俺の彼女は都合が悪くなると「別れるから」と脅してくるので、本当に別れてみた

ヨルノソラ/朝陽千早

別れるから

「だから、明日はどうしても外せない用事があってさ……」

「あたしよりも大事な用なわけ?」

「そ、そうは言ってないだろ。ただ、ずっと行きたかったライブなんだよ。デートはいつでも出来るけど、ライブは明日しかないし……」

「あ、そ。じゃあ選んでよ。あたしとデートするか、あたしと別れてライブに行くか」

「ま、待てよ。何でそんな極端な話になるんだっ」

「朝十時に渋谷駅集合ね。遅刻しても別れるから」


 彼女は端的に告げると、踵を返して帰路に就いてしまう。


 追いかけようにも、その気力が湧かなかった。

 どうせ、何を言ったところで聞く耳を持ってくれない。


 ──これまでの経験則から、俺はすでに諦めてしまっていた。



 ★



 俺──杉並浩人すぎなみひろとが初恋を経験したのは、中学の頃だった。

 相手は隣の席に座っていた女子。休み時間に少しずつ会話をするようになり、プライベートでの交流が増え、段々と異性として意識するようになった。


 そして中学二年の夏。

 気持ちを抑え切れなくなって、俺の方から告白した。


 彼女は二つ返事で了承してくれた。

 感極まって涙が込み上げてくるくらい嬉しかった。


 恋人がいる環境は新鮮で、幸せで、楽しかった。とにかくキラキラした時間だった。


 だが、その純粋な幸せは長く続かなかった。


 付き合い始めて二ヶ月が経過した頃。

 彼女は都合が悪くなると、『別れる』を武器にしてくるようになったのだ。


 デートの予定を調整できなければ『別れる』。

 俺が他の女子と仲良くすれば『別れる』。

 テストの点が悪いと『別れる』。

 記念日を忘れたら『別れる』。

 体育祭の50m走で一着を取れないと『別れる』──などなど。


 俺を脅して、自分の思い通りに物事を進めるようになった。


 高校一年生になった今では、口癖のように『別れる』を脅しに使われ、明白なまでの上下関係が生まれていた。


 この現状は普通の恋人と呼べるのだろうか。


 そっと視線を落とす。


 右手首につけた腕時計が目に入った。


 現在時刻は、十時を半分ほど過ぎたあたり。

 すでに待ち合わせ予定から三十分遅れている。


『もう着いてるよ。どこいるの?』


 さっき送ったチャットも未読のまま。


 力無くスマホを見つめていると、ようやく既読がつく。


『今起きた。眠いから今日のデートいーや』


「……ざけんな」


 口をついて出たのは粗暴な言葉だった。


 自分でも驚くくらいドスが効いていて、負の感情がありありと滲んでいた。


 俺の堪忍袋の緒はもう限界だった。


 ずっと楽しみにしていたライブを諦めて、彼女とのデートを優先した。


 なのに……なんだよ……これ。


 これまでも幾度となく似たようなことはあった。


 俺の遅刻は許さないくせに、彼女は平気でデートに遅刻するしドタキャンだってする。

 その時その瞬間に自分が何をしたいのかが大切で、俺のことは一切考えていない。


 俺はどうして──アイツの彼氏をやっているのだろう。


 ふと、そんな疑問が降って湧いてきた。


 俺は彼女のことが──能美明日香のうみあすかのことが好きなのだろうか。


 付き合いたての頃は、世界で一番大好きな人だった。


 でも、今はどうだろう。


 俺は、明日香のことが好きなのだろうか。


 気がつくと、俺はスマホを強く握って明日香にチャットを送っていた。


『今すぐ来ないと別れるから』


 普段、彼女が使う常套句。

 それを生まれて初めて、俺は彼女に対して使った。

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