしとそんなに変わんないでしょ。てかなにそれ、あたしのことも暗に美人だって言ってるってこと?」
「そ、そうは言ってないだろ」
「じゃあ、どう思ってるの?」
「その質問はズルくないですか……」
俺たちが小声で言い合っていると、「ふふっ」と優しい笑い声が割って入ってきた。
礼奈へと視線を向ける。
「あ、ご、ごめんなさい。私のせいなのに」
「ううん。なんか面白いことでもあった?」
「いえ、いつもの兄さんと明日香さんが見れて、嬉しくなっちゃって」
「いつもの……」
そういえば、ここ最近のぎこちない空気は取り払われていた。
気負うことなく会話することができている。
強い視線を感じて首を右に回す。
明日香は猫のような佇まいで、ジッと俺を見上げていた。
「な、なんだよ」
「べ、べつに」
プイッとそっぽを向く明日香。
それに倣うように、俺も首を元の位置に戻した。
「あ、あの、えっと、じゃあ、この後、どうしますか……?」
「え、あー……」
礼奈は所在なさげにつぶやく。
現況的に、礼奈の思い描いていたプランとは大きくかけ離れていることだろう。
このまま帰るか?
いや、でも……うーん。
思案を巡らせていると、明日香がポツリと口火を切った。
「ヒロトはあたしと一緒でもいいの? ……やっぱり、お姉ちゃんの方が」
「まだ言うのか、それ」
「言いたくて言ってるわけじゃない」
「じゃあ言わなきゃいいんじゃないかな」
「だったら、冗談でもあんなことしないでよ」
「……っ。ごめ──って、別に咎められる謂れはないと思うんだけど」
「あるっ! ヒロト、しばらくはカノジョ作る気ないって言ってた! あれが嘘ってことになるじゃん……!」
「そういや、そんなこと言ってたっけ……」
実際、今もその気持ちは変わっていない。
知奈美さんからは新しくカノジョを作ってみることを提案されたけれど。
そこの行動力は今のところ湧いてきてはいない。
「で、どうなの? あたしとお姉ちゃん、どっち選ぶの?」
「なんか質問おかしくない?」
「おかしくない。いいから答えて!」
「いや、この後どうするのかって話だったよな?」
質問内容がおかしな方向に進んでいる。
回答次第で意味を持ってしまいそうだが。
「…………。あたし、すごくすごく面倒臭いから。すぐ嫉妬しちゃうし……ヒロトなら知ってるでしょ? でも、ヒロトが言ったんだからね。妙な気を遣うなって」
少し躊躇いがちに、けれど確固たる意志を宿して告げてくる。
そう、だな。
気を遣うなって言ったのは俺だ。
俺は一呼吸置くと明日香の質問に答えることにした。
「役目を途中で放棄するのは性に合わないから、今日は荷物持ちとして付き合うよ」
俺の回答に、礼奈はパァッと目を輝かせ活気をもどす。
明日香はムッと頬に空気を溜めると、俺の腹を肘で小突いてきた。
「あたしの質問の答えになってない」
……なってるだろ。
「俺、結構ひねくれてるんだよ。明日香なら知ってるだろ?」
「なにそれ、意味わかんない」
明日香はフッと口角を緩めると、笑みをこぼした。笑う場面ではない気がするけど……。
ともあれ、久しぶりに明日香の笑った顔を見たような気がした。
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