最終回

 チケット制とはいえ、今日はクリスマスイブ。

 右を見ても左を見ても、人でいっぱいになっていた。


「逸れると困るから」

「う、うん」


 俺は明日香の右手を固く握りしめる。


 十八時を過ぎて、すっかり夜の帳が下りている。


 星はほとんど見えないけれど、星空に負けないくらい綺麗な装飾が辺りを埋め尽くしていた。


 電飾の道に、電飾のカーテン。

 周囲を見渡せば、家族連れかカップルしかいない。


 元カップルでこの場にいるのは、俺たちくらいだろうか。


「……ここに来たかったの?」


 明日香は周囲をキョロキョロと見回しながら、不安げに訊ねてくる。


「うん。あ、嫌だった?」

「や、そうじゃないけど。あ、そだ。チケット代」


 明日香はバッグから財布を探し始める。


「ううん、大丈夫だよ」

「ダメ。こういうのはキチッとしないと」

「いや、元々これ貰いものなんだよ」

「そうなの?」

「そ。だから気にしなくて平気」

「……そっか。行く人いないから元カノを連れてきたんだ?」


 明日香は小首を傾げる。


 長い髪がふわりと宙を踊った。


「違うよ。明日香だから誘ったの」

「……っ。……ヒロトの考えてること、分かんない」


 明日香は頬を朱色で染めると、視線を逸らしてポツリと呟いた。


「行こっか」

「う、うん」


 俺は明日香の手を握り直すと、ゆっくりと歩み始める。


 居た堪れない空気に呑まれそうだが、平静を必死に装う。どうしよう。話題が浮かばない……。


「ひ、ヒロトとイルミネーション見るのって初めてよね」


 俺が話題を探しに困窮していると、明日香が先に話を振ってくれた。


「近場で装飾されてるの、見たことなかったっけ?」

「それはあるけど、こういうちゃんとイルミネーションってのは初めて」

「あー、言われてみれば」

「ヒロトと行ったことない場所なんてないと思ってたな」


 明日香は呟くように漏らす。


 その言葉に俺も共感した。

 明日香とは色々な場所に出掛けた。


 学生の資金力に限界はあるけれど、親が多めにお小遣いくれたり、家族絡みで遠出だってした事がある。


 思い返せば、本当に色々あったな。


「……行った事ない場所の方がいっぱいあるよ。スキーとか」

「あ、確かに。ここらだと、ウィンタースポーツに縁ないもんね。ヒロトはスキーやったことあるの?」

「一回だけあるかな。まだ小学生で、ほぼ平地みたいなとこ走ってたけど」

「ふーん。でも、ヒロト運動神経いーから、すぐ乗りこなしそう」

「プレッシャー掛けるな……」

「一緒に行った時は、あたしのコーチし──ごめん。なんでもない」


 明日香はパタリと声をせきとめると、慌てて首を横に振った。


 俺たちは既に別れている。


 今のままなら、一緒にスキーに行く可能性はほぼないだろう。


 電飾で彩られた道を歩きながら、俺はゆっくりと切り出す。


「──俺、多分さ、すごく臆病なんだと思う」

「臆病?」

「うん。自己評価が低くて、明日香と付き合えるなんて思ってなかった」

「なにそれ。しつこいくらいアプローチ掛けてきたじゃん」

「そうかな。話しかけてただけだよ」

「十分だってば。あたしに話しかけてくる男子、ヒロトくらいだったもん。ホント変わり者」


 昔のことを思い返しながら、俺はクスリと微笑を讃える。


「変わってるのは他の人だと思うけどな。明日香みたいな面白い子、放っておく方がどうかしてる」

「馬鹿にしてない?」

「してないしてない。褒めてるの」

「褒められてる気しない」


 明日香は不貞腐れたように漏らす。


 けど、本気で怒っている訳じゃない。口の端がわずかに緩んでいる。


「臆病だから、引くほど線密にプラン立てて明日香をデートに誘ったりしてさ。でも、明日香はすぐドジ踏んだり、遅刻してきたり、かと思えば滅茶苦茶早くきてたりして、もういつもいつも大変だった。全く思い通りにいかないから」

「うっ……ごめん」

「ううん。でも、それが楽しくて、気持ち抑えられなくなって告白したんだ。まぁ、あの時も予定通りにはいかなかったんだけど。──ただ、ずっと不安だった。明日香が俺を受け入れてくれるか分かんなかったから。振られるんじゃないかって怖く怖くてしょうがなかった。だから」


