Bar31本目:ヒト型との闘い

 港町まであと少しと云う所で、魔物の群れが俺達に立ち塞がった。

 ここ迄来ると、魔製生物は殆ど人と同じ形をしている。

 それでも躊躇する事無く戦えるのは、未だ輪郭だけで顔もハッキリとはしていないからだ。


 黒風を馬車から解き放ってやると、俺はあずきボーソードを取り出して構える。七妃はフライパン。

 この処の戦いで定番になって来た、俺達の戦闘準備の流れだ。

 

 魔物は皆、棍棒の様なものを持っている様に見える。

「こいつらは獲物を持ってるからな、気を付けろよ」

「勿論だし!」

「ヒヒィィィィン!」

 高らかに嘶いた黒風が敵陣に突進する。

 棍棒を振りかぶった敵の目の前で飛び上がり、その勢いで踏み潰す。

 何体かは倒す事が出来た様だが、それ以上の数の影が身を翻して避けたのが確認出来た。

 少なくともフットワークは今迄の魔物の中で一番の様だ。

 ……こいつは厄介だな。言う迄も無いが七妃の武器はリーチが短いし、俺だって剣の心得が有る訳では無く今迄敵を倒す事が出来たのは余り避けられなかったからだ。黒風だって、攻撃パターンが有る訳では無いから学習されたら攻撃の効率は悪くなるだろう。

(風さん! 何とか出来ないか?)

『んー、竜巻とか起こせば何とか……でも、物凄く力を使っちゃうから、命の保証は無いかも……』

(……そうか……)

 地道にやれば倒せそうではあるこの戦いで命を掛けるなんて、馬鹿げているな。当然の事だけど、俺は未だ死ぬ訳にはいかない。魔王を倒した後でも出来れば生きて行きたいので、魔王戦で全てを試して本当にどうしようもなくなった最後の最後以外では、そんな手段は選ぶ心算は毛頭無い。

「時間が掛かりそうだな……」

「……だね」

 黒風が戻って来る際に突進攻撃を仕掛けたが、今度は一体も倒す事が出来ていなかった。

 今直ぐにでも俺も突っ込みたいが、敵グループの最中さなかで異なる方位から同時攻撃を受ける事になっては、目も当てられない。

 ……例えば左右から攻撃された時にしゃがんで避けて同士討ちを狙う事も出来なくは無いが、体を動かす事に自信は有っても武術の心得は無いのでぶっつけ本番では些かリスクが高い。

 かと言ってここは平原のど真ん中で、誘い込むべき細い通路や何かも無い。

「参ったな……」

 あずきボーソードを握る手に、汗が滲む。睨み合いの時間が長引くと、体力と云う要素が有るだけ俺達の方が不利だ。

 魔製ニンゲンはグループで固まった儘でじっと佇み、不用意に近づいてくる事も無い。

「……善哉ぜんざい、突っ込んで」

「うえっ?!」

 七妃の突然の命令に、思わず変な声が漏れた。

 神風かみかぜでも吹くと言うのかな。

「あ、当たって砕けろって訳ぢゃないかんね! あーしに考えが有るの!」

「どう云う事だ?」

「良いから、サポート役のあーしに任せて! 善哉ぜんざい、脚には自信が有るんでしょ?」

「勿論だっ!」

 こんなに挑発されては、受けない訳には行かない。

 あずきボーソードを両手に構え、魔製ニンゲンとの距離を一気に詰める――。

「――っ! あれは……」

 魔製ニンゲンの上空に見える、広範囲に亘る水溜まり。

 魔力が散りばめられたそれが、支えを失ったかの様に重力に引かれて一気に襲い掛かる。

 不意に振り掛かったそれに怯み、魔製ニンゲン達は身を竦ませた。

「ナイス、七妃!」

 水分が直ぐに地面に吸収されたのか泥濘ぬかるみも無かったので、躊躇う事無く群れの中に突っ込み、剣を振るう。

 魔物の群れをバッサリと打ち伏せる。距離を取ろうとした一体には剣を投げ付け、この場の魔物を全て倒す事に成功した。


「お疲れ、善哉ぜんざい!」

 黒風と一緒に七妃が駆け寄って来たので、ハイタッチをした。

 ……いや黒風、蹄をこっちに向けて順番待ちをされても。

 流石に足の裏に触るのは魔物と戦う事以上に怖いからと脚に触れてやると、それで満足してくれたのか足を下ろして俺に頬擦りして来た。

 敵意が無いのは分かっているから素直にやってやりたい気もするけど、ガタイが良い黒風が足を高々と上げると怪しく光る蹄は俺の目の前に来るから、どうしても腰が引けてしまう。こら七妃、笑うな。

