セフレのつもりでいたくせに ・ イケメンシェフ✖️御曹司✖️断崖のクールガイ

@ciesca

第1話プロローグ2030アマルフィ

 


 ここはイタリアのカンパニア州サレルノ県にある人口五千百人の世界有数のリゾート地。

 【アマルフィ】

 かの有名な海沿いの断崖に、カラフルな建物が重なるように立ち並ぶ世界遺産は、今でこそ人が賑わうもののそれでもローマなどに比べたら、ゆったり過ごせるのが特徴だ。

 アマルフィからバスで三十分、丘を登った高台にある町は、かつてワーグナーをはじめとして、数々の芸術家たちを魅了した。

 眺望が素晴らしいヴィラ・ルーフォロでは、真夏の期間限定で野外コンサートが繰り広げられ、かつては唯一の日本人女性ハープ奏者もこのアマルフィの野外コンサートで素敵な音色を奏でていた。

 十年前まではコンサート時期に合わせ、世界最大級の料理の祭典も行なわれていた。

 ホテルのバーでは自家製リモンチェッロも飲めるほどレモンは有名な特産物で、レモンを使ったレシピはこの地域では無くてはならないものだった。

 そして、アマルフィ海岸の美観を見渡すその町は、クラシックホテルに滞在するお客さまに、ひと時の幸せを提供することとなる。


 その町の片隅にはいつもきれいなピアノの音が鳴り響く小さな一軒家のレストランがあった。オーナーシェフは三枝涼(さえぐさ りょう)。三十九歳。天才的な腕を持つ世界で三本の指に入る料理人の一人だ。




時はさかのぼり十年前。

「ムッシュ、なぜ出ないのですか」

納得がいかず、食い下がる僕に、ムッシューは、「孤児院出身では出ても意味がないからだ」と笑って言った。諦めともとれるその言葉に、僕はムスッと口をつぐんだ。

 ムッシュのアマルフィの祭典に出る資格は二年前のあの日剝奪された。いや強奪された…といったほうがいいのかもしれない。

そうだ。あんな残酷なことがあって、それでも俺は、アマルフィの祭典に出てムッシュに包丁を握れと言えるんだろうか。

僕はムッシュの何がわかっているのだろう。あの人の悲しみ、絶望…そして枯渇。

あの人は誰かに裏切られていいようなそんな人じゃなかったんだ。

僕、東雲 泰河しののめ たいがが初めてあったのはまだ19歳のときだった。その時まだムッシュは25歳にかかったばかりで、重鎮が幅を利かせているこの世界で三枝 涼と言う若き天才は、包丁の魔術師の名を欲しいままにしてた。

ドゥオモ階段をのぼりながら美味しそうにモレッティを飲む三枝は、何をしていてもカッコいいけれど

でも一番カッコいいのは、やはりコックコートを着てネッカチーフしてる時だ。あの黒のコックコートはムッシュを最高にカッコ良く見せてくれる。ムッシュは俺にとってかけがえのない師匠なんだ。

 


 泰河はなぜか俺が出ないのが気に食わないらしい。

「俺はもうこの祭典にはでない。孤児院の仲間を馬鹿にされるのも我慢がならねー」

「でも‥エマ達だってみんながムッシュの復活を待っています。ミンクなんか学校で馬鹿にされてもムッシュを信じています。彼らが本当に笑えるようになるにはムッシュじゃなければだめなんです」

「俺一人では何も出来んよ」

「ムッシュなら出来ない事なんかないです!」

「しつこいぞ。アマルフィの祭典には出ない。決めた事だ」

 涼はモレッティを煽りながら階段を登りづけた。

「包丁の魔術師はどこに行ったんですか‥」

「うるせー奴だな!アマルフィの祭典には出ない。でも何もしないわけじゃねー。泰河、まあ見てなって」

 ムッシュ‥‥‥?



 不思議そうな顔をして俺を見つめる泰河はこの道では新進気鋭のコックだ。今は俺と一緒に店を切り盛りする仲間の一人だが、奴の斬新さ、丁寧さは、同世代の人間とは一線を画している。

 甘いマスクに七か国語を操る天才的頭脳、人見知りであまり打ち解けないのが玉に傷だが、料理というのは化学だと自負している俺としては、泰河の持つ五手先を読むカメリエーレ時代に培われた才能は、コックになってもいかんなく発揮されていると思っている。

 ほかの師匠のところに行けばいいのにと言っても、決して首を縦に振ろうとはしない、こいつは本物の馬鹿だ。

 どうやら俺と心中するつもりらしい。


 まぁ‥‥‥好きにすれば良いさ。俺達はプロだ!

