第9話 クレマチスの庭⑤最高のシチュー
涼は椅子を靖二の近くに持っていき、背もたれを抱きかかえるように座ると
「クリスマスっぽい奴にしねー?おめーのミニリサイタルだ」
「メドレーにしようよ」
俺は音程の外れたピアノのキーを変えながら、外れた調子も気にせず弾きつづけた。
コニーやミンクはかわいいダンスを踊ってくれて、涼と悠は俺のピアノに合わせ歌を歌ってくれた。
こんなに楽しかったことはない。靖二は夜が更けるまでピアノを弾いていた。
エマの誕生日はとんだ喧嘩になっちまったが俺はあいつと一つだけ約束した。
むやみやたらに『どうせ俺なんて』って言わない。
あいつは口癖だからな‥‥と言っていたが‥まあ努力はするよと言ってくれた。
朝起きると、もう涼と悠はいなくて、俺は涼が作って於いてくれたというシチューとパンを食べた。
中には人参とジャガイモ、ほんの少しのチキンが入った薄い牛乳のシチュー。『昨日は豪華な食卓だったけれど、いつもはこんな質素な食事なのよ。飲み物もただの水道水。おいしくないでしょう、お口に合わなかったらごめんなさい』とエマは言っていたけれど、俺には最高のシチューと水だった。
母さんの部屋に一枚だけあった母さんが描いた親子の人物画。俺の心を占めていたあいつに会いたくて、わざとはぐれたふりをした俺は、奇跡の二日間を手に入れた。
俺は羽柴靖二だ。日本でも有数の財閥の嫡男。いつか羽柴のために生きるようになるかもしれない。誰かのために羽柴を捨てるかもしれない。あの人の最愛の人が羽柴のために消えたように、俺にも選択しなきゃいけない日がきっと来るのだろう。
あわよくばその時横に、口の悪いこの男がいたら良いのにと‥靖二は願わずにはいられなかった。
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