第22話 運命の瞬間①

 幸せの思い出の夜から既に二日が過ぎた。

 チュンチュンと囀ずる鳥達は空を自由に飛び回り、彼らは渾身の一皿を提供するために、指の爪の先まで神経を張り巡らせた。

 ゾクゾクする高揚感に身を置く彼らは何の音楽もないこの会場で、呼吸とパートナーとの会話に耳を傾ける。


 番号順に料理を持っていく。

 人間の胃袋なんか限りがあるし、いくら全部食べないとはいえ、番号すら運を握っていると思わずにはいられない。


 どのシェフたちも最高の仕事をし、渾身の一皿に神経を注いだ。

 

 運命の瞬間だ。


 香り、見た目、誰がみてもアランの一皿が頭一つ抜けていた。

 作った本人達は実力の序列がわかるのだろう。ヴィンセントも唇を噛み悔しそうにしている。最高と最高の戦いはほんの小さな歪みが雌雄を決する。

 羽柴幸一の総評はかなりヴィンセントに有利なコメントにも見受けられたが、ペアの能力差がどうしても否めない。

 ラファエルは超一流なんだろう。そしてアランの料理をアラン以上に高めるのはやはり、この男しかいない。ワインの選び方、温度、抜栓のタイミング、デキャンタージュの空気の触れかた。グラスの選び方、ワインを知りつくし愛しているものの所作だ。



 ただどうしても一つ解せないのは、ムッシュ三枝の料理だ。

 蓋を開けてみれば二強の戦い。誰もがそう思った。そうアラン達でさえ……しかし本来三強の三つ巴だ、なにか仕掛けでもあるのか。

 あの羽柴幸一をもってしても理解の範疇をこえる。

「全員の試食が終わりました」

 ざわさわとざわめき立つ会場で三強は静かに時をまった。

「まず最初に今回のルールについて再度確認いたします」

 羽柴家の秘書である佐伯が話し始めた。


「まず、題目は二つありました」

「つまり審査の対象がちがったのです」

 会場はどよめき立つ。

「お静かに願います」

 メガネの端をクイっと指の腹で上げる。まるでロッテンマイヤー夫人だ。

 ピリピリした空気が会場を包み込む。リストランテアッローロの二人を除き……


「お題目の一つ目、それは【審査員が今まで食べたなかで一番美味しかった思い出のシチューと飲み物】


 これは審査員の一存です。なので顔は非公開でした。つまりあなた方が作ったうちの一皿が別室にいったのです。

 彼にとっての一皿を探す事が目的。いや一皿をではないのかもしれません。彼にとっての唯一無二の人が彼を覚えているか。これは賭けでした」

 ざわめきが最高潮だ。確かに何をいわれているのか解らない…。おつむの弱いアンドリューだけでなく、会場でみている頭脳コンピューター東雲泰河でさえ訳が解らない。彼を覚えているか?

 誰が誰を?いつ…?みんなの疑問には答えずルールは読み上げられていく。



「そして、お題目二つ目、最高のシチューとそれに合わせた飲み物」

 これは今皆様の前にいる審査員達がそれぞれ10点の持ち点のうち点数をつけ、合計得点で競うものです。顔が非公開のものも勿論題目の二つ目として持ち点はお持ちです。


 参加条件・プロであること・過去の祭典での資格剥奪等の有無は問わない

 先に題目二つ目から優勝者の発表をさせていただきます。

「佐伯、発表より前に、質問や意見を先に投げ掛けて貰ってはいかがかな?納得していない顔がゴロゴロしているよ」

 羽柴幸一の鶴の一声で質問が可能になった。

「質問をうけるとはどちらがどちらへですか?」

 口火をきったのはラファエルだ。

 

「誰から誰でもかまわんぞ!」

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