錯綜
「もしかして、知奈美さんってヒロトくんのことが好きなんですか?」
マミからの直球の質問に、お姉ちゃんの表情がわずかに崩れる。
あたしも、そんな問いがマミの口から出てくるとは思わず、戸惑ってしまう。
「どうして、そんな話になるのかな?」
「だって、知奈美さんらしくないじゃないですか。あーしの知ってる知奈美さんって、シスコンで明日香想いなイメージあったんで」
「肯定できるところは肯定してあげるけど、この件に関してはヒロくんの味方になるのが普通じゃないかな。マミちゃんこそ、明日香に肩入れしすぎだよ?」
「話を逸らさないでほしいです。知奈美さんがヒロトくんのこと好きなら、納得いくって言うか」
お姉ちゃんとマミの話を聞きながら、あたしは少し考えていた。
お姉ちゃんがヒロトのことをどう思っているのか。
少なくとも、嫌ってはいないと思う。
しょっちゅう揶揄っていたし、弟みたいに扱ってた。
でも、異性としてはどうなんだろう──。
お姉ちゃんはふわりと微笑むと、困ったように首筋を掻いた。
「マミちゃんこそ、一回冷静になった方がいいかな。この際だから、ハッキリと言うね。ヒロくんと明日香が別れたのは、全部、明日香のせいだよ。さっきの話を聞いたら分かるでしょ? ヒロくんと明日香は明確なまでの上下関係があった。ううん、明日香がそういう関係を作っちゃったの。そんな状態になったら、ヒロくんが逆らえるわけないよね。王様に逆らう兵士はいないのと同じ。だから、ヒロくんは爆発するまで溜め込むしかなかった。ヒロくんと明日香の関係は、全部、ヒロくんの我慢の上に成り立ってたの。みんな、そこをイマイチ理解できてない。ヒロくんにとって明日香は枷でしかないんだよ。……もう、ヒロくんを苦しめるのやめよ? ね? だから、略奪なんてやっちゃダメだよ」
お姉ちゃんの言葉に、あたしは強く胸を締め付けられる。
身内から明言される事で、一層、あたしがいかに最低だったのかを自覚した。
ヒロトと元通りになんてなれるわけがない。こんな性悪女。
「……そうですね。ちょっと明日香に肩入れしすぎてました」
お姉ちゃんの言葉に、マミも納得の意志を見せる。
お姉ちゃんはホッと安堵の息を吐くと。
「うん。じゃ、またね。わたし、このあと用事あるから」
パタパタと宙に手を泳がすお姉ちゃん。
けれど、マミはそのままお姉ちゃんを戻らせなかった。
「や、ちょっといーですか?」
「ん?」
「やっぱ確認しときたいんですけど、知奈美さんってヒロトくんが好きですよね?」
「……どうして、そんな話になるのかな」
「だって、普通に疑問ってゆーか。そんなにヒロトくんの気持ちが分かるのに、ヒロトくんが溜め込んで爆発するまで黙って見過ごしてたわけじゃないですか」
「わたしも話を聞くまで知らなかったからね。『別れるから』なんて酷い脅しを使ってると思わなかった」
「なら、いーんすけど」
「何が言いたいのかな?」
「要するに、自分がヒロトくんをモノにしたいから、ずっと機を狙ってたんじゃないかって事です。早く明日香にヒロトくんを諦めさせたいんですよね。じゃないと、自分がヒロトくんにアタックできないから」
「…………」
押し黙るお姉ちゃん。
僅かにだけど、動揺している気がした。
こんなお姉ちゃんは、初めて見たかもしれない。
「そ、そうなの? お姉ちゃん」
「違うよ。妹の彼氏を好きになるわけないでしょ?」
「でも、ヒロトとキスの寸前までやってたし」
「あれはヒロくんを揶揄ってただけ。ちょっとやり過ぎたって反省してるよ」
お姉ちゃんは柔和な笑みを浮かべると、今度こそ踵を返して。
「あ、もう行くね。ばいばい」
あたしの部屋を後にしていった。
再び、あたしとマミの二人きりになる。
マミはなんだか納得の言ってない様子で、頬に空気を溜めていた。
「知奈美さん、なんかおかしーよ」
「そう、かな。でもさ、お姉ちゃんが言ってた事が正しいと思う」
あたしは本当に酷いカノジョだった。
それなのに、ヒロトとまた元通りになろうなんて烏滸がましいにも程がある。
いい加減、未練を断ち切らないと──。
「色々あんがとね。でも、もうヒロトのことばっか考えるのやめる」
あたしは覚悟を決めると、ハッキリと宣言した。
マミは、ポリポリとこめかみのあたりを掻きながら。
「明日香がそれでいーなら、いーけど」
「うん。……あー、なんか、そうと決めたらちょっと気持ち楽になったかも」
あたしは天井目掛けて両手を伸ばす。
今すぐ、ヒロトへの未練を断ち切るのは無理だと思う。けど、少しずつ前を向いてかないと。
それがあたしに唯一残された道だ。
「じゃ、カラオケでも行く?」
「ん、いこいこ」
マミの提案に乗って、あたしたちはカラオケに行くことにした。
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【杉並浩人】
夕陽が差し込み、空はオレンジ色に空は染まっていた。
「えっと、もう一回言ってもらっていいかな」
「俺、やっぱり明日香のことが好きみたいです」
白髭を蓄えたマスターが切り盛りしている喫茶店にて。
俺は知奈美さんに、自分の気持ちを吐露していた。
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