私が彼を脅した日ー前編ー

 中学二年生。秋。

 ヒロトと交際を始めて二ヶ月が経った頃だった。


 付き合い始めて以降、日を重ねるごとに、あたしはヒロトのことが好きになっていた。


 今の気持ちを簡単に表現するなら、そうね。結婚してもいいと思ってる。

 そのくらい、ヒロトに対する好意は募っていた。


「ねぇ、ヒロト」

「ん? なに?」

「えへへ、なんでもない」

「なんだよそれ」


 ヒロトの肩をちょんちょんと小突く。


 彼があたしに構ってくれるだけで嬉しい。

 恋愛すると馬鹿になるって聞いたことあるけど、アレは本当みたい。ここ最近、ヒロトのことしか考えられないもん。


「あ、そうだ。今度の土曜日ってどこ行く?」


 あたしはテンション高めに、ヒロトに問いかける。


 今週の土曜日はデートをする予定だ。

 詳しい予定はまだ決まっていない。


 そのままお泊まりコース……はないと思うけど。


 まだ中学生だし、警察に見つかると面倒だしね? 

 でも、親に嘘を吐いて、そう言うことも一回くらいはしてみたいな──なんて。


 あれ? 

 あたしって頭の中、だいぶピンク色に染まってない? 


 そもそも日曜日に関しては、あたしもヒロトも別の予定があるし。


「あ、それなんだけどさ、土曜日のデートはなしでも大丈夫?」

「え、なんで?」

「転校した友達がコッチに戻ってくるって連絡あってさ、久しぶりに会いたいなって」

「そう、なんだ。うん、わかった」


 あたしは少し声のトーンを下げるも、彼に負担を掛けないように表情には出さない。


 事情が事情だし、今回ばっかりはしょうがない。


 転校した友達ってのがあたしには居ないから、今ひとつ想像がつかないけど。

 久しぶりに会いたいって気持ちは、容易に想像がついた。


 それに、デートはいつだって出来るしね。


 今回ばかりは、その転校した友達に譲ってあげよう。



 土曜日になった。

 ここ二ヶ月は、土日のうちどちらかは最低でも会っていたから、ヒロトと会えないこの二日間は中々に辛い。


 それにしても、


「──暇」


 ベッドに仰向けになって、ボーッと白い天井を見上げる。


 ……いけない、いけない。

 ちょっと怠けすぎてる。


 せっかくだし、外でもブラブラしようかな。

 歩くだけでも運動になるし、スタイル維持には気をつけないと。


 思い立ったら吉日精神で、あたしはベッドから起き上がると、早速出かける準備を開始した。




 外に出たまでは良かったものの、中々行く場所が思いつかない。


 洋服に関しては、明日、友達と買いに行く予定だし。

 ヒロトと一緒なら行きたい場所はいっぱいあるんだけど、自分一人だと中々どうして気力が湧いてこない。


「あ、そうだ」


 高校受験用の参考書を買おう! 


 まだ、ちょっと早いかもだけど、ヒロトとは一緒の高校に通いたいもん。


 そのために、ヒロトにはもっと学力アップしてもらわないと! 


 ふふっ。

 あたしは自然と口角を緩めながら、デパートの書店へと向かうことにした。



 エスカレーターで書店のある階まで昇っていく。


 しかし、書店のある四階に到着したところで、あたしはパタリと足を止めてしまった。


 だって、そこには大好きな人が居たから。


「──ヒロト?」


 ヒロトが書店にいた。


 凄い偶然。

 あたしとヒロトってなんかあるのかな。神様が引き合わせるようにした的な──。


 そんな浮ついた思考をしつつも、あたしの頭上には疑問符が立っていた。


 転校した友達と一緒じゃないのかな? 


 どうしよ。

 話しかける? 


