略奪?
【能美明日香】
「てぇへんだてぇへんだぁ!」
「な、なによ、朝から騒がしいんだけど」
朝のHRが始まる前。
教室に入ると、一目散にあたしの元にやってくる子がいた。
ブロンドのポニーテールを尻尾みたいにゆらしながら、江戸っ子さながら口調。こんな子知らないと言いたいところだけど、あたしの友達だった。
呆れ眼にマミを捉えながら、自席に腰を下ろす。
「ビッグニュース仕入れちゃった」
「ビッグニュース?」
彼女もあたしに倣って一個前の席に腰を据えると、声をひそめて。
「ヒロトくんに、カノジョできたみたいなんだよ」
「……っ。……へぇ、そう、なんだ」
「え、驚かないの?」
「べ、別に、あたしもうカノジョじゃないし。そんなことで一々驚いたりしない」
内心、めちゃくちゃ驚いてるけど。
頬杖をつきながら、ガタガタと机が揺れるくらい貧乏ゆすりしちゃってるけど、平静は繕えているはずよ。
「身体が正直すぎてウケるんだけど」
「……こ、これは持病の発作的なアレだし。関係ないから。……で、その……それで?」
「なにが?」
「ひ、ヒロトのことっ。新しいカノジョって誰?」
マミは憎たらしいまでに頬を緩めると、ぐっと前のめりになって。
「あっれぇ明日香さん。元カレのことにすっごい興味津々じゃないですかぁ?」
「……っ。アンタから話題に出したんでしょ。責任持って、知ってることは洗いざらい漏れなく話すのが筋だってこと!」
「うわあ、ホント素直じゃないな」
「いいから早く!」
「あぁうん。えっとね、」
マミはあたしの斜め後ろに視線を向ける。
彼女の視線の矛先を確認すると、とある人物と目が合った。
佐倉さん。
あんまり接点はないけど、誰に対しても明るい天真爛漫な子だ。
彼女は、ビクッと肩を跳ねると身体を縮こまらせて、両手に持っていた本に視線を落としていた。
「ヒロトの新しいカノジョって、佐倉さん……?」
「そうみたい。つっても確証はないんだけどね、デートしてたって目撃情報が入ったんだよ」
傍から見てデートと断定されているなら、相応の距離感でどこかに出かけていたんだろうな……。
あたしは、キュッと胸が締め付けられる。
佐倉さんかぁ。
あたしとは全然違うタイプだ。
気遣いができて、誰に対しても優しくて、常に笑顔で、明るくて、困っている人を見過ごせない。
それに比べてあたしは、気が強くて、ワガママで、ヒロトのこと困らせてばっかで、全然素直になれないし、自分に甘くて人に厳しい──。
あれ?
客観的に見て、あたしってどこに魅力があるの?
好きになる要素無さすぎない?
あたしが男なら、絶対にカノジョにしたくないんだけど……。
なのにヒロトって、こんなあたしに告白してきて、ホント変なの……。まぁ、もう別れてるけど。うっ、やば。また泣いちゃいそう。
「明日香がウジウジしてるからだよ。ヒロトくん、取られちゃったじゃん」
「取られたも何も……あたしとヒロトは別れたんだし、もう終わった関係なの」
「じゃ、ヒロトくんが佐倉さんと手を繋いだりキスしたりエッチしたりしてもいーんだ?」
「……やだ」
あたしは蚊の鳴くような小さい声で呟く。
元カノの分際でこんな思考、良くないのは分かってる。
でも、友達の前で嘘を吐いてもしょうがない。
「じゃあもう、略奪しかなくない?」
「りゃ、略奪って……!」
「ばっ、声でかいって! 静かに!」
「ご、ごめん」
あたしが声を荒げると、マミはすかさず諫めてきた。
両手で口を塞いで、コクコクと首を縦にふる。
マミはグッと顔を近づけると、あたしにだけ聞こえる声量で。
「ヒロトくんって手を出すの早い方?」
「ごほっ、こほ! な、なに言ってんの⁉︎」
「いや重要じゃん。それ次第でタイムリミットが決まるっていうか。あんま関係値上げられちゃうと、手の打ち用がないし」
「うっ……まぁ、確かに」
「で、どうなの?」
「って、言われても基準が分かんない」
ヒロトとしか付き合ったことがないのだ。
学生カップルが一般的にどのくらいのペースで、階段を登っていくのかをあたしは知らない。
「じゃ、初キスは付き合ってどのくらいでしたの?」
「付き合う前、だけど……」
「え、まじ? ヒロトくんって、そういう感じなんだ……」
「あ、違うからね! あれは事故っていうか、予期せぬ形でしちゃっただけで。……あの時はほんとビックリした……」
「ラブコメかよ」
「なにそのツッコミ……」
マミがいつになく低い声で、呆然と突っ込んでくる。
「まぁいいや。エッチはいつしたの?」
「……っ。そ、そういうの普通聞く?」
「大事な情報じゃん。付き合ってからどのくらい?」
「…………二ヶ月くらい」
「二ヶ月か。思ったよか早いね」
早いんだ……。
ちょうど家に誰もいない時間で、なんとなくそういう空気ができて、気がついたらって感じだったけど。
あたしは勝手に思い出して頬を赤く染めてしまう。
「うしっ。じゃ、二ヶ月以内になんとかしないとね」
「…………。どうして、マミがそんなに乗り気なの? あたしはもう諦めてるのに」
「だって、ずっと元気ないじゃん明日香。普段通りに振る舞ってるつもりかもだけど、全然って感じ」
「うぐっ……」
あたし的には、普段通りを再現できているつもりだったんだけど……。
友達には見透かされていたみたいだ。
「それに、あーしは一応明日香の味方だしね。ヒロトくんの気持ちも分かるけど、明日香にちょっとくらいチャンスくれてもいいじゃんって感じ」
「マミ……」
グッと涙が込み上げてくる。
マミの背中に手を回すと、そのままギュッと力強くハグをした。
「うわ、なんだよ。面倒くさいな」
「じゃあ急に優しくしないでよ、ばか」
「はいはい。じゃ、取り敢えず今日の放課後、明日香の家に行くから。そこで色々考えよ」
「……ん」
あたしは掠れた声で、小さく頷いた。
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