第7話 クレマチスの庭③

「痛っ」

 靖二を見ると唇から血が流れて。

 俺は声を上げて笑った。


 そんな俺にみんなは毒気を抜かれホッとした空気が流れだした。

「良かった」

 悠はそう言うとさっき涼が止めた鍋の火をつけなおした。

「益々気にいったぜ。飯のしたく手伝えよ」

「俺いていいの?」

 おずおずと聞くと涼は

「まっすぐ帰りたくなくて悠についてきたんだろ?今日はマンマの誕生日なんだ。豪華だぜ。食ってきな!」

「クリスマスなのかと思った」

「確かに世間じゃ今日はクリスマスだけどな、うちではマンマの誕生日のが大切なんだ。ここにいる奴らは親に捨てられたり、小さいころに親が死んだり、寂しい奴らが多くてさ。でも今のこいつらの笑顔があるのはエマがいたからなんだ」

 涼が靖二の頭を軽く小突くと小さな笑顔がもれた。

「エマは俺たちにとってはマンマみたいなもんなんだよ」

 悠も優しい声でそう言った。

 あたりを見ると、俺より小さな子供たちですらうんうんうなづきながら

「エマのハグは世界一幸せな気分になるよ」

 とコニーが教えてくれている。

 

「靖二!こっち来いよ。味見するか?」 

 その声を合図に大行列だ。

「靖二にーちゃんだけずるい」

 食い意地が張ってるミンクはふてくされて、俺も俺もと騒いでいる。

 涼はやれやれという風に肩をすくめ、無くなるからちょっとずつだぞと味見をさせてくれた。


【今日の献立】

・ブラサート(メルカートでもらった赤ワインと牛肉の塊をコトコト煮込んだ一品)

・ポレンタ(トウモロコシの粉で作るマッシュポテトのようなもの)これは練るのが一苦労なので順番に弟たちがやってくれる

・レモンとクルミのパスタ(季節外れではあるのだがレモンは年中売ってるしリクエストだから)

・バーニャカウダ(エマに食わせろと市場のルッツォがたくさん野菜をくれたしアンチョビはレイラが買ってくれたし)

後はもうエマが返ってくるのを待つだけだ。





「ただいま。帰ってきたわよ」

 ご飯を我慢していたミンク達は早く早くとエマに纏わりついている。

「おかえり!エマ。早くご飯にしようよー」

 エマの持ってる紙袋に涼は目をやると

「ビンゴー!」

 一発声が上がった。

「あら涼、何がビンゴなの?」

「何でもねーよ」

 エマはニコニコいつもの調子だ。

「いい匂いがするのね。」





「ねぇねぇそれパネトーネ?」

 ミンク達は大好物のパネトーネをキラキラした目で見ていた。

「そうよ。今年はパネトーネが高くて小さいのを探していたらケーキ屋のジョゼッペ爺さんがお誕生日プレゼントだってくれたのよ」

「やるじゃねーの、じーさん。さすがだな!」

 涼はエマに言った。


 横から悠が小さな声で言う。

「わざとらしいよ。狙っていたくせに」

 くそっ!悠かよ。うるせー奴に見つかった。

 こいつ洞察力はホント一級品だよなぁ。

「女に買わすと後々めんどくせーからな、コニーもミンクもクリスマスしか食えねーんだ。一番めんどくさくない方法をメルカートに撒いてきただけだっつーの」

「ねぇねぇ涼にーちゃん、今日はエマのお誕生日に合わせて、靖二にーちゃんのこんにちわ会もしようよ」

「はぁ~?」

 俺は素っ頓狂な声を出しちまった。

「お友達は大切にしなくちゃいけないのよー?」

 エマの周りに纏わりつき、コニーは大好きなキリンのぬいぐるみを抱きしめながら鼻歌を歌っていた。


「まっついいや!コニー達のわがまま聞いてやんよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る