第8話クレマチスの庭④静かな力強さ

「では改めまして、こんにちわ。靖二君」

「…こんにちわ」

 恥ずかしそうに答える靖二は、エマに柔らかい微笑みを浮かべられ、思わず壁にかかっているマリアさまが出てきたのかと思うほどだった。

 この世にマリア様がいるのなら多分こんな人…

 

「いただきまーす」

 皆で囲む食卓はそれはそれは幸せな色をしている。

「ねー靖二はなにが好き?」

「靖二お兄さんでしょ?」

 リコにたしなめられてもミンクには右から左だ。うっせーって顔をして耳を塞いでる。

「何って?」

ミンク達は自分達より新入りの靖二に興味津々。

「おれっちはさー体育が好きで算数がきらーい。でも英語は割に得意だから教えてあげんよ?」

「英語得意ってすごいね。僕はそんなに得意ではないかな」

 ミンクはテーブルにあるバーニャカウダの生で食べられる茄子をさして

「これはメランザーネ!英語だとエッグプランツだろ?日本語ではなんて言うの?」

「なす、だよ」

「へー。ねー靖二は何が得意?」

「こらミンク!」

 悪戯好きは伊達じゃない。逃げ足も早いし言うことは聞かないし、聞いた答えも聞いてない。

「私は体育がきらーい。でも絵画は好きよ」

「コニーには聞いてねーよ!」

「何よ、私だって靖二おにーちゃんとお喋りしたいんだから、ミンク邪魔しないでよ」

 俺はこんなに大勢でご飯を食べたことはないし大家族って感じでワクワクする。家にいる時とは大違いだ。

「美術と音楽」

 うつむいて返事をした。

「音楽ってお歌?」

コニーが聞くと、靖二はダイニングにあった古いピアノを指差した。

「あれ」

 俯きながらピアノを指す靖二をコニーはキラキラした目で見つめた。



「本当に?ピアノ弾けるの?」

 つい口ばしった。音楽の話になると冷静でいられない。

「食いつくじゃねーかよ、悠」

「涼がピアノ弾いてくれれば問題ないんだよ。ピアノはさみしがり屋なんだ。使わないと狂うんだよ」

 大体あんなぼろピアノ誰が弾くんだよと返せば、リコも

「ボロくないもん!」

 と返してくる。

「弾きたきゃ弾けよ。まっ調律はしてねーし‥音の保証はしねぇけどー。んな金ねーからな」

 涼が笑いながら言うと

「どうせ俺なんて大した音出ないし、壊れてダメになったピアノくらいが調度いいよ」

 靖二は答えた。

 

 その時、

 ドン!大きな拳で壁がたたかれ俺はびくっとした。家が壊れるかと思う大きな音だった。

 でもびっくりしてるのは俺だけで、悠は平然とご飯を食べてるしエマも優しく笑ってる。

 ちょっとコニーとミンクが泣きそうな顔をしてるけど‥なんかまずかったかな。

「ごめん」

「何、謝ってんの?おめーさぁ‥さっきもどうせ俺なんかって言ってなかった?感じわりーわ!」

「やめろって、涼。靖二だってわざとじゃないよ」

悠が止めると

「かばってんじゃねーよ!何が今まであったのか知らねーけど、まだ俺たちは子供だぜ!そもそも おめーさぁ‥悠と会ったの結婚式の教会なんだよな。今日あいつが働きに行った教会は『サンタ・トロフィメ教会』だ。あそこは結婚式を挙げるにはかなりの金が要るんだよ。そこに招待されたんだろ。お前に親の財力は関係ねーし、悠が拾ってきたから一回目は見逃してやったんだ。この年で俺たちみてーに働かなきゃ食ってけねー訳じゃねぇんだろ?恵まれてんのに自分の可能性てめーで否定してんじゃねーよ!」

