別れよう

「今度は、本当に別れよう」

「本当に、ってなに? 訳、わかんない……。分かんない!」


 あたしは気持ちが高まって大声を上げてしまう。

 近くにいた人がギョッとした顔をしていた。けれど、どうだっていい。他の人にはどう思われたって関係ない。


「出来れば、お互い納得した形で別れたいと思ってる。別れたんだし、新しく恋人つくろうが何しようが自由だし、それに対して干渉はしない。キチンと節度を持ちたい」

「や、やだ。そんなのヤだ! 誰かに変なこと吹き込まれたの? 急におかしなこと言わないでよ!」


 あたしは語気を強めて、涙目になりながらヒロトを見つめる。

 ヒロトはあたしから目を逸らすことなく、ハッキリとした口調で。


「すぐ納得してもらえるなんて思ってない。だから話し合いたい」

「こんなの話し合いになんない……っ」


 投げやりに、乱暴に、あたしは吐き捨てる。


 ヒロトはそっと視線を落とすと、少し遠慮がちに。


「俺、溜め込んでたもの爆発して、それで勢いに任せて明日香と別れた」

「……なら、別にやり直したって──」

「でも、生半可な気持ちじゃなかったよ。復縁前提で別れを切り出したつもりない」

「…………」


 あたしは押し黙ってしまう。


 心のどこかで、あたしはまだ甘えていたのかもしれない。ううん、間違いなく甘えていた。


 ヒロトなら、許してくれるって思ってた。


 なんだかんだ復縁できると思ってて、このまま流れでまた恋人に戻れる──そんな気がしてた。


 あたしだけが、ヒロトと別れていることを自覚してなかった。


 喧嘩の延長線上で、今は仲直りの途中。

 そんな胃もたれするくらい甘い思考をしちゃってた……。


 そう、よね。


 あたしは長きに渡ってヒロトを苦しめてた。

 こんな数日で解決するはずが無い。




 ──だってヒロトは、あたしの悪いとこを治してほしくて、別れを切り出したんじゃなくて。



 ──あたしのことが好きじゃなくなったから、別れを切り出したんだ。




 なのに、あたしはそれを都合よく忘れてた。


「今すぐ結論を出す必要ないから。ここ最近、俺は色々と意見もらったり冷静に考える時間もあったからさ。だから、明日香にもちょっと考え直してみてほしくて」

「……いいよ」

「え?」

「ヒロトがそうしたいなら、それでいいよ。あたしだけ、ヒロトのこと好きでもしょうがないし」

「え、いや、そんな話はしてないよね?」

「じゃあ、あたしのこと好き?」

「それは……」


 ヒロトは言い淀む。


 あたしは二年に渡って、少しずつヒロトの気持ちを遠ざけてしまったみたい。


 あたしなら即答できる質問を、ヒロトは戸惑っていた。

 彼から、告白してくれたのに。好きだって、言ってくれたのに。


 あたしは彼の気持ちを、無下にしちゃったんだ……。


 簡単に取り戻せるものじゃない。

 今のこの関係は、ヒロトを苦しめてるだけ……。


「たまには、話してもいいよね? 別れたからって、縁切るわけじゃないんだよね?」

「それはそう。最初はそのつもりだったけど、今は縁切りたいなんて思ってない」


 あたしはお弁当の箱を閉じると、席を立った。


「わかった。じゃ、本当に別れよ」

「え、でも、いいの?」

「ヒロトが言ったんでしょ。それに、このままの関係よくないって、あたしも思ったもん」


 きっと、ヒロトは復縁を見越した関係を築くつもりはなかったはず。


 なのにあたしは、ヒロトと復縁することばかり考えてた。


 このすれ違いは、これから絶対にノイズになる。

 本当に別れるってのはよく分からない。多分だけど、ヒロトもよく分かってないと思う。


 だって同じ恋愛経験値しか積んでないし。


 けれど、別れたことを認めて、いつまでも未練を持たないで、お互いに別の道に進んでいくことをヒロトは言いたいんだと思う。


「いっぱい、ワガママ言ってごめんね。……ありがと」


 やばっ。なんか涙出てきた。

 あたしは手の甲で目の下を拭うと、足早にこの場を後にした。




 ★



「はぁえぇぁあぁぁぁ……」


 放課後。

 あたしは気の抜けた声を上げながら、机の上に顔を突っ伏していた。


 漫画的に表現するなら、あたしの口から魂がぽわぽわと宙に浮いてるような状態。


 何も知らない人が今のあたしを見たら、ゾッとするレベルだろう。お化け屋敷のアルバイトなら、あたしほどの適任者はいない。


「おーい。おいおい。生き返れー」


 抜け殻みたいになっていると、呆れたような声色で肩を揺らしてくる子がいた。


 のっそりと顔を上げると、そこにはあたしの友達──マミがいた。

 ブロンドのポニーテールに、化粧で白くした肌。ギャル寄りのルックスをした彼女は、あたしの一つ前の席に腰を下ろす。


「……生き返りたくない」

「重症だなこれ。そんなに凹むくらいなら、ヒロトくんの言うこと聞かなきゃよかったくない? ヒロトと一緒じゃなきゃ嫌! あたしとヨリ戻して! なんでもするから! って具合にさ」


