Bar2本目:転生するって本当ですか

「……ん……」

 何だかこそばゆくて、目を覚ました。

 目を開けると飛び込んで来た、視界一面に広がる穏やかな白い光。

「……ははは……。知らない、空だ……」

 俺、死んだのか……。

 信号無視のトラックに突っ込まれそうだった高茶屋を助ける為に、全力で走って、その身体を突き飛ばそうとして……。

「そうだ、高茶屋、高茶屋は?!」

『彼女なら、そこに居ますよ』

 勢い良く身体を起こした俺の頭に、聞き慣れない声が響いた。

 何だ今の声は、――と思うよりも早く、すぐ脇に目を落とす。

 そこには、高茶屋七妃が、仰向けに寝転んでいた。

 ……そうか。

『その方が助かるかは、ほんのタッチの差でした。もう少しだけ早く突き飛ばせていたら……』

 不甲斐無いな。目の前の1人も、助けられなかったなんて。

『いえ、私はあなたの行いは凄かったと思いますよ。猛スピードで走るトラックの前に飛び出すなんて、しかもあんな距離から走り込んで届いただけでも……。勇敢だと思います』

 ……そんな物は、結果が伴わなければ意味が無いよ……。

『いいえ! 私は無駄だなどとは思いません!』

「って、誰だよ!」

 ついついナチュラルに返事をしてしまっていたが、俺はさっきから口を開いてはいないので、こいつ(どいつ?)は俺の頭の中を読んで会話をしていた事になる。

『――ああ、これは申し訳ございません』

 俺の頭の中のこいつがそう言ったかと思うと、目の前に金色の光が現れて、俄かにヒト型になって、その姿が現れた。

 腰までも届く何色とも表現しがたい長い髪、頭の花冠、白い肌、切れ長の耳、素材の分からないヒラヒラとキラキラとした足をすっぽり隠すほどの丈のローブ、その手に持ついかにもと言った感じの杖。

 訊く迄も無く、女神さまという奴だろう。……嗚呼。

『そうですね、私は、貴女方の概念で言うと、所謂いわゆる女神という奴ですね。ベルダンディーと云う者は存じませんが』

 ……しまった、頭の中が読まれるんだっけか。因みに、ベルダンディーと云うのは子供の頃に父さんの漫画棚で見付けた女神さまと人間の恋愛を描いたラブコメ漫画の、メインヒロインの女神の名前。

『私の名前は、元々はあなた方の世界でのことわりでは表現し得なかった名前なのですが、依然あなた方と同じ世界から来た方から教わった、“ルナ”と云う名を名乗っております』