「いつもひとりぼっちの奴の気持ちなんかお前らにわかるわけない‥‥‥」 

 靖二は眼鏡を外し涙をぬぐった。

「わかんねーよ。俺はいつかここを出て金持ちになってこいつらを養ってやるって決めてんよ。あのピアノはコニーの両親が弾いてたピアノだ。事故で死んじまったけどコニーにとっては大切な宝物だ。ダメになったピアノとか言ってんじゃねー!俺達は孤児だから金なんかねーし‥‥‥ピアノなんか不要だから売れとかいう大人もいんけどよ、いつか調律してコニーが弾きてーって思ったときに俺は弾かしてやりてぇって思ってる!」

 こんなに感情的になる涼 見たことない。

 リコは涼を抱きしめ、ゆっくりと二人に向かって話し始めた。

「靖二君だってわざとじゃないわ。ねぇ涼ちゃん‥私達は貧しいけれど不幸じゃないでしょ」

「涼はね‥‥‥小さい頃から一人だったから、大切な人を守りたいと思っているし甘やかしてあげたいって思っているのよ。仲間思いで誰よりも強くて‥‥‥口はとっても悪いけど実はすごく優しいの」

「そんなのわかってるよ。会ったばかりだけど‥見てたらわかる」

 靖二は泣きはらしてる目をごしごしと擦りながら小さな声で答えた。

「涼ちゃん‥‥‥?」

「んだよ」

 

「結婚式に出てたら幸福なの?お金があったら寂しいって思うのは贅沢なの?ねえ涼‥」

「わっかんねーよ」

「そうよね。誰もわからないわ。だから誰も誰かを馬鹿にしてはいけないの‥‥‥」

 リコは涼の頭の上に手を置いた。

「靖二君?」

「‥‥‥はい」

「誰も誰かを馬鹿にしてはいけないなら、それは勿論自分も入るのよ」

「どういう事ですか?」

「さっき何で涼ちゃんが怒ったかわかる?」

「ダメになったピアノとか言ったからでしょ?コニーを傷つけたから」

「そうね。コニーはちょっとは悲しかったかもしれないわ‥でもね」

「コニー、そんなことで悲しかったんじゃないよ」

 靖二の足元に座り込んだコニーは、大好きなキリンさんで靖二のお膝をとんとんした。

 靖二は大きく息を吸い、そして息をはくとキリンに話しかけた。

「キリンさん‥俺、何がいけなかったの?」

 コニーはキリンを持って答えた。

「どうして‥どうせ俺なんかって言うの?」

「だって、いつも一人ぼっちで誰も一緒にいてくれない」

「コニーも涼お兄ちゃんも悠お兄ちゃんもエマも、ミンクだってリコちゃんだってみんないるよ。コニーはね、独りぼっちって思ったことないよ。靖二お兄ちゃんももうコニーのお友達。コニーは大好きなお友達がどうせ‥って言ったら悲しいよ」

「キリンさん‥‥‥」

「涼お兄ちゃんも同じこと思ってる。だから怒ったんだよ。怒ると思ったからミンクなんか普通にご飯食べてるし」


 靖二は涼に目を向けた。

「ごめんなさい」

 膝を抱えて聞こえないくらいの声で靖二は言った。

「ほら涼ちゃんも」

 頭をポリポリ掻くと 

「っくそ!言い過ぎた!でも、おめぇもわりぃんだからな」

「もうーしょうがないわね」

 リコはあきれて涼の頭をこつんと叩いた。

「靖二君これで許してあげてね。涼ちゃんの精一杯のごめんなさいだから」

 靖二は一生懸命首を振ると、目の前にあるピアノに近寄った。椅子に座り指を置きポーンと鍵盤がなった。

 皆の目が靖二に注がれる‥‥‥

「全然練習してないからあんまりうまくないけどいいかな‥‥‥」

「いいに決まってんだろ!俺が弾いたら騒音苦情きちまうだろ」

 涼が顔をくちゃくちゃにして吠えた。

「違いない!」

「被害被害きちゃうきちゃう」

「はは‥‥‥そうだね」

 悠は飾ってあったローズマリーで花冠を編み靖二の頭に戴せた。

『あなたは私を蘇らせる』『静かな力強さ』って意味もローズマリーにはあるんだよ。悠は静かに言った。

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