 告白を受け入れてくれた時、死にそうなくらい嬉しかった。


 明日香と恋人になれた時、全てが報われたような気がした。


 それと同時に、この関係が終わるのが怖くなった。


 だから、


「明日香に『別れるから』って言われた時、振られるのが怖くて素直に言うこと聞いちゃったんだと思う」


 明日香はそっと視線を落とすと、ズボンをギュッと握りしめる。


「…………。あ、あのね、ヒロト」

「ん?」

「あたし、ヒロトのことが好きで、大好きで、しょうがなくて、怖かったの! ヒロトが誰かに取られるんじゃないかって、不安だった。あたしと違って、ヒロトは異性の知り合いも友達もいっぱいいて。あたしなんか、簡単に捨てられるんじゃないかって」


 明日香は絞り出すように胸の内を吐露する。


 俺が異性として好きになったのは明日香だけだ。


 だが、それが明日香には伝わっていなかった。


「だから、ヒロトに他の子と仲良くしてほしくなかった」

「……ちゃんと、話しとけばよかったね」

「うん……。結果的に、あたしはヒロトのこと縛り付けてた。束縛して、だんだん、あたしの中の基準がおかしくなって、『別れるから』って言葉でヒロトに言うこと聞かせてた。本当にごめんね。ヒロトならちゃんと話せば、分かってくれるはずなのに」

「ううん。俺の方こそ、明日香に嫌われたくない一心で、嫌なことを嫌って言えなかった。一人で溜め込んで、ごめん」


 ボタンのかけ違いのような、些細な問題だと思う。


 少しの話し合いで、解決できたはず。


 ただ、一つ言い訳をしていいのなら、俺も明日香も経験値が少な過ぎた。


 俺たちは、お互いが初めての恋人で、社会すら知らない未熟な子供。


 見えている世界が狭過ぎて、価値観だって簡単に変わってしまう年頃なのだ。


 ただ、別れたことで、少し成長できたとも感じている。


 巨大なクリスマスツリーの前に到着する。

 ここがこのイルミネーション会場のメインステージ。


 首を真上まで上げないと、てっぺんが見えない。


 周囲の人は写真を撮っていたり、談笑していたり、イチャイチャしていたりと千差万別。

 けれど、一様に楽しそうだった。


 この場所なら、大丈夫そうだな。


 誰も俺たちを気にしてない。

 家族やパートナーのことしか見えていない。


 俺は明日香から手を離すと、真剣に彼女の目を見つめた。


「ここ、縁結びの効果があるみたいなんだ」

「……っ。そ、そう、なんだ」

「まぁ、客寄せで作っただけだと思うんだけど」

「そ、そうね。神社でもないのに、勝手なこと言わないでほしいところよね」


 明日香はわたわたと不審な挙動を取りながら、矢継ぎ早に言う。


「えっと、俺──」

「……っ」


 首筋を掻くと、全身から汗をにじませた。


 こんなに気温は下がっているのに、体がポカポカと暑い。


 二回目なのに、ビックリするほど緊張する。


 よし、言うぞ。


 俺は明日香のことが──。


「す──すき焼き好きだっけ? 明日香」

「へっ、あ、うん。普通に好きだけど」

「そ、そっか。うん」


 挙動不審になる俺。

 なにベタなことをやってるんだ俺は。


 今、告白しないでどうする……。


 イルミネーションのメインはここ。


 ここを除いて告白スポットはない。


 色々あったがここまで来て、覚悟を決めたんだ。


 肝心なところで躓くわけにはいかない! 


「……ふふっ」

「な、なんだよ」

「ううん。べっつにぃ」

「別にって態度じゃないよな」


 明日香はふわりと微笑むと、一歩、俺との距離を詰めてくる。


「あたしって、良い性格してないと思う」


 上目遣いで俺を捉えて、困ったように吐露する。


「ワガママばっかだし、自分勝手だし、なんでもズバッと言っちゃうし、独占欲もすごく強いと思う。そういう性格だもん。治したくても、簡単には治せない」


 明日香は一度視線を下げて、キュッと唇を引き締める。


 再び顔を上げると、


「でもね、もう、同じミスは繰り返さないと思う」


 決意を表明するように、彼女は宣言した。


 俺は固くなっていた表情を弛緩させる。


 明日香は不安そうに俺を見つめながら。


「あたしで、いいの? 後悔しない?」


 二年以上付き合っているだけあって、俺が何を言おうとしていたのかはお見通しらしい。まぁ、誰の目にも明らかだった気はするけど。


「俺は──明日香が好きなんだ。明日香の性格なんて全部織り込み済みで好きになった。気持ちが分かんなくなって、勢いに任せて別れたけど、でも嫌いになったことは一度もないよ。……時間かかったけど、やっぱり明日香が好きだってことに気づいた」

