私が彼を脅した日ー後編ー
「もし、今後もあたし以外の女子と仲良くするなら別れるから」
そう、口に出した瞬間、あたしは強い焦燥感に襲われていた。
勢いに任せてとんでもないことを言っちゃった。
ヒロトのことが大好きなのに、別れたくなんてないのに。
あたしはすぐさま、頭に昇った血を下げると。
「ち、ちが……今のは!」
「わかった」
「え?」
「他の子と仲良くしたりするのはやめる。俺、明日香の気持ち全然考えてなかった。本当にごめん」
ヒロトの誠意がこもった謝罪。
後に引ける状態ではなかった。
今の脅しは良くなかったと思う。
けど、ヒロトが他の子と仲良くしないって言ってくれてる。
あたしの中を渦巻いていた負の感情が、少しずつ払拭されていく。
「ふん、次はないからね」
「……っ。わ、わかった」
それに、ヒロトがあたしのことを好きでいてくれていることを実感できた。
こんなの絶対良くないけど、嬉しかった。
ふふっ。そっか。
ヒロトはあたしと別れたくないんだ……。
今にしても思えば、この時、あたしは大きく間違えてしまったんだと思う。
その後も、あたしは度々、彼に対してこの最低の脅しを使ってしまった。
「こんなテストの点じゃ、同じ高校受かんない!」
「そ、そう言われてもな。俺、明日香ほど頭良くないし」
「勉強ならいくらでもあたしが教えてあげる。てか、勉強サボってるからテストの点が悪くなるのよ。今度また学年二十位以内に入れなかったら、別れるから」
「……っ。わかった。頑張るよ、俺」
テストの点が悪いと、『別れる』って脅しちゃった。
「ねぇ、今日って付き合ってから八ヶ月の記念日じゃん。どうして忘れてんの!」
「記念日って、そこまで毎月やらないとダメ、かな?」
「ダメ! 次また忘れたら別れるから」
「……わかった。忘れないようにする」
記念日を忘れたら、『別れる』って脅しちゃった。
「なんで、ヒロトはいつも本気出さないの?」
「どういうこと?」
「いつも手を抜いてるでしょ。体育祭なんだし、一着取ってカッコいいとこ見せてよ」
「手を抜いてるつもりはないんだけど」
「嘘。あたし、ヒロトのことはよく見てるもん。隠したって無駄」
「……あんま目立つのもアレだしさ。それにほら、俺が走る時は主将も走るし、俺が一着を取る展開は誰も求められてないんじゃないかな」
「あたしが求めてるからいいの。一位取らないと別れるからね」
「そ、それは滅茶苦茶じゃないか?」
「じゃ、本気で走って」
「……わかった」
体育祭の50m走で一着を取らないと、『別れる』って脅しちゃった。
「……へぇ、ライブって結構出会いあるんだ……」
「どうかした?」
「ううん、ちょっと調べ物。てか、明日デートしよ?」
「あれ、言ってなかったっけ? 明日は外せない用事があってさ」
「デート、だから。約束ね」
「だから、明日はどうしても外せない用事があってさ……」
「あたしよりも大事な用なわけ?」
「そ、そうは言ってないだろ。ただ、ずっと行きたかったライブなんだよ。デートはいつでも出来るけど、ライブは明日しかないし……」
「あ、そ。じゃあ選んでよ。あたしとデートするか、あたしと別れてライブに行くか」
「ま、待てよ。何でそんな極端な話になるんだっ」
「朝十時に渋谷駅集合ね。遅刻しても別れるから」
ライブを優先したら、『別れる』って脅しちゃった。
それ以外にも、何度も身勝手に『別れる』ってヒロトを脅してしまった。
悪いことをしている自覚がなくなって、癖になっていた。
ヒロトに言うことを聞いてもらうための、魔法の言葉に昇華していた。
まさか、本当に別れることになるなんて、思ってなかった。
「──にゃるほど。これは、ヒロくんに同情しかできないかな」
「いや、あーしはヒロトくんの方に問題あると思いますけど。彼氏の自覚が足りてなかったから、明日香がこうなったわけで」
あたしが話を終えると、お姉ちゃんとマミが言い合っていた。
改めて思い返してみると、あたしって本当に最低……。
ヒロトが愛想を尽かすのも当たり前だ。
「いや、明日香の独占欲が問題じゃないかな。ヒロくん、浮気するようなタイプじゃないのに、束縛して息苦しくしちゃってるし」
「そーですか? 明日香が釘を刺さなかったら、案外、ころっと浮気しそうですけどね」
「ヒロくんはそんな子じゃないと思うな」
「随分と、ヒロトくんのことを買ってるんですね」
このまま口喧嘩に発展しそうな気がしたあたしは、慌てて二人の間に入る。
「あ、えっと、大丈夫だから、マミ。あたしのこと擁護してくれるの嬉しいけど、この件で、ヒロトを責めるのは違うって」
「でもさ、カノジョいるのに別の子と仲良くしてるヒロトくんにも問題あるくない? 普通に」
マミはムッと唇を前に尖らせる。
お姉ちゃんは微笑を湛えると。
「マミちゃんの言い分は分かるけど、それはちょっと横暴じゃないかな」
「横暴?」
「うん。浮気の基準が人によって差があるのと同じ。自分の価値観を押し付けてるのは横暴だと思うな。単に、ヒロくんと明日香は価値観が合ってなかっただけ。そう言う意味じゃ別れて良かったのかなって」
「別れて、良かった……」
マミはポツリとお姉ちゃんの言葉を反芻する。
一度、思案顔を浮かべると、マミはお姉ちゃんに向かい合った。
「あの──もしかして、知奈美さんってヒロトくんのことが好きなんですか?」
そうしてど直球に、この場の空気に削ぐわない質問を、ぶつけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます