第21話 女神の再来②思い出の TOROPPO TEMPO

エンダーはすかさずソファーのムッシュ三枝の横をあけた。当たり前のように彼らはそこに座り、サンペレグリノを飲んだ。

 

「ヴァイオリンとハーブで競演とかできるのか?」

「アンドリュー、君ちょっとだまっててくれないか」

 ビアンカは二人の掛け合いを見ながら、シュンとなっているアンドリューに助け船をだした。

「バイオリンとハープはどちらも弦楽器なんだけどね、ハープは音域が広くてピアノやチェンバロのように伴奏的な役割を果たすことも可能なのよ。その一方で独特の音色と倍音成分でアンサンブルのハーモニーの美しさを実現することもできるの」

「よく解らないけどつまり競演は出来るんだね」

「そうよ」

 あまり解っていないアンドリューをあやすように話す。母性愛の塊のようなこの人はヴィンセントの奥方だ。

 ホール中央にたった二人の男達は、右手を胸の前にかかげ客席に綺麗なお辞儀をした。

 目の前に居るのがあの雨宮朱璃の忘れ形見だと知る人物は、店内でもほんの一握りで、それどころか今の若者は、あの稀代のハープ奏者……雨宮朱璃……を知らない者も多い。

 それでも今日たまたまこのメインダイニングに食事に来ていた、六十もゆうに回った初老の紳士や淑女達には、奇跡のような出会いだった。

 中には朱璃のラストステージを野外音楽堂で聞いた者もいた。感極まったその紳士の目からは涙が流れていた。

「ムッシュ、思い出の曲ありますか?リクエストお受けいたしますよ」

 悠が母親の声色を真似て話しかけると

「いいのかね?」

 その紳士の目は大きく見開かれた。


「勿論。ただ私に弾けるものでしたらいいのですが…」

 悠ははにかむ様に笑った。


「あら私だってお願いしたいわ」

「それなら自分だって、何曲君たちは弾いてくれるのだ?」

 俺達は顔を見合せ、亡き人物におもいを馳せた。




 母さん、貴女の事を覚えている人はこんなにもいますよ。


 マダムジュリエッタ、僕は悠と一緒に競演します。貴女のハープへの思いは悠がしっかり受け継いでいますから。




「レストランの閉店まで……あと二時間ですね。できる限り弾きたいと思っています」

「では最初の一曲は私からで良いかい?」

 先程の紳士が願い出た。


 リクエストは

【シシリエンヌ】

 母さんがラストステージの野外音楽堂でアンコールに弾いた曲だ。


 歌劇【タイス】から瞑想曲

 フォーレの子守唄

 グリーンスリーブス

 と名曲が次々にあがり

「喜んで」

 二人は綺麗な音楽を奏でた。

 まるで音楽が生き物みたいに空を飛び回り、オーロラのカーテンが降りてくるのを見るような、荘厳な美しさがそこにはあった。



 演奏もラスト一曲になった。

 シーンと静まり返ったフロアーには、ヴィンセントの足音だけが鳴り響く。

 

「最後のリクエストは‥‥僕がしてもいいかい?女神との思い出の曲を、僕は一緒に歌いたい」

 カンツォーネを得意とするヴィンセント。

 

 仲間思いで優しい男。


 彼の口から出た歌は‥‥‥

 三大プリマドンナの一人

 ミルバ


 母さんが小さな頃良く口ずさんでいた歌……

「愛遥かに  DA TOROPPO TEMPO 」

 だった。

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