決意

「今日はいつになく落ち込んでんね」

「……ああ、高瀬か」


 教室にて。

 どんよりと紫色のオーラをまとっていると、悪友たる高瀬が声をかけてきた。


 高瀬は一つ前の席に腰を据えると、軽薄な表情を浮かべる。


「ま、佐倉さんのことを好きになれてない事は伝えた上で、付き合い始めた訳じゃん? そこまで気に病む必要ないって」

「でも、付き合わないって選択肢もあった訳だし、結局、俺が身勝手だったよ」


 俺の今の気持ちを包み隠さずに伝えて、佐倉さんとは別れた。


 交際期間は一ヶ月にも満たない。

 それだけに、「もう少し時間が欲しい」ってお願いされたけれど、俺は明日香への気持ちに気づいてしまった。


 だから、このまま、佐倉さんと交際を続ける選択は取れなかった。


「そか。でも、納得はしてくれたんだろ?」

「うん。納得してくれた、と思う」


 本当に良い子だった。


 それだけに、俺は胸が引き裂かれる気持ちだった。


 高瀬は身体ごと俺に近づけると、ジッと俺を見据えて。


「ヒロトのことだから、みそぎとか考えてんだろ?」

「……み、禊なんて考えてない」

「本当?」

「しばらく、女子とは関わらないようにしようって思ってはいるけど」

「はぁ、やっぱり。そんなんでいーの?」

「え?」


 高瀬は大きめのため息をこぼすと、ガシガシと乱暴に後頭部を掻いた。


「明日香ちゃんが好きだって分かったんだろ。それで、気持ちも伝えることにしたんでしょ? なのに、しばらくはジッとするって。それじゃ、明日香ちゃんに彼氏できちゃうかもよ」