 自分の腕で飯を食う。

 他人に対する敵対心も仲間に対する情もない。敵は昨日までの自分。

 ただ旨いか不味いか。

 かっこいいか かっこ悪いか。

 会いたい!食いたい!と思わせられるか。

 俺たちはそんな世界を生きているんだ。

 泰河がこの世界に足を踏み入れたのは十九の時だった。遅いスタートを切った泰河は、当時こそ人見知りで、やっていけるのかと心配したものの‥‥‥今ではイタリア随一のファニーフェイスと異名をとる迄になった。

 うちの店は顔面偏差値が異様に高い。


 表向きは物腰も柔らかで、伊達メガネの似合う雨宮 悠あめみや ゆう。彼にサーブされるワインは何倍もの味に変わるという。


 バリスタとしても一流の東雲 泰河しののめ たいが。コーヒーだけ飲みに来るお客様は相変わらず一定数いる。


 メインを飾るのは尾てい骨直下の甘い声。コックコートの上からでもわかる隆起した筋肉。狙った獲物は逃がさない三枝 涼さえぐさ りょう


 俺たちは自分たちだけで出来るちょっと小ぶりの箱を見つけた。




 俺は二十歳の頃にはこの世界の片隅に籍を置き、その二年後にはイタリア料理のトップに君臨していた。上空を滑空する速さは猛禽類のようだとあがめられ恐れられた。


 ムッシュ三枝の作るジェラートとイタリアンスイーツ・料理が王室御用達に認定された。

「ムッシュ三枝!吉報です」

「なにー?」

「イタリア王室御用達に認定されました」

 バタバタ走りよる泰河に

「店内を走るなといつも言ってんだろーがよ」

「ムッシュも言葉遣いに気をつけて下さいといつも言ってます」

「うるせーな!小姑か」

 みんなでどんちゃん騒ぎをし、悠は町中の花屋から沈丁花を買い集め俺たちがルームシェアをしている部屋や孤児院は甘美な匂いに包まれた。花言葉は『栄光・不滅』

 三枝 涼二十五歳の時だった。




 二年前迄アマルフィの祭典で圧倒的な力を持っていた俺は、うまいものを作るのに想像と努力・才能以外のものがあるなんて知らなかった。

 自分を陥れるものがまさか権力だとは思いもしなかったんだ。


 それは二十七の時の祭典での事だ。その時の条件はペアでの参加。

 長年ムッシュと組んでいた男が祭典当日金持ちの男に鞍替えした。しかもその時のルセットを持って、ペアの発表は当日ってルールだったからこの裏切りは最初から仕組まれていたんだろう。

 祭典評議委員会に多額の寄付をしていた男は金にものを言わせあたかもムッシュがルセットを模倣したかのようにでっち上げた。

 

 孤児院出身の金に目がくらんだ犯行みたいに言われ、違うと判っている審査員も世界的大富豪サティスルー家には逆らえず、ムッシュは失格となった。幸いなのは過去すべてのムッシュ三枝の資格抹消という非道な行いに出ていたサティスルー家は、アマルフィだけでなくイタリア全土からの国民の署名運動には屈せざるを得ず、失格処分は今回のみという寛大な処置に至った。

「寛大?何が寛大だよ!」

 悠は怒りが収まらず珍しく声を上げて泣いていた。

「孤児院出身なんて皆が知っていたはずなのに。あいつがそんな卑劣な事なんかしないって皆分かっていたはずなのに!」

「金ってなんなんだよ」

 エマは黙ってシチューを作ってくれた。

 俺たちの原点・幸せの味。


その夜空を見上げる悠のもとへ涼は近寄り

「ごめん」

 と言った。

「何で謝るの?」

 悠は空を見上げたまま睨みつけていった。

「俺が嵌められたのは、サティスルー家に仕えないかと言われたのを、断ったせいでの報復だろう?俺のせいでお前まで首になった」

「お前のせいじゃねーよ。俺に力が足らなかっただけだ。また一から積みなおせばいいだろ」

「‥‥‥」

「よく考えてみろよ。こんな孤児院出身の若造二人に金かけて潰しに来るなんて俺達すごいと思わないか?一応これでも俺にだって『アマルフィ断崖のクールガイ』って異名もあるんでね」

