第4話 拾った捨て猫

「健やかなるときも、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰めあい、ともに助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい。誓います」


 結婚式と言うものはいつ見ても感慨深いものがある。

とくにここで結婚式を挙げよう‥なんて、相当ハイスペックだ。

 しかも観光シーズンならいざ知らず今は真冬。アマルフィは言う程寒くないものの‥やはりわざわざこの時期となると、花嫁たちの考え方や信念も相当かっこいい。

 しかも今日の花はすごいセンスが良いし、今まさに中で誓い合う彼らを、この後我々が給仕するなんて最高だ。とただの黒子に徹する気が満々だったのだが‥‥‥



 今俺は『サンタ・トロフィメナ教会』にいる。

 アマルフィ海岸の中央付近に位置し8世紀初頭に建てられたこの教会は、街の守護聖人 聖トロフィメナを奉る歴史ある教会だ。

 高い天井に響くパイプオルガンの音色は荘厳で華麗な結婚式にぴったりで鳥肌がたつとはこの事かと思うほどの感動がある。

 マーメイドドレスを着た花嫁は、花婿のまつ場所までヴァージンロードをゆったりと歩き始め・・俺はその歩幅にあわせ‥何故かハープを弾いていた。


「悠君がハープを弾けるなんて知らなかったよ」

 そんな事を言われた俺は曖昧に笑うしかなくてそもそもなんでこうなった?


 そうたさだ!今日はハープ奏者の体調不良で朝からバタバタして、泣きそうな花嫁をみたら、つい

「俺が弾きましょうか?」と言っていたんだった。


「君のハープはかつて一緒に弾いていた仲間を思い出すよ」

 おれの隣でバイオリン片手に静かに話す男性はどうやらスペイン人のようで、いろんな場所で結婚式に参加をしているらしい。

「音色が似ているのでしょうか‥」

俺は聞きたいような、聞きたくないような…どっちともつかない表情でポーカーフェイスを貫いた。


 俺は普段は楽器は弾かない。母さんについて演奏しながら回っていた頃に母さんから教えてもらった。

 音楽家だった母さんのハープをおもちゃ代わりに弾いて自然に覚えたものだ。

「その人の事をラピスと我々は呼んでいてね。誰にも真似できないような透明感のあるハープ奏者だったよ」

「ラピス?」

 聞いたことがある。その呼び名‥

「君と同じ日本人で、日本人女性にしては背が高かったんだよ。ハープ奏者にとって喉から手が出るほどの長い腕を持ち、それだけでも一つの才能だ」

「‥‥‥」

「控えめで芯のあるその人は なぜかいつも寂しそうに笑っていてね。あの当時、彼女の演奏する舞台はプレミアがつくほどのチケットだったんだよ」

「その方は?」

「何年か前にお亡くなりになった‥‥‥」


「やはり‥」

 やはり?俺の一言が気になったのか

「君名前は?」

 そう聞かれたが‥新婦が挨拶に来たのをきっかけに、俺は笑ってその場を後にした。

 



 

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