 ルナ。……と言えば矢張り、母さんの漫画棚に有った月の王女の生まれ変わりの美少女戦士の御付きの黒猫を思い出すな。

『そう、それです! 丁度その方も、その黒猫ちゃんを思い描いていました!』

 ……成る程。

 いや、このままでは話が進まないな。

「それで、ルナ様。俺達はやっぱり死んだんですか?」

『はい、残念ですが……』

「そっか……」

 項垂れて、視線を再び高茶屋に落とす。

「じゃあ、ここは死後の世界……」

『……とは、また違いますね。死後の世界に行くと、その世界の儘で普通に輪廻の輪に乗って生まれ変わる事になるので』

「なら、ここは?」

 力無く頭を上げて、辺りを見回す。どっちをみても、何処までも果てしなく続く、白い世界。

『ここは、異世界へ行って頂く方々を引き上げる、狭間の世界です』

「へ? じゃあ俺たち、他の世界に?!」

『はい、転生して――ああ、いや、生まれ変わる訳では無いので、転移ですか――頂こうかと』

 ルナ様がそう言った――俺の頭に語り掛けた時、俺の脇に寝転がった儘だった高茶屋が「ん……」と息を漏らし、モゾモゾと動き出した。

「――あれ、村井君?」

 思わず無事だったのかと言いそうになって、慌てて飲み込む。全然#無事__・__#じゃない。

「私、どうなったの? 確か、凄い勢いでトラックが来て、村井君が走って来て……」

 まだボーっとしているのか何なのか、モゾモゾと起き上がりながらの状態で話し掛けて来る高茶屋。

 ……まだ1年前だというのに、何だか懐かしいな。

「って、近っ! いやいやいや善哉ぜんざいっ、有り得ないからっ!」

 目を見開いたと思ったら急に顔を真っ赤にして、高茶屋は手で自分の身体を隠す様にしてそっぽを向いた。

 うん、元気そうで何より……と言うのはおかしいか。死んでるし。

「どうやら俺たちはあの時に一緒に死んじゃって、これから異世界に転移するらしいぞ?」

「い、異世界転移?! まさか、本当に?! 中学の時、何度出来れば良いかと思っていたけどさ! 冗談キツイって!」

善哉ぜんざいさんの言っている事は本当ですよ』

 ルナ様の声に、高茶屋の身体がピクッと震えて黙り込んだ。どうやら、高茶屋に話し掛けていても俺にも聞こえるシステムらしい。

『いえ、どちらかにだけ聞こえる様にも出来ますが、便宜上、お2人に聞こえる様にしているだけですよ』

 そうですか。

 ……と云うか高茶屋、不登校にこそはなってなかったけど、やっぱりあんな状態から逃げ出したいと思っていたんだな。中3の初めに、俺自身勇気が出なくて遅くなったけど、手を差し伸べる事が出来て良かった。

『……』

 ルナ様の息を呑む声が聞こえて来た。そうか、伝わるんだっけ。

「それで、ルナ様。俺達はどんな世界に行く事になるんだ?」

 話を促す。右手で、茫然としながら身体を寄せて来た高茶屋の震える肩を抱きながら。

『あなた方が行くのは、……そうですね、文化レベルで言うと、あなた方の居た世界の中世ヨーロッパ辺りで、人間社会が魔王軍に依る侵攻を受けている世界』

「ま、魔王……」

 思わず、あんぐりと口を開けてしまう。

『そこで、魔王を退治して欲しいのです』

「で、でも、俺達一般人が魔王に太刀打ちなんて……」

 出来る筈が無い、そう言おうとした時、ルナ様の言葉が魅力的に響いた。


『そこであなた方には、スキルを1つ、授けたいと思います』


「ス、スキルっ!」

 何とも中二心を擽るフレーズだ。

『基礎体力等は元の世界の物を元に跳ね上がりますが、それだけでは手下を倒す事が出来たとしても、何かあなた方がこだわりの有る物だと、その威力も増すでしょう』


「あずきボーで!!!」


 ルナ様の言葉に、脊髄反射で叫んでいた。俺が一番こだわりが有る物と言えば、何を置いても#あずきボー__・__#だ。

「ちょっと、村井君! あずきボーでどうやって魔王を倒すって言うのよ!」

「落ち着け高茶屋、異世界って事はあずきボーが無いって事なんだぞ?! 食べれないって事なんだぞっ?! 転移したとしても、それは死んでいる事と同じじゃ無いのかっ?!」

 どうも高茶屋は、平静じゃない時には素が出るようだな。尤も、俺の説得も冷静とはとても思えないが、本心なのだから仕方無い。ノーあずきボー、ノーライフ。

「そ、それはそう、だけど……」

 この遣り取りに、ルナ様は初めて首を捻った。

『その、あずきボーと云うのは初めて聞きますね。どんなものか、思い描いてくれますか?』

「「お安い御用だ」しっ」

 2人で思い描くと、両手を胸元に構えていたルナ様の前に、美味しそうなあずきボーが1本現れた。

『これが、あずきボーですか。氷菓子ですね?』

 それを手に取って、マジマジと眺めるルナ様。

「そそそ、すっごく美味しいの!」

 目の前のあずきボーに、今にも喰らい付かんとばかりに、涎を垂らしそうな勢いで身を乗り出す高茶屋。

 そう言えば、トラックに撥ねられる前に俺達が買った6本入りパックのあずきバーは、全部溶けてしまっているんだろうな。

 ごめん、父さん、母さん。うちのあずきボーを食べ切ったまま、ストックを買い届けられなかった――。

『そうなんですね、高茶屋さん』

 どうやらルナ様は、目の前のあずきボーと高茶屋の言葉に気を取られていて、俺の内心は聞いていない様だった。

『では、一度食べてみますね!』


 そう言ったルナ様は、あずきボーを前に大きく口を開けて、キラリと光る白い歯を見せた――。

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