第15話羽柴戦序章、フランス編アラン

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フランス人シェフAlanアラン


RESTAURANTリストランテDie Walkuワルキューレ】にて


 地下のワイン蔵で一仕事をし、休憩かねてコーヒーを飲みにキッチンに行くと、何やら大きな塊が置いてある。

 近くによれば、机に置いてあったのはブーゲンビリアの花束と小箱だった。

 見た目の派手さとは裏腹に、ほとんど香りのしないその花束を、ちらりと横目で見やると、ラファエルは小箱の銀色のリボンを外しごみ箱に捨てた。

 中から出てきた腕時計をはめて

「しかたがねー奴だな」

 アランの背中から抱き付いて首筋にキスをした。

「この真冬の時期にブーゲンビリアとか‥‥‥地球の反対側から空輸かよ。バーカ」

 耳元で優しく囁くと

「なんだってするさ。お前に許してもらえるならな」

 アランは鍋の中身をへらで混ぜるのをやめコンロの火を切った。

「ふーん、ブーゲンビリアの花言葉って何か知ってる?」

「知っている‥‥‥」

「次はねーぞ」

 優しい甘いマスクとは裏腹に、いつも冷気を帯びたちょっと冷たい話し方をする天邪鬼な恋人は‥‥‥存外優しく微笑んだ。

【ブーゲンビリアの花言葉・あなたしか見えない】


「アラン、火‥‥‥消してんじゃねーよ。凄くいい匂いがするんだよ。出来上がりが楽しみな匂い……世界大会の試作か?」

「ああ。うちの店の名物オックステールのシチューにするんだが、赤ワインが二本欲しいんだよ。今地下に君を呼びに行こうと思っていたところだよ」

「OK!それなら俺たちの生まれ故郷ボルドーでいこう」

「なんだ、ラファにはもう合わせるワインが決まっているのか」

「これだけ本気でやられればワインを入れた後の香りまで想像できるってもんだろ」

 ラファエルは上機嫌でセラーに向かった。俺はラファが手に持ってきたものを見て思わず声を上げた。

Tres bien素晴らしい

「いいのか?それは君がとっておきの時に開けようって取っておいたシャトー・ラフィット・ロートシルトじゃないか」

「今がとっておきだろ。本番は俺の口に入るかわからんし、これは出来上がったら二人でいただこうぜ」


 提供するときのビンテージも一級格付けに相応しいものにするし、羽柴幸一なら当然飲んだこともあるに違いない。


「オーク樽で一年半眠ったワインは瓶詰めされてからも静かに育っていくし、コルク栓を通して微妙な呼吸をしながら、まろやかなタンニンとバランスのとれた酸味に仕上がっていくんだ」

「品種なんだっけ」

「まじか、アラン!頼むぜ。カベルネソーヴィニヨンだよ。シチューのコクに負けない位のワインの王様さ。羽柴幸一の顔を見たことが有るがまさにぴったりのワインだよ」


 俺達の門出の前祝いにと少し若いラフィット・ロートシルトをラファエルは開けた。二人分のワイングラスにゆっくり注ぐと、香りたつ色気に喉がなる。



「そういえばアラン、お前どう思う?」

 アランはラフィットを二本あけるとオックステールの入っている鍋にドボドボと注いだ。

「何がだ?」

「奴さ、出ると思うか」

 鍋肌をこ削げとるように旨味を取りながら俺はラファを見た。

「当然!あいつはあんな事で終わるような奴じゃない。アマルフィの祭典では資格剥奪なんて非道な目にあっているけれど、多分羽柴の方も出てくれることを望んでいるはずだ」

「ん」

「だからこそのあの参加条件だろ。普通わざわざ書かないよ!過去の祭典での資格剥奪の有無は問わない、なんてさ」

「だな」

 金で屈服させられるのは同じ料理人として我慢がならない。

 あいつの大会への復帰を望む料理人はきっと星の数程いるさ。


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