第19話羽柴戦開幕2日前 浮気の代償
僕は久しぶりの温かい手がうれしくて泣きそうなのをぐっと我慢した。
「おい!エンダー、エンダーってば!」
アンドリューがなんか言ってる?
アンドリューとしては置いてきぼり感が半端無い。なんとなく推測するにこれはもはや一択か?
「ムッシュ三枝?」
「ん?そうだが、君はエンダーのパートナーかい?」
やはりビンゴだ!
「はい!」
俺は右手を差し出した。とたんエンダーにその手を叩かれる……
「いてーだろ」
「痛くない!突然握手とかおそれ多いよ。ばかじゃないのか?」
エンダーがいうとムッシュ三枝は叩かれた俺の手をとり
「構わんよ」
と握手してくれた。神様が握手してくれたくらいの奇跡感だ。
「洗うのやめようかな」
「馬鹿なこと言ってないで洗えよ!キタネーナ」
エンダーは中央をみていった。
「悠、あれ」
「ああ、母さんのだ」
「懐かしいよ」
「立ち話もなんだし、奥にこいよ」
ムッシュが奥を指差す。僕は恐れ多くて首を振るとアンドリューがすかさず
「良いんですか?」
「面の皮あつすぎなんだよ。僕の心臓を止める気か!」
悠はクスクスわらって
「まあまあ良いじゃないかエンダー。俺だってお前と話したいこと沢山あるんだ」
悠に促されて、僕達は禁断の園へ足を踏み入れた。
【禁断の園】
「じゃあ改めましてだね。いつからここに?」
「予選の三日前からかな」
エンダーは落ち着いてきた心臓のあたりを擦りながらじっと三枝達を見る。
「本選に進んだのは知っていたよ。いつか会えると思っていたさ」
悠が優しい声色で答えると、エンダーは目頭を押さえて小刻みに震えてる。見ていてくれた。胸がじんわりと熱くなる。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
邪魔をしないように、静かにカメリエーレがきくと
「乾杯といきたいが残念ながら本番までは酒はたっているのでな、サンペレグリーノを人数分くれるかい?」
祝杯をあげるときは、意識がとぶまで飲む三枝でさえ本番モードは勿論一滴も飲まない。
「お連れ様がいらっしゃいました」
案内されて入ってきた顔をみて、流石に自分達は場違いなんじゃないかと、アンドリューは二歩程あとずさった。
「おやおやエンダー坊やじゃないか」
「僕が坊やなら、ラファエルはもっと坊やですよ。向こうの方が一つしたなのですが?」
「見た目と中身の問題だろ。落ち着きとかね。君は相変わらず少年くささが抜けないしな」
エンダーが普通にしゃべっているのは三強の一人……
リストランテ、ワルキューレのグランドシェフ、アランだ。
隣で静かに口元をゆがませながら立っている色男は、ラファエルと言ってワルキューレの名物カメリエーレ。
そしてアランの恋人兼ビジネス上のパートナー。
通称 氷のエンジェル。
男相手にすごい名前を付けたやつもいたものだ。
ラファエルは銀色に青でさし色がメッシュのように入っている長髪を、いつもゆったりと片側一本の三つ編みににしている。
華奢な手首にはめられているブライトリングのクロノマットはベルトが特殊で、高い装着感がお気に入りなのか、アランの浮気の代償に、ついこの間買わせたものだ。
「久しぶりだね。ラフ」
悠とラファエルが揃うと絶世の美女もたじたじだ。
腕時計を付けた手をヒラヒラ振るラファエルに悠が食いついた。アランを見ると容赦のない一言が飛ぶ。
「うっわ、貴方よく捨てられなかったね。一回位捨てられたらいいのにね」
悠は馬鹿にするような呆れた声でアランを見ていった。
ラファエルが口をはさんだ。
「まさか!勿論捨ててやる気でしたよ。でも、185㎝もある、いい年のおっさんがみっともなくビービー泣くんですよ。俺も目の前でこの顔に泣かれるとちょっと弱いもんで、ただ‥‥‥さすがに浮気も二桁となるとね」
皆は耳を疑って止まっている。『二桁って言ったか?』
息をするのも慎重になり、誰かが何かを言うのを押し付けあっているかのようだ。
勿論最初に突っ込んだのはエンダーだ。
「バカですか?いやバカですよね!正真正銘の。こんな極上品……豚に真珠だろ」
頭が沸いているとしか思えない。サンペレグリノでも掛けたら少しは冷えるんだろうかと、手にした水の瓶の中身を本当にかけてやろうかと思った。
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