「ヒロト……」

「また、俺と付き合ってください」

「…………」


 今の気持ちを包み隠さず、真正面から伝える。


 明日香は息を呑むと、しばらく黙り込んでしまった。


 今までの人生の中で一番、時間感覚が遅く感じる。


 一秒が一時間にも感じて、息が詰まる。

 俺はキュッと唇を引き締めると、ジッと明日香からの返答を待った。


 やがて、トンという衝撃とともに明日香が俺に抱きついてくる。


「あ、明日香?」

「あたしね、諦めたんだよっ。前向かなきゃって思って、ヒロトへの未練断ち切ろうって頑張ってた!」

「…………」

「なのに、そんなこと言われたら、諦められないじゃん! あたしだって、ヒロトが好き! 大好きだもん!」


 周囲の目など気にとめず、明日香は思いの丈をぶつけてくる。


 俺はそっと、彼女の背中に手を回す。


 ここまで来るのに、いっぱい悩んで、間違えて、遠回りをした。


 傍から見れば、単純な話で、悩むまでもない些細な問題で、もっと近道があったはず。


 でも、この恋愛を通じてひとつ成長することができたと感じている。


 これから先、また衝突することもあると思う。

 だが少なくとも、お互いのことを尊重できる。そんな関係になれたと思う。


「ほ、本当にあたしでいいの?」

「うん。俺は、明日香がいい」

「……えへへっ。もう、取り消してもダメだからね」

「お、おう。てか、さすがにそろそろ離れた方が」


 周囲から注目を集めている。


 明日香の声って通るからな。カップルが多いとはいえ、さすがに目立ってしまっている。


「やだ。離れてあげなーい」

「離れなさい」

「いやでーす」

「ったく」


 甘えたがりモードになっていた。


 こう言う時の明日香はテコでも言うこと聞いてくれないからな。


 まぁ、いいか。今日くらいは。


「一個、聞いて良い?」

「なに?」

「佐倉さんとは、どこまでしたの? あ、いや、別れてる期間にあったことを責めるつもりはないんだけど、やっぱり気になるって言うか」

「……一回だけ、キスした」

「……っ。ヒロトってホント見かけによらず、やることやるよね」

「ごほっこほっ! いや、不意打ちでされたんだ。って、言い訳してもしょうがないけど」


 佐倉さんに対して別れを切り出した際、「最後に思い出がほしいから」と不意打ちでキスされた。


 この件を明日香に隠すことはできた。

 けれど、隠し事をするような恋愛はしたくない。


 明日香は不貞腐れた表情を浮かべると、恨めしそうに俺を見つめる。


「ちょっとだけムカつくから、一回ビンタさせて」

「いや、別れてる期間にあったことは責めるつもりないんじゃ……」

「でもムカつくものはムカつくの! だから、一回すっきりさせて!」

「ま、まじか」


 まぁ、もし逆の立場だったらと考えれば、明日香の気持ちは想像がつく。


 さすがにビンタしたいとは思わないけど。


 俺はギュッと力強くまぶたを閉じる。

 明日香は俺から距離を取ると、バシンッと力強く頬を叩いて──はこなかった。


 両手で包むように、俺の頬に触れてくる。


 次の瞬間、俺の唇に馴染みのある感触が訪れた。


 たっぷり五秒ほど口づけを交わすと、明日香は照れ臭そうに。


「上書き、なんてね」

「……っ」


 くそ、俺のカノジョ、可愛すぎるだろ! 