「あの大量の水をやったの、七妃だろ? それのお陰だよ」

「えへへへ、本当はもっと全体的に魔力を込めてその儘殲滅したかったんだけど、それはあーしが危ないからって、風ちゃんに止められちゃった」

 ナイス、風さん。

『どういたしましてっ!』

 おっと。戦いの余韻で、未だ力を垂れ流していたのか。まあ良いか、ついでだ。

(俺が守れない時には、頼んでも良いか? その時は俺の力を使って良いから)

『んー、本当はそういうのはやってないんだけど、でも、君達だからね。承ったよ! 皆にも伝えておくね』

(恩に着る)

『でもさ、そんな事迄僕に頼むなんて、ヨシヤ君って、本当に七妃ちゃんが好きなんだね!』

(べ、別にそう云う訳じゃ! ……あいつには内緒で……)

『うん、大丈夫! 僕は口が固いから!』

(そうか)

 ……なら、この世界にはなんて物は存在しないんだな。

善哉ぜんざい、急に黙り込んでどうしたの? あっ、風ちゃんと話してるとか?」

『そうそう! あのね、七妃ちゃん、ヨシヤ君がね……』

(こらっ!)

『あははは、冗談冗談! じゃあ、またね!』

 不安を残して、風の気配が消えた。

「何話してたの?」

「いや、何でも無い。それにしても七妃、あの水の量は凄かったな。俺にはとても出来ない」

 露骨過ぎる位に話を逸らすと、七妃は素直にその大きな胸を張ってピースをした。

「へへ、でしょー!」

「でも、あれだけの水、どこに行ったんだろうな。俺が突っ込む時には、地面に泥濘とか無かったし」

「へへーん、どうしてでしょー!」

 ……と云う事は、七妃か。もしかしてこいつ……。

「大地の力も使えるのか?!」

「正解! 出来ちゃいました! 足元が悪いと善哉ぜんざいも攻撃しづらいと思って、早く吸い取って貰ったの」

「それでか。感謝はしてるけど、……悔しいな」

 何度試しても、俺には大地の声は聞こえなかったのに。

 まあ、俺は身体と話せるけどな。

「あ、怪我したらあーしに言ってね! 治したげるから!」

 七妃も使えるのか!

 あの本には他にどんな物の力があるって書いてあったっけ。

 ……えっと、確か草花と、木々と……。

「あーしね、多分ミモリちゃんの話に書いてあった精霊の力、多分全部使えるよ! 試しては無いけど」

「ヤケに自信満々だな」

「うんっ! だって、ルナ様にもらったあーしの力だもん」

 そうか、あの時お願いしていたのは、この力の事だったのか。

 それに、そうであるのなら俺より七妃の方が力を早く使いこなせた事も納得が行く。

「……ん? でも、魔法が存在しない世界だったらどうしたんだ?」

「だって、『マオー』が居るんだよ? 魔法くらいはあると思うでしょ。それに無かった場合でも、あーしだけが何らかの形の魔法を使える様になってたりしたんぢゃない?」

 ……うん、まあそれが道理か。

「ね、ついでにこのままちょっと休憩しない? あーし、あずきボー食べたい!」

「ああ、そうするか」

 投げていたあずきボーソードを回収し、あずきボー部分を消して鍔と柄を荷台のバッグにしまい、黒風用に飼葉を出す。

「足りなかったら言えよ」

「ブフフン!」

 返事もそこそこに食べ始める黒風。お疲れ様。

 七妃と御者台に並んで座り、あずきボーを出して一緒に食べる。

「そう言えば、そんなお願いをしてたなら、サポート役なんて言わないでもっと前面に出れば良いのに」

「んー? あーしはこれで良いのっ! この旅の主役は善哉ぜんざいなの! 勇者ゼンザイ!」

「だからさ!」

「あはははははっ!」


 ――もうすぐ魔王の元に辿り着き、戦いの結果がどうであれ、この旅は終わる。

 その時、俺達の関係はどうなるんだろうか――。

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