第2話 二人の出会い、19year's ago


「涼君!同い年のお友達よ。今日からここで一緒に住むわ。わからないことは面倒見てあげてね」

エマのでっかい声が孤児院中に響いているようで、涼は思わず耳を防いだ。

「ほらほらベッドから降りてきて」

仕方がなく寝ていたベッドから起きると三段目のベッドから飛び降りた。

「床に穴が空いてしまうわ。あいたらビックリするからやめて頂戴」

「んな簡単に穴なんか空かねーよ!」

「まっ、そういうの、減らず口って言うのよ」

「口は減ったりしねーし」

腹を叩いて笑ってる。エマって大概スゲーわ。


さてさて元はと言えばコイツ!

エマの後ろに隠れてるホッセーやつ!

でも足はなげーし細身で首も長いし、まだ150センチ位で俺より小せーけど、俺と同じで足がでかい!こいつでかくなるわ

「おい!」

無口君かよ。

「おい!俺は三枝 涼さえぐさ りょうお前は?」

きょとんとしてこちらを見ている。

「名前だよ!お前の名前!なんて名前かって聞いてんだよ!」

雨宮 悠あめみや ゆう

「あめみや?」

「風とか雨とかの雨にお宮の宮、ゆうは悠々自適の悠」

説明が冷静なんですけど…

「君は?さえぐさ君?だよね。どんな字を書くの?」

「こんなやつ」

俺はその辺の紙に書いて見せた。だって説明とか苦手なんだよね。なんていうの?体で覚えるタイプってやつだ。

口は悪いし、うまく説明できねー。

「漢数字の三に木の枝の枝に涼しいって字のりょう、か。わざわざ、書かなくても」

「うっせーよ。漢字苦手なんだよ」


「涼って呼んでも良い?おれも悠でいいからさ」

「下の名前?」

ピリッとした空気を感じた雨宮は、様子を伺うように辺りを観察している。

狼のメスみたい…。体の大きさはオオカミの雌みたいに大きくはねぇけど‥一夫一婦制の狼みたいに強いオスを探す力にたけてる感じ。

 狼の上下関係を瞬時に察知する能力、確かにここは俺の縄張りだからな。しかし弱みを見せない雨宮に俺は気持ちいい何かを感じた。

 こういう奴って一緒にいて気分がいい!

「いいぜ。悠っつったよな。荷物片づけるの手伝ってやんよ!」

 玄関まで荷物を取りに行こうとする俺の手を掴むと

「これだけだよ。ほんとに大切なものしか持たない主義なんだ」

 俺も不要なもんは持たない主義だけど‥かなり徹底してる感じがする。片づけていたら暑くなったのか、悠が羽織っていた生成りのシャツを脱いだ。胸元から覗いたチェーンにぶら下がっていた丸いカタマリに目を奪われおもむろに手を伸ばしてしまった。初めて見た。こんな綺麗な時計。

「なにこの時計。すげー綺麗だな」

「懐中時計だよ。母さんの形見」

 そうか、常に身に着けてるんだ。

「お前の夢って何?」

 涼にそう聞かれ言葉に困る。夢はある……でもそれはまだ他人の不幸の上に成り立つものだ。今、口にすべきではない。黙っていると、何もないと勘違いしたのか涼は言葉をつなげた。

「俺は世界一になりたい。金持ちになって料理の世界で頂点に立つんだ!」

「俺、応援するよ」

 話題がそれてほっとした悠はそう言った。

 孤児院では新しい仲間が入ると決まって俺が飯を作る。

 俺なりの歓迎の儀式みたいなもんだ。


 いつも必ずリクエストがあるのは

 アマルフィ名物・レモンを使った【レモンとクルミのパスタ】

 俺は物心ついた時には天涯孤独だったから、一人で生きていくためには手に職をつけるのが一番だと思っていた。

 そんな俺には、アマルフィのカフェや地元の店での皿洗いはうってつけだった。忙しい時間が違う店を梯子したり、掃除をしたりしながら残ったソースの味見をした。

 うまい飯を作るには道具の手入れは欠かせない。包丁なんてまだまだ触れないから、時間を見つけちゃぁ寸胴鍋を必死に磨いていた俺を、親方が気に入ってくれて、初めて作って食わせてくれた料理がこれだ!

 レモンとクルミとニンニクしか入ってないのに本当にうまい。

 最初はレモン汁で作ってみたけど酸っぱすぎて親方の味には程遠く、親方が俺の誕生日にってレモンをするゼスターってやつをくれた。

 

 

 孤児院の庭は種から植えた花々が、所狭しと咲いている。

 綺麗な顔をしている悠はその中に立つとまるで別人のようで‥ドキッとするオーラがあった。


 今日は悠のために作るんだ。俺の十八番! 

 レモンをもぎに庭に出たら、悠が花を摘んでいた。反対の手には草??

「何してんの?」

「涼が俺のために美味しいパスタを作ってくれるって聞いたから、俺は美味しいハーブティーを入れようと思って。」

「草だろ?それ」

 俺は雑草を持ってるようにしか見えない悠に呆れるように言った。

「これはハーブだよ」

 悠は可笑しかったのか、鼻先に右手をグイっと押し出すと草を押し付けてきた。

「何このにおい。すげーいい香り」

「レモングラスだよ。そこに生えてたから。涼の作る料理に合うと思って」

 美味しいから大丈夫だよ。心配しないでと笑って部屋の中に入っていった。


 俺はもいだレモンでパスタを作って、みんなのいるダイニングテーブルに行くと花も飾られていた。

「綺麗だな。これなんて花?」

「プリムラよね」

 エマが言うと

「うん。プリムラ・マラコイデスだよ」

と悠が教えてくれた。

「花詳しいんだな」

 感心する俺に悠は

「将来サービスマンになりたいんだ」

 と教えてくれた。

 テーブルの真ん中には、小さなグラス。そこに飾られた綺麗なライムグリーンの花は今日の料理に花を添えた。

 

 花言葉は【運命を切り開く】



これが三枝 涼・雨宮 悠の初めての出会いだった。

 二〇一一年、この時二人はまだ十歳。


母親を亡くし天涯孤独になった二人の…悲しみで濡れた糸が ほどけ始める瞬間だった。


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