 マミは、まるで似ていないあたしのモノマネを披露する。


 普段なら「あたしそんなんじゃない!」って文句を言うところだけれど、今はその気力すら湧かなかった。


「だって、ヒロト、あたしのこともう好きじゃないし。あたし、ヒロトのこと困らせてるだけだもん」

「うわ面倒くせぇ」

「ひどくない?」

「だってマジ面倒くさいこと言ってんだもん。あ、でもさ、これでヒロトくんは完全にフリーになったってことだよね?」


 マミはグッと前のめりになって、顔を近づけてくる。


「そ、そうだけど……」

「じゃ、あーし狙っちゃおっかな」

「は? ね、狙うって何を……?」

「なにボケてんの。この流れで、ヒロトくん以外いなくない?」

「で、でも、なんでヒロトを」

「だって、ヒロトくんって普通に良くない? 塩顔だし、スラッとしてけっこう身長高いしさ。あと、彼氏としての心得を弁えってるっていうか? 車道側を歩くとかを基礎スペックとして備えてる感じ。勉強できるし、運動神経も良いしさ、あとめっちゃ紳士だし、正直ヤリたい!」

「ぶはっ。ごほっ、ごほ! なに言って……ば、馬鹿じゃないの⁉︎」


 あたしは思わず咳き込んでしまう。


 自然と顔に熱が溜まって、真っ赤な顔で激昂してしまった。


「動揺しすぎだし。バカほど未練たらたらじゃん」

「違う! 友達が元カレのこと狙ってたら、誰でも動揺するっての! し、しかもヤリたいとか……」

「冗談じゃん冗談。それすら見抜けないって結構やばくない?」

「アンタの発言の方がやばいから」


 冗談にしたって言っていいことと悪いことがある。

 まぁ、友達だから許してあげるけど。


 あたしは頬杖をついてそっぽを向くと、ぶっきら棒に。


「……てか、ヒロトって見かけに寄らずなとこあるし。油断してると痛い目見るっていうか」

「なにそれ詳しく!」

「な、なにがっついてるのよ」

「明日香がそういう話することないじゃん。てか、正直キスどまりかと思ってたし! 詳しくおせーてっ」

「い、言うわけないでしょ。ばか」

「ぶーぶー」


 マミはムッと唇を前に尖らせると、親指を逆さまにして文句を垂れてくる。二年以上付き合ってて、何もない方がおかしいでしょ……。


「まぁ、あんまヒロトくんに未練たらたらでもしゃーないじゃん? 切り替えてこ!」

「そんな簡単に切り替えらんない」

「うわぁ、ホントにめんどくさいな。てか、ヒロトくんも変に色々考えすぎて意地になってるだけだって。どーせ一ヶ月もしたら気も変わるから」


 能天気なことを言うマミ。


 あたしはフルフルと首を横に振った。


「……変わんないよ、ヒロトは」


 ヒロトは一度決めたことには真っ直ぐだ。


 真剣な目をしているときは、それ相応に気持ちを固めている。

 一ヶ月やそこらで気持ちが変わったりはしない。


 マミはバッグを肩にかけると、やれやれと嘆息する。


「変わらないかは分かんないじゃん。ヒロトくんにまた明日香と付き合いたいって思わせればいーでしょ?」

「そんな方法ないし。そもそも、ヒロトはそんなこと求めてない……」

「求めてないって、明日香が決めつけちゃうの?」

「え?」

「ヒロトくんの気持ちはヒロトくんにしか分かんないしさ、明日香は明日香のしたいことしなよ。明日香はヒロトくんと元に戻りたい──でよくない? 恋愛なんて計算高い人に軍配上がるんだし。別れたことに納得したフリしといて、隙をついてヒロトくんのハートを再び鷲掴み! そのくらいの心持ちでいた方がよくない?」

「……そんなの、ダメ。もう、終わったの。……うん、そう。終わりにすることが、本当に別れることだと思うし」

「あ、そ。じゃ、そのままいじけてれば? じゃーね」

「ちょ、慰めてくれないの⁉︎」


 マミはとてとてと軽い足取りで教室を後にしちゃう。


 あたしが慌てて席を立つも、マミはうげぇと苦虫を噛み潰したような顔をして。


「めんどー。ヒロトくんのこと諦めるなら、さっさと気持ち切り替えなよ。ウジウジしてもしゃーないしさ」


 そのまま教室を出ていくマミ。


「別に、好きでウジウジしてない……」


 あたしはストンと椅子に座り直すと、誰もいない教室でひとりごちるのだった。



 ──────────────────


 登場キャラ多くてすみません。


 本作は、ヒロトと明日香だけ覚えておいていただければストーリーは追えると思うので、他のキャラは無理に覚えなくても大丈夫です。

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