第5話 クレマチスの庭


 【クレマチスの庭】

 

 冬に咲く花には一種独特な色気があると俺は思っている。悠は辺りを見渡した。

 今回のパーティー会場の花は、冬咲きの大量のクレマチスをベースに、エリカを間に差し込み、カラーとしてローズマリーの紫の花とピンクのルクリアを配置した。


 白のクレマチスをベースにしたら‥つい色のきれいなカレンデュラやオキザリスあたりを入れたくなるのだが、この会場のフラワーアレンジメントをした人はあえて入れてないのだろう。本来なら香りが強すぎるローズマリーなんか、普通は選ばない。

 俺はこの花を作った人に興味がでた。花言葉は見えない魔法だ。

いくら見た目も色も綺麗でも‥オキザリスなんて【決してあなたを忘れない】だしそういうつもりじゃなくても、知ってるやつはいるもんで

 結婚式には花言葉が少し重いんだ。


 パーティーがはけた後、エマの誕生日用に俺はローズマリーとルクリアをもらい受けることにした。


「変わらぬ愛」俺は呟いた。

 

「よく知っていますね。これは?」

 さっきのこんな小さな一言を拾うなんて、すげーいい耳してる。楽器をやるやつの耳だ。振り返ればそこにいたのは線の細い美少年だった。

「これはルクリアと言ってね、花言葉は【におい立つ魅力】だよ」

「へー。俺ならキンセンカを入れたくなるけど‥」


 俺はこの少年が気になった。

「花が好きなのかい」

「そういう訳じゃない。でも」

「でも?」

「でもオレンジの花は好きなんだよ。ちょっと元気が出る気がするだろ?」

「確かにオレンジは元気が出る色だけれど‥キンセンカは西洋の名前をカレンデュラといってね‥【別れの悲しみ】という意味があるんだよ。だから基本的に結婚式とか幸せな場所では使わない」

「そうなんだ」

 

「君は参列者だったの?」

「うん」

「他の人は?」

「はぐれた」

 イヤイヤ噓だろ?まだ子供だぞ?

 俺も人のことは言えないが自分で食いぶち稼いでるやつとそうじゃない奴は根本的に違う。

「ホテルはどこ?」

「知らない」

「名前は?」

「‥‥‥」

「言えない?」

 本気か?‥黙秘なのか、記憶喪失なのか、



 ただ‥‥‥ほっぽって行くわけにもいかず取り敢えず俺はこの捨て猫を拾うことにした。


 

 

【孤児院の食卓】


「ただいま戻りました」

 いいにおいがそこら中に充満している。

「おかえりー、悠にーちゃん」

「おかえり悠」

 口々に迎えに来るかわいい弟や妹たち

「涼は?」

「キッチンよ」

 リコが答える。一番年長者のリコはエマの手伝いをしながら子供たちの面倒を見ているお姉さんの様な存在だ。

「キッチンですごーいの作ってるんだよ!」

 ぞろぞろ集まってきた子供たち。

 すると一番下のミンクとコニーが何かを見つけ、口をそろえていった。

「悠にーちゃん、誰その人」

俺の後ろに隠れていた捨て猫は‥恥ずかしそうに顔を出した。

「捨て猫」

「猫?この人人間だよ。にーちゃん大丈夫?」

「結婚式会場で拾った。名前もわかんないんだよ。だから捨て猫な」

 玄関でごちゃごちゃしていたら

キッチンの扉が開いて涼が顔を出す。



「なんだ悠帰ってきてたのか?時間ねーぞ!早くセッティングしちまえよ!」

 キッチンから顔だけ出した涼の動きが、一瞬止まった。

「‥んだそれ」

「捨て猫」

 悠がぶっきらぼうに言うと



 その捨て猫は細い切れ長の目を涼に向け、眼鏡の奥からにらみつけた。

「ヒュー」

 涼は高らかに口笛を鳴らした。

「お前気ぃつえーじゃん!気にいったわ!」

 

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