 その可能性は十分に考えられる。


 明日香は男を敵視している傾向にあるけれど、完全に男嫌いな訳じゃない。もし、男嫌いなら俺と付き合ったりしていない。


「分かってる、けど」

「余計なこと考えてると、足元掬われるよ」


 高瀬が助言をくれる。


 確かに、その通りだ。


 今、ここで足踏みをしてどうするんだ。



 もう十二月。今年もあと少し。


 早くとも来年からと考えていたが、違うな。


 少し黙考すると、俺は顔を上げて宣言する。


「決めた。クリスマスイブに、明日香をデートに誘ってみる」


 高瀬はパチリと目を見開くと、当惑気味に。


「お、おう。クリスマスイブって、けっこう攻めるな。てか、ヒロトって意外とイベント重要視してるよね」

「そうかな」

「告白の時も、夏祭りの花火最中だっけ?」

「ああ、うん。まぁ、予定通りにはいかなかったけど」


 用意周到に準備しておいても、失敗は付き物だ。


 特に、明日香が隣にいると思い通りにいかない。

 でも、俺はそんな日常が好きだった。


「クリスマスイヴか。……あ、ちょっと待ってて」

「ん?」


 高瀬は自分の席に戻ると、バッグの中を漁り始める。


 紙切れを二枚持って、再び俺のもとに戻ってきた。


「ほいこれ。ヒロトにあげる」

「なに、これ」

「イルミネーションのチケット」

「え、それ誰かと行く予定だったんじゃ」

「誘う予定ではあったけど、特に決まってないし問題なし。遠慮せずもらっとけ」

「でも」

「いいから」

「……ありがと」


 俺はチケットを固く握ると、素直に受け取ることにした。


「良い友達を持ったよねー。ヒロトは」

「自分で言ったら台無しじゃないかな、そういうの」


 軽薄に笑みをこぼす高瀬に、なぜだか馬鹿らしくなって俺の口角まで緩む。


 さて。


 当たって砕けてみるか。




 ★




 十二月二四日。クリスマスイブ。


 雪は降っていないが、雪が降っても不思議じゃない寒さが首都圏を覆っている。


 明日香にもらった手作りのマフラーを装備して、俺は早まる心臓の声色を落ち着かせていた。


「兄さん。どこか行くんですか?」


 外に出かける準備を整えていると、妹の礼奈が声をかけてくる。


 そうだな。

 礼奈にはキチンと伝えておくか。


「うん。明日香に告白しようと思って」

「え? 告白って……ほ、本気ですか⁉︎ 兄さん!」

「ああ。じゃ、俺は行くから」

「行くって、明日香さんのとこですよね?」

「ああ」

「えっと、明日香さん、今日はお友達とクリスマス会やるみたいなこと言ってましたよ?」

「は?」

「もしかして兄さん、明日香さんに予定取り付けてなかったんですか?」

「……取り付けてなかった」


 ダクダクと大量の汗が噴き出す。


 なに、してんだ俺。


 約束をしてなかった。


 付き合っている頃は逐一、予定があれば報告していたし、カレンダーの共有をしていた。

 だから、わざわざコチラから聞かずとも、明日香の予定は把握できていた。


 でも、今は別れている。


 クリスマスイブに明日香に予定があるかどうかは、事前に確認しておく必要があった。


「どう、しよう」


 完全に俺のミスだ。


 大事なことを失念していた。


「誰の家に行くとかは言ってた?」

「あ、はい。マミさんの家に行くって」


 明日香の友達だ。


 明日香を介してしか交流はないが、面識はある。


 だが、家の場所までは──。


 思案を巡らせていると、礼奈が腰に手を置いて小さく吐息をもらした。


「まったく、世話の焼ける兄さんですね」

「え?」

「今、マミさんと連絡とりました。住所はここみたいです」


 礼奈が俺のスマホに、住所を転送してくる。


 礼奈の交流関係、どうなっているんだろう。

 明日香の友達関連なら、俺よりも親密度が高そうだ。


「いや……でも、クリスマス会やってるのに邪魔はできない。日は改めるよ」


 イルミネーションの件はあるものの、今日は諦めて別日に改めるべきだろう。


 俺の確認不足が原因だ。


 と、俺のスマホが震え始める。


 知らない番号からだ。


「出てください」

「え、うん」


 礼奈に促されて俺は電話を受ける。


 すると、聞き覚えのある声がスマホから流れてきた。


「やっほ、電話するのは初めてだよね、ヒロトくん」

篠崎しのざきさん?」


 スマホを介した先にいるのは、明日香の友人──篠崎舞美まみだった。


 礼奈と目を合わせる。

 が、すぐに逸らされた。


 俺の電話番号を篠崎さんに教えたみたいだ。


「そー。で、なにが目的なの? 今、あーしの家に、明日香はいるけどさ」


 ここで嘘を吐くことは可能だ。


 篠崎さんは、きっと俺のことを良くは思ってないだろう。


 明日香に気持ちを伝えようとしていることを知れば、否定的な言葉が飛んでくるかも知れない。


 ただ、それでも。


「イルミネーションに誘いたいんだ、明日香を」

「ふーん。明日香はもう、ヒロトくんに興味ないかもよ?」

「だとしても、このまま終わりにしたくない」

「はぁ……。もう、マジ面倒臭いねヒロトくんも明日香も」


 呆れたように、けれど、少し笑い声を含ませながら篠崎さんは言う。


「いーよ。ウチに来て。あーしがうまいことやってあげる」

「……っ。ホント?」

「うん。その代わり、早く来た方がいいよ。あーしん家、変なとこにあるから探すの大変だと思う」

「わかった」

「じゃ、後でね」


 プツリと通話が途切れる。


 俺はスマホをポケットにしまうと、礼奈に向き直った。


「ありがと、礼奈。助かった」

「いえ、頑張ってくださいね」

「うん。行ってきます」

「いってらっしゃい、兄さん」


 靴に足を通すと、礼奈はひらひらと手を振ってくれた。


 周囲に恵まれているな、俺は。


 置かれた環境に感謝しつつ、俺は駆け出した。

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