大丈夫?
「ういーっす」
「うぃ」
月曜日を迎えた。
自分の机に突っ伏していると、悪友たる高瀬がポンと肩を叩いてきた。
高瀬は一個前の席に腰を下ろすと。
「寝不足?」
「うん」
「夜更かしは程々にしとけよ」
「というより睡眠障害って感じ」
「ヒロトって寝つき悪いっけ?」
「すこぶる良い方だった」
だった。
過去形だ。
「また何かあったの?」
「話すとちょっと長くなるんだけど──」
俺はそう切り出して、土曜日のことを高瀬に話した。
「──へぇ、それで結果的に気まずい感じはなくなったけど、明日香ちゃんがヒロトにべったりな訳か。元カノと長時間通話、ね」
高瀬はクスクスと楽しそうに笑う。
日曜日に関しては普通にバイトがあったし、何かと忙しない休日だった。
「笑い事ではないから」
「わりぃわりぃ。てか、もうヨリ戻しちゃえばいいじゃん。そんな調子なら」
高瀬は軽薄な口調で提案してくる。
俺はピシャリと断言した。
「それは、違うと思う」
そんな簡単にヨリを戻す程度の生半可な覚悟で、俺は明日香に別れを切り出したのか?
いや違う──違かったはずだ。
「そか。でも、あんまり考え込みすぎてもしょうがないからな。誰に咎められる訳でもないんだし、別れてすぐ復縁してもいーと思うけどね」
「…………。ちなみに高瀬は、俺が新しくカノジョを作ることについてはどう思う?」
「は? え?」
問いかけると、高瀬はポカンと口を開けて瞼をパチパチさせた。
「えっと、明日香ちゃんじゃなく別の子と付き合うってこと?」
「うん」
高瀬は口元に手を置くと、思案顔を浮かべた。
「ヒロトが明日香ちゃんから距離を置きたいなら、いいんじゃないか」
そうして端的に告げてきた。
以前にも、高瀬の口からカノジョを作る提案をされたことがある。
しかしその際も、明日香の未練を断ち切るためという名目があった。
「別に、距離を置きたい訳じゃないけど」
「だとしたら、無理に作る必要はないと思うね」
知奈美さんとは別の意見だな。
まぁ全員が全員、同じ意見の方がおかしいのだけど。
★
その日の放課後。
帰りのHRを終えて教室を抜けると、すぐ近くの壁に体重を預けて明日香が待っていた。
彼女は俺を見つけると、とてとてと駆け足で近づいてくる。
「一緒に帰ろ、ヒロト」
「お、おお」
明日香は肩がぶつかりそうなくらい近い距離で微笑みかけてくる。
俺は少し戸惑っていた。
明日香は俺に対して妙に気を遣わなくなった。
それは俺が望んでいたことだし、そっちの方が話もしやすい。
けれど、この状況は付き合っている頃となにが違うのだろう。
いいの、だろうか。こんな状態で。
俺は明日香と別れたんだよな?
「──でね。明日、お弁当作ろっかなって思ってて、だから、ついでにヒロトの分も作ってあげてもいい、けど」
昇降口が近づいてきた頃、明日香がそんな提案をしてくれる。
ツンツンと両手の人差し指を付けたり離したりしながら、俺の顔色を窺ってきた。
「大丈夫だよ。俺たちもう別れてるんだし」
「それ関係ある? 元カノが元カレにお弁当作ってあげてもいいじゃん」
「中々珍しいと思うけどな、それ」
「希望あったら聞くけど、なんかある?」
まぁ、俺が変に気にしても仕方ないか。
せっかく、明日香がお弁当を作ってくれると言っているのだ。
「じゃ、ハンバーグ」
「りょーかい」
明日香はピシッと敬礼のポーズを決めると、軽やかに笑みをこぼした。
時は少し流れ、風呂から上がった頃だった。
スマホを覗くと、チャットが入っていた。
俺は髪を乾かしながら、スマホを操作する。
『ヒロくん、やっぱり明日香と復縁したの?』
知奈美さんからだった。
俺はスマホを操作すると。
『してませんよ』
すぐに既読がつき、返信が送られてくる。
『明日香、引くほど機嫌いーからさ。お弁当がどうのとか言ってたし』
『ああ、明日、明日香が弁当作ってくれるってことになってて』
『それ、大丈夫?』
『大丈夫ってどういうことですか』
『縁を切ったりする必要はないと思うけどさ、別れたなら別れたなりの節度を持った関係ってあると思う』
……節度を持った関係、か。
『もし、明日香と復縁する気ないなら、あんまり明日香に構っちゃダメだよ』
「…………」
その通りだと思う。
ただ、俺の気持ちはいまだに整理がついていない。明日香とどうなりたいのか、分からない。
『あ、なんか説教くさいこと言ってごめんね。ヒロくんが明日香と復縁したいなら全然応援するし。えっと、それだけ』
『いえ、ありがとうございます』
地蔵が頭を下げているスタンプを送る。
俺は少し悩んだのち、知奈美さんに再度チャットをした。
『今って、ちょっと相談乗ってもらえたりしますか?』
『ヘーキだよ。電話?』
『できれば』
『おっけー』
俺は知奈美さんと通話を開始する。
知奈美さんのおかげで、自分の気持ちと向き合うことができた。
とはいえ、これを俺だけで抱え込んでも仕方がない。
こういう時こそ、明日香とキチンと話し合おう──。
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