「い、行こっか。そろそろ」

「待って」


 明日香は真っ赤になりながらも、気丈に振る舞い、歩を進めようとする。


 俺は明日香の左手を掴んで引き留めた。


「え?」

「もう一回」


 やられたままじゃ終われない。


 もう、十分に周囲から目立っているのだ。

 今更、人目を気にしてもしょうがない。


 こちらに振り返った明日香の後頭部を掴んで、位置を固定する。今度は俺の方から唇を奪った。


 明日香は目を見開いて当惑するも、すぐに力を抜いて、俺に身体を預けてくる。


 キスを終えると、明日香は前のめりになって。


「……い、いきなりなんてズルい!」

「明日香が先にやったんでしょ?」


 明日香がムッと俺を睨みつけてくる。

 負けじと視線をぶつける。なんだかおかしくなって、口角が自然と緩んできた。


 と、辺りがザワザワと騒がしくなる。


 俺たちが原因ではない。


 見上げれば、しんしんと雪が空から降りている。


「雪……。ここまで想定してたの? ヒロト」

「してない。ってか、俺の想定からはとっくに外れてるから」


 序盤から俺の予定通りには進められていない。


 けれど、雪が降ってくるサプライズはいい意味で裏切られたな。


 ちょうどいい。

 このタイミングに渡すか。


 俺はバッグを漁ると、手のひらサイズの箱を明日香に向けた。


「これ、受け取ってもらえないかな」

「え、プレゼント?」

「うん」

「ごめん、あたし用意してなくて。もらっていいの?」

「明日香に受け取ってほしい」


 明日香にとって、今日、俺と同じ時間を過ごすことは想定外だったはずだ。


 クリスマスプレゼントは用意していなくて当たり前。


 明日香は俺から箱を受け取ると、恐る恐る中身を確認する。


「……ゆ、指輪?」

「ちょっと重いかなって思ったんだけど、でも、明日香に渡したくて」

「嬉しい……っ。ありがと、ヒロト!」

「お、おう」


 明日香は今年一番の笑顔を咲かせる。


 破壊力は抜群だった。これだけで、十分なお返しをもらっている。


 明日香は恍惚とした表情で俺を見つめると。


「ヒロトがつけてっ」

「自分でつけれないの?」

「分かってて言ってない? てか、こんなもの渡しておいて、今更恥ずかしがらないでよね」

「うっ。まぁ、そうだね」


 明日香は左手を差し出してくる。


「どこに入れるか分かってる?」

「親指かな」

「そのボケは面白くない」

「はい、すみません」


 ストレートな指摘が入る。


 明日香がどの指に入れてもらいたいかは分かっている。


 俺は左手の薬指に、指輪を通していく。


「えへへ、あんがと」

「ど、どういたしまして」


 さすがに明日香の顔を直視できなくなってきた。


 俺はあさってを向いて、平常心を保つ。


 明日香は嬉しそうに、左手に嵌まった指輪を眺めながら、身体を寄せてきた。


「あたしね……。これからも沢山ワガママ言ってヒロトを困らせちゃうと思う」


 分かっている。

 それも織り込み済みで、俺は明日香に惹かれているのだ。


「大丈夫。度が過ぎた時はちゃんと叱るし」

「うん、よろしくね。……じゃ、早速だけど一個わがまま」


 明日香はそう切り出すと、距離を詰めてくる。


 俺の肩に両手を置いて、耳元で囁いてきた。


「ずっと、一緒にいてね」


 これはまた……ワガママな要求だな。


 叶えられるかどうかは分からないけれど。


 ──そう、出来たらいいな。


【完】



──────────────────


 あとがき


 最後までお読みいただきありがとうございました。


 本作は、別れて復縁するだけの話です。


 主人公とヒロインにスポットを当てていたので、他キャラの掘り下げがあまり出来てなかったなというのが印象に残っています。

 とはいえ、他キャラにスポットを当てると冗長でしょうし、難しいところですね。


 半年くらい前にざまぁ系の作品を初めて書いて、その時の反省を生かしてヘイト管理には気をつけていたのですが、上手くいかないなぁというのが率直な感想です。


 煮え切らない気持ちを抱かせてしまっていたら、申し訳ないです。

 ただ、本作は中高生ということを常に意識して書きましたので、その点をご留意いただければと思います。


 沢山のコメントありがとうございました。

 返信はしていませんでしたが、全てのコメントに目を通しています。本当にありがとうございました。


 最後に全体を通して、コメントいただけると幸いです。少しでも楽しんでくださっていたら、嬉しいです^^


 後日談として、復縁後にイチャイチャするだけの話をいくつか書こうかと思っていますので、よかったらフォローはそのままでお願いします。

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