第23話運命の瞬間②

「誰から誰でもかまわんぞ!」

 なら、とラファエルは口をは開いた。

「なあムッシュ三枝、お前が作ったあのでき損ないのシチューはなんだ?」

 三枝は不可解な顔をして、真面目な物言いをした

「でき損ないとは随分な言いぐさだな。最高のものを作ったつもりだ」

 と笑った。

 しかしラファエルは黙っていない

「最高?薄めた牛乳に、肉とは言えないようなチキンの数、ニンジンと少しの芋しか入ってないような、フォンもとっつてない、玉ねぎの甘味すら引き出していないシチュー。俺達をバカにしてるのか?」

 口調はきつくなっていく。

「ばかに?まさか」

 三枝は動じない……

「ふざけるなよ。アランがどれだけ本気だったと思う!ここに居る仲間がどれだけお前を待っていたと思ってる。悠も悠だ!水ってなんだよ。あんなシチューだから水にしたのか?しかも水道水じゃねーか!飲めるわけねーだろ……お前ならどうにか出来ただろ!」

 見るにみかねてビアンカが声をかける。

「ちょっと待って。ラファエル。私達……皆わかっていないのでは無くて?」

「ビアンカ?なにをだ?流石に俺もショックなんだが……」

「ヴィニー。多分根本が違うのよ」

「根本……?」

 わからないと首を振り、ラファエルは悔しそうに目に涙を浮かべた。

「見返してやるはずだったんだ!アマルフィの評議委員会のやつらを……三枝涼ってやつはすげえんだって、そりゃ俺だって涼に負ける気はねえけどよ、こんなん戦ってもいねえじゃねーか!」

「ラフ、それは違うよ。俺達は戦った。俺達の記憶とね」

 悠は笑った。

「悠何を言ってんだよ。記憶と戦う?意味がわからない……」

「ビアンカは気がついたんじゃないのかい?」

 悠の二コリとほほ笑む天使の微笑みに


「今回は二つのお題は遠く離れてはいないと‥‥‥私も含め、多分皆さん思っていたのよ。なんとなくそう思ってしまっていたっていうのかしら。でも実は全く違ったの」

「わかってきた気がする」

 エンダーがアンドリューから飲み物を奪い取り、カラッカラの喉を潤しながら掠れた声で言った。

「そうか、ムッシュ三枝と悠は別次元にいたってことなんだね」

 みんなの注目を浴びながら

「俺達はお題目のままに作ったまでさ。悠が水をしかも水道水を出したのも、賭けをしたからだ。二つ目のお題目を捨ててな!さっき羽柴の秘書が言っていただろう」

「ん?ビアンカどういう意味だ」

「つまりね、あの奥の部屋の人物はこの本選に残った二十人の中に、特別な思い入れのある人がいたってことよ。

 会いたい人が自分を覚えていてくれているかの賭けだった。そして出来ればその人を救いたい。


さっきあそこの彼が言っていたじゃない。

「彼にとっての一皿を探す事が目的。いや一皿をではないのかもしれません。彼にとっての唯一無二の人が彼を覚えているか。これは賭けでしたって」

「そんなの会いたかったって言えば済む事

「それが出来れば苦労はしないわ。好きだから一緒にいられる。そんな単純な話ではないでしょう」

 みんながビアンカに注目している。

「そして覚えていて貰えなかったのなら‥‥‥お題目の一つ目は該当者無しになったのではないかしら」

「顔をさらさずにか?」

「恐らくね。人生を賭けたのよ。思い出に」

「思い出の味ってやつにか?ただの記憶に?」

C’est dingueありえない!

最初に叫んだのはラファエルだった。



アランは何かを思い出していた。

「そう。豪華な一品だと私達は思い込んでいたわね。この賭けは奥のお部屋の人の勝ちではないかしら。おそらく……思い出してもらえたのだから」


「優勝者の発表宜しいでしょうか」

 佐伯が声をかける。


 繰り広げられていた会話は鳴りを潜め、辺りはシーンと静まりかえって、静寂が支配した。

「二つ目のお題目、優勝者は

 アラン・ロペス、

 ラファエル・フォーレ

 リストランテ・ワルキューレ」

「トレビアン!」

 ラファエルがアランに祝福のキスを送った。

「いやシチューの出来は正直ヴィニーと五分五分だったと思う。きみが居なければありえない勝利だ。ラフ」

 アランがラフの濡れた頬にキスをする。

 皆の祝福の拍手をうけて、高々と掲げられるその手は、喜びで震えたラファエルの手を包み込む、アランの優しさに満ちたものだった。


「おめでとう!」

 羽柴が優勝者に労いの言葉をかける。


「確かにアラン・ロペス氏のおっしゃった通り料理の採点はほぼ互角でした。ヴィンセント・フォン・フリート氏の玉ねぎのシチューは、優しい甘味と深いこくに包まれ……極上のバターを隠し味にまさにゴッホの絵画を想像させる最高の出来でした。

 勝敗を分けたのはラファエル・フォーレ氏のグラスを置く位置。リストランテ・ワルキューレがサーブをした順番は早かった。まだ太陽は登りきらず、うっすらと日の陰る室内。あの料理に負けない為にはワインの温度を少しあげる必要があった。それは見事なデキャンタージュでした。空気に触れさせ花開かせるテクニックは最上級、ただここまでは超一流のカメリエーレなら出来て当たり前。特筆すべきは料理をサーブされる前、水をもう一つのグラスに入れに来た際に見せた、彼の心憎い計らい。

 ワインを注ぐグラスを日が当たる位置に動かしグラス自体を温める。

 通常なら絶対にやらないその行為を、あえてしたフォーレ氏の、アラン・ロペス氏への愛情が……今回の勝敗の鍵でした。」


 トロフィーと、目録が渡された。



 そして注目のお題目一つ目

「お題目一つ目の優勝……」は…

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