 涼はっはっと笑い

「悠‥‥‥かっけーわ」

 と言った。

「今更気が付いたの?おふくろ似なんだよ。芯の強さは筋金入りさ。さっ食べようぜ。シチュー」


 エマは言った。

「何度でものし上がればいいわ。どん底を知っているものは強いのよ。私達は大丈夫ですよ。ミンクなんか闘志むき出しにしちゃって建築家になるんだって頑張ってるわよ」

 断崖の町アマルフィ

 俺たちの故郷

 何度でものし上がってやる。

 権力なんかには負けねー。


 俺達はそこからまた不死鳥のように甦り、一から自分達の店を作っていった。

店の名は【ALLORO】月桂樹という意味だ。

  花言葉は『勝利』『栄光』

「俺たちにぴったりじゃねーか」

 客席から見える中庭にはライラックの木が植えられ、自分の店を持ったら絶対にピアノを置きたかったという悠は、これが希望だと、フロアのど真ん中にピアノを置いた。

「お前ハープとバイオリン以外にピアノも弾けんの?」

「いや」

「ならいらねーだろ。あそこにお前の十八番のハープおかねーか?あと真ん中にはシンボルツリーの月桂樹を植えようぜ?」

「それぞれわがままは二つだけ。あとは話し合い。俺のわがままはライラックとピアノだ」

 涼は盛大な舌打ちをしたが、俄然無視を決め込む悠に根負けし

「わーったよ」

 と言った。

 料理の中身はほぼ俺の一存。まっこれも最大級のわがままだからお互い様か‥‥‥

 南イタリア独特の暖かな気候と海沿いならではの魚介を生かした料理。

 たくさんの種類のパスタを用意し日替わりで生パスタも打っていく。

 煮込みが十八番の涼は多種多様の煮込み料理をメニューにのせ

 一緒にやると聞かなかった泰河は、師匠から受け継いだパスタにアレンジを加え、自身の最高傑作となった、レモンを練りこんだ生パスタをメニューに載せてもらった。







「そろそろ頃合いか!」


モレッティはイタリアならではのビール、この階段を登りながら飲むビールは最高にうまい。

「ゼッポリーニがあるぞ。食うか?」

「何?」

「あおさのりを混ぜ混んだナポリの揚げパンみたいなものだ」

「ムッシュ…そんなことはしってます!僕料理人ですよ。だれがゼッポリーニの中身を聞いたんです!バカですか?そうじゃなくて」

 バカにされたと思ったか、流されたと感じたか、ふてくされるとあいつは途端に子供だ。

 普段は控えめで俺と歩いていると消えてしまいそうな儚げな美少年なんだが、まあ喋らすと辛辣この上ない。悠の小型バンみたいだ。


 頭がいいからか、会話のレスポンスが早く言葉選びは的確でしかも、突っ込みも早い。

「頃合いって何が?」

 イライラしているようだ。珍しい…

「半年後、ここでやる日本の金持ちが主催の世界タイトルをかけた料理の祭典がある。それに出る!アマルフィの祭典での今年の優勝者も勿論出てくるだろう」

「ムッシュ!」

 泰河はもっていた炭酸水を落とし、あわてて拾うとシュワシュワ吹いてる飲み口を服から離した。大輪の花が咲いたような笑顔を見せたかと思えば、とたんに迷子の子供のような不安な表情をさらす。

「その世界タイトルの戦いは、前みたいに参加すら拒否されるとかはないんですよね」

「ないさ。参加条件にわざわざ書いてあんよ!過去の祭典の資格剥奪の有無は問わないだとよ。待ってます!って言われてるようなもんだせ。今回はサービスマンもセットだ」

 は?いっている意味がわかりかねる。

「どうゆうことですか?」

お題は?料理じゃないのか?



「題目は審査員が今まで食べた中で一番美味しいと思った思い出のシチューと飲みだよ」

「なにそれ、審査員が?今までで一番美味しい?つまり食べた中でって意味?」

「厳密に解釈するならば」

泰河は黙ってきいている。

「審査員のうちどうやらメインの審査員は顔は非公開らしいぞ」

「無茶だ」

 該当者なしの場合には一番美味しかった者に賞金は与えられるようだ

「ムッシュは何をつくるんですか?」


「題目通りだ」

「俺にとっての一番おいしい思い出のシチューとそれに合う飲み物さ」

 世界各国から腕利きのシェフが来るなら素材も最高の逸品がならぶはずだ。少しでも時間は惜しいはずなのに全く焦るそぶりもない。

 ムッシュ三枝はあくびをしながらのんびりとピッツァやピーカンナッツパイで小腹を満たしている。しかも片手にエスプレッソをダブルで飲み始める始末だ。


 変わり者の脳みそなんか、考えるだけ無駄だ。俺の高性能な脳みその理解を超える。

 俺もピーカンナッツパイを頬張った。


 

 でも‥‥‥大切なムッシュがもう一度チャンスをつかむ気になってくれたなら‥‥‥もうただそれだけでいい!どんな大金持ちの道楽かは知らないが感謝するよ。


「飲み物はどうするんですか?」

「そんなことは悠に聞け。俺には関係ない。あいつの仕事だ」

「相変わらずですね。お互い信頼しているからこその口の悪さですけど、端から見たらただの意地悪‥」

 俺は呆れながらもムッシュの横顔をちらりと見る。青い空をバックにひかるムッシュの目と、わずかに引きあがった口元は、獲物を狙う捕食者のそれだった‥。


【優勝賞金五千万・副賞極秘扱い】


「勝ちに行くさ。てっぺんは、俺たちがいただく!そして今一度アマルフィの評議委員会をひざまずかせてやる!」


「あの時権力に膝まずいた事を後悔するがいい。料理の世界で強いのは金を持ってる奴じゃねー。強いのは……才能に胡座をかかず努力しつづけたやつだ!」



涼と悠・俺たちの狼煙が上がった。







 

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