ラブレター

 明日香に二度目の別れを切り出してから三週間が経った。


 平穏なもので、少しずつではあるが、明日香が近くにいない状態にも慣れてきた。


 俺の妹──礼奈は、あれ以降、明日香に関して俺に何か言ってくることはなかった。


 明日香とは定期的に連絡を取っているみたいだし、状況はそれとなく把握しているのだろう。自分が干渉する問題ではないと、考えが変わったのかと思う。


 まぁ、明日香のことを俺に聞かれたところで困るけど。


 同じ学校に通っているとはいえ、クラスが違うだけで接触する機会は格段に減る。


 移動教室などでたまに顔を合わせて、ちょっと会話する程度の関係性。明日香に新しく彼氏がいるのかどうかも、すでに管轄外だ。


「──ひーっろと! ほいこれ」


 朝のHRが始まるまでの休憩時間。


 自席にて、ぼんやりとした時間を過ごしていると、悪友たる高瀬が気色悪いまでの笑みを浮かべて現れた。


 高瀬は俺の一個前の席に、どっしりと座り込む。


「なに、これ」

「ハッピーバースデー」

「とっくに過ぎてますけど」

「まぁ、見てみろって」


 高瀬から渡された封筒を受け取る。


 ハートを模したシールが貼られている。

 ぱっと見、ラブレターだった。


 俺は心臓の鼓動を早めると、慎重に中身を確認する。


『突然のお手紙、ごめんなさいっ。

 前から、杉並くんのこと良いなって思ってて、もしよかったら今度デートしてくれませんか⁉︎

 放課後、四組の教室に残っているので来てくれると嬉しいです! 佐倉美春さくらみはる


 女の子らしい可愛い字で書かれている。


 俺はパチパチとまぶたを瞬くので精一杯だった。


「えっと、これって……」

「そ。ラブレター。ヒロトに渡してほしいって頼まれちった」

「でも、この佐倉さん? のこと、よく知らないんだけど」

「あーね。俺もあんま知らない。ただ、結構人気はあるみたいよ、かなり可愛かったし」


 高瀬も知らないのか。


 いや、他クラスの人間なんてほとんど認知してなくて当然だけど。


 まさか、見ず知らずの女子からデートに誘われる日が来るとは……。


 にわかには信じがたいけれど、しっかりと痛覚が機能している辺り夢ではないみたいだ。


「ど、どうすればいいのかな。行った方がいいの?」

「そこは自分で決めなよ。ヒロトは自分で考えた上で、明日香ちゃんとキチンと別れることにしたんだろ。今回も、ヒロトがちゃんと決めないと」

「そう、だな……。これは俺が決める問題だった」

「そそ。じゃ、俺は渡したからな」


 高瀬はヒラヒラと宙に手を泳がせる。


 俺は改めてラブレターに視線を落とすと、悶々とした気持ちに苛まれた。




 放課後になると、俺は四組の教室へと向かっていた。


 四組といえば、明日香が在籍しているクラスだ。

 一ヶ月前は頻繁に訪れていたのに、今ではすっかりご無沙汰。なんだか懐かしい気分だった。


 廊下をロボットみたいな足取りで歩いていると、前方から声をかけられた。


「大丈夫?」


「え、ああ……明日香か」


 挙動不審な俺を、明日香が不審げに見つめる。


 帰るところだったのだろう。肩にはバッグを携えていた。


「顔色悪くない? てか、こっち側になにか用あるの?」

「いや、まぁちょっとな」

「そっか。ま、大丈夫そうならいいけど。じゃーね」

「ん、また」


 明日香に呼応する形で、俺もパタパタと手を振る。


 通り過ぎていく明日香を軽く目で見送ると、俺は四組の教室へと歩を進めた。





 ★




 結果から言えば、付き合うことになった。


 ラブレターをもらった次の休みに、デートに出掛けた。

 その後もデートを何度か繰り返して、彼女から告白されて付き合うことになった。


 彼女といる時間は楽しいか楽しくないかで言えば、微妙なところだった。

 お互いに、面と向かっての接点はない。ほぼ初対面みたいな状態。


 当然、気は遣うし、ぎこちなかった。


 ……けれど、新しくカノジョを作ることに一歩踏み出してみることにしたのだ。


 付き合っているウチに好きになる。


 そんなこともあると思った。

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