第17話羽柴戦開幕2日前①

 世界各国から一流と呼ばれるシェフが一堂にかえすのは一年に一度だ。しかし昨年はムッシュ三枝が資格剥奪されて出られなかったから、本当の意味で一流シェフ達が一堂…となると、丸二年ぶりということになる。


 決戦二日前には予選を勝ち上がった二十人のシェフとカメリエーレやマダム、ソムリエ達が本登録を済ませた。

 予選は人数上限こそなかったので、腕試しと称した若手シェフたちもこぞって参加をしたからそれは大所帯の予選になり、ごたごたした雰囲気の中それでも皆イキイキ

 しかも今回は予選でもお金がないものには交通費以外に宿泊先まで用意し、店を休むと生活が困窮するものへは、わずかだが売上げ補てんをすると羽柴幸一が世界的にニュースで流したからか、普段はなかなか参加が出来ない者達も力比べのつもりで予選に出てきていたのだ。しかも予選で落ちた者へも、本選終了までの宿泊先は無料としたため、落ちてもすぐに帰るものはほとんど居なかった。

 それくらいムッシュ三枝の参加は、志を同じくするものにとって注目の的であった。

 しかし現実には、雲の上の人に会える機会も……宿泊先でのレストランで他のシェフと顔を会わせることも、実際のところ多くはなかった。特に若手同士に至っては、まだまだ顔が売れていないから、レストランで食事に来ていてもお互いにあまりぴんとこない。

 有名どころは外に食べに行ってしまうのか、はたまたルームサービスなのかは定かではないものの、実際現れる事はあまりなかった。


「エンダー、今日も最上階のメインダイニングにいくのか?」

「勿論ですよ。だってご飯代、羽柴もちですよ?決まったコースではありますが、毎日違うものを作ってくれるし、僕達にはいい勉強ですから。明後日は本選ですし、もしかしたら今日こそは会えるかもしれないじゃないですか!」

「三枝シェフか」

「では会えればラッキー位のつもりで行くか」

とアンドリューもベッドから起き上がりスーツに袖を通した。

 ホテルのメンダイともなれば、スーツは当たり前だ。仮にスーツじゃなくてもジャケットは必須だし折角だからと髪の毛もセットした。

 

 エレベーターを降りてメインダイニングに行くと今夜に限ってなぜか心なしか店内が緊張しているように見える。

「予約をしていたニーベルングの者ですが……」

 エンダーは慣れた感じで入り口で名前を告げる。そつなく席に通されて、俺達は辺りをみまわした。

「早めの時間にしてはお客の入りが良いですね」

「奥の席が丸々空いているぞ。お偉いさんでも来るのかな」

 店内はクリスマスメドレーが鳴り響き、綺麗な透き通るような音に耳を傾けた。

 このメインダイニングは月替わりでピアノの生演奏が入ったり、バイオリン奏者が引きに来てくれたり、芸術家が愛するアマルフィらしい五つ星ホテルだ。まあそのホテルをそれなりの人数分予約できてしまう羽柴の財力は言わずもがななのだが、恩恵にあずかっているこちらとしては感謝せずにはいられない。今日はフロアの真ん中にはピアノではなく別の楽器が置かれていた。

「あの楽器なんて言うんだ?」

「アンドリューは本当に料理のことしか興味ないんですね。バカなんですか?少しは芸術も理解して下さい」

「頭の容量オーバーだ。で何あれ」

「ハープですよ。かつてこのアマルフィでチケット入手がすごく大変だったハープ奏者がいたんですよ。多分あれは彼女のものです。」

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