 でも、トイレとかで一時的に別行動しているパターンだとしたら、迷惑よね。


 と、そうこうしているウチに、ヒロトの元に近づく人がいた。


 彼女、、は明るい笑みを浮かべながら、ヒロトの肩をポンと叩く。


「なに、あれ」


 あたしの中で良くない感情が沸き立つ。


 彼女が転校した友達? 

 転校した友達って、女子なの? 


 てっきり、男だと決めつけていた。


 この距離からだと話している内容は聞き取れない。

 でも、二人とも楽しそう……。


 しばらくすると、彼女はヒロトの腕を掴んで、恋人さながらの距離感でスキンシップを始めた。


 ヒロトは慌てふためいて後ずさっていたけど、それでも明らかに距離は近かった。


「…………」


 ドス黒い感情が、あたしの中を駆け巡る。


 ヒロトって、異性の友達が多い。

 あたしだって女だし、気持ちは分かる。ヒロトには他の男子みたく下心を感じないのだ。


 でも……でもでも。


 あたしは納得ができなかった。


 ヒロトにはもう、あたしというカノジョがいる。

 他の異性とは、距離を置いてほしい。スキンシップなんてもっての外。


 女子の方から接触してきているとか、関係ない。

 パーソナルスペースが狭い女子なら、尚更、距離を置くのが筋じゃないの? 


 あたしはヒロトのことを信じたい。

 浮気をするような人だとは思ってない。


 けど、あんなの見たら心配になる。


 ヒロトがその気じゃなくても、あっちから迫ってきたら? 


 やだ。……やだやだやだやだ! 


 考えたくもない思考が次から次へと降ってくる。


 あたしはもう耐えられなくなって、逃げ出すようにデパートを後にした。




 その日の夜。

 あたしは、ヒロトに電話をかけた。


「明日香? 急にどうかし──」

「──ねぇ、今日は誰と遊んでたの?」


 単刀直入に、あたしは切り込んだ。


「え、前にも言ったと思うけど、転校した友達とだよ? それがどうかした?」


 戸惑い気味のヒロト。

 スマホ越しでも、十分に伝わってきた。


「その友達って、男だよね?」


 一瞬の沈黙。

 この問いかけは、予想してなかったのだろう。


「いや、女子だけど」

「女子、なんだ。なんで先に教えてくれなかったの?」


 隠し事をしてこなかった事に、少し安堵するあたし。


 けれど、女子と遊ぶなら一言ほしかった。

 もっと言えば、異性と気軽に遊んで欲しくない。遊ぶ場合は、あたしも連れてってくれないと、不安になる。


「ごめん。言う必要はないかなって、聞かれなかったし」

「は? あるに決まってるでしょ!」

「そ、そう、なんだ。ごめん。次からはちゃんと言うね?」

「次から……。次もまた、あるんだ。ああいうこと」


 悪い感情が次から次へと湧いてくる。


 スマホを持つ手に力が入る。

 瞳の奥が、だんだんと黒く淀んでいく。


「あ、明日香?」

「あたし以外の女子と仲良くしないで」


 気がつけば、あたしの本心が、自分勝手でワガママな本心が、むき出しになっていた。


「え、えっと、なんか勘違いしてない? 俺、浮気とかそんなつもりは──」

「仲良くしないでって言ってるんだけど」

「え、ど、どうしたの?」

「ヒロトが他の子に触られてるとか、マジ無理だから。ヒロトは、あたしと付き合ってるの。そこの自覚、ちゃんとしてよ!」

「触られ……あ、もしかしてどっかで俺のこと見た? アイツって昔から距離感バグっててさ。でも、誰に対してもああだから心配しなくても」

「そういう問題じゃない!」


 怒号にも近い叫び。


 スマホ越しでも、ヒロトが怯んでいるのが分かった。


 そして気がつけば、その勢いに任せて、あたしは。


「もし、今後もあたし以外の女子と仲良くするなら別れるから、、、、、


 そう、彼のことを脅していた。

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