Bar4本目:新世界について
チュンチュンチュンチュンチュン。
木々の上で小鳥達が唄う声が聞こえる。
背中を、冷たい感触が襲う。
「ここが、異世界……」
眩しい日差しに目を開けると、何処までも続く広い空が広がっていた。
知らない筈の空は、今まで見て来た空とは変わらない様に感じる。
頭を横に向けると、カサッと、草が揺れる音がした。
さっきから背中を濡らしているのは、それに付いた露だろうか。
「ん……」
直ぐ目の前に、無防備に眠る高茶屋の顔が見えて、思わず身体ごと背中を向けた。
今まで女性と付き合った事が無い俺に、高茶屋の整った顔は、まるで凶器の様に俺の鼓動を高鳴らせる。
あの頃のクラスメートの女子達は皆、やっかんでただけなんだよな。
不意に中学の頃を思い出して少し落ち着きを取り戻した俺は、上体を起こした。
服装はコンビニに出掛けていた時のシャツにジーンズで、汚れも全く無く綺麗になっていた。
改めて隣に寝そべったままの高茶屋を確認すると、同じくコンビニで会った時の時の緑のパーカーにデニムスカート、スニーカーと云った出で立ち。
……と、寝ている女性の姿をマジマジと眺めるなんて良くないと思い直して目を逸らそうとした時、丁度目を覚ました高茶屋と目が合った。
「ふぇ、
俺の目を見たままボソッと呟いたかと思うと、高茶屋は両腕で体を抱いてガバッと体を起こした。
「……寝顔、見た?」
身体を引き気味に、上目遣いで言う高茶屋。
「いや、顔は別に……」
「えっ?! じゃあ身体?!」
その顔が、一気に真っ赤に染まる。口許が何かを発したいかの様に蠢くが、何も言葉は出て来ない。
「ち、ちがっ! 服装を確認した処で高茶屋が起きたから!」
慌てて否定すると、高茶屋は大きく溜め息を吐いた。
「良かったぁ。
……直ぐに信じてくれて――信用されているのは嬉しい反面、誰かに騙されやしないかと少し心配にもなる。
「それはまたご挨拶だな」
笑い交じりに返す。
少し笑った高茶屋は、着いたばかりのこの世界を見渡した。
俺も、それに合わせて見渡す。
少し離れた所に草が禿げた道が出来ていて、その脇にはサラサラと流れる小川が。
その更に遠くには木々が林立していて、遠方には山々が見える。
空は、青く澄んで晴れ渡っている。
「あーしら、本当に違う世界に来たんだね!」
「ああ、そうだな」
噛み締める様に言った高茶屋に、相槌を打つ。
正直元の世界に残した親の事とか、友達の事とか、色々と心残りは有るがもう考えてもどうしようも無い。
「……うん」
高茶屋を見ると、少し寂しげな表情で頷いた。同じ事を考えていたのだろうか。
「お父さん、お母さん、先だった不幸をお許し下さい……」
再び空を見上げ、高茶屋は呟いた。
「高茶屋……」
「うん、これで元の世界を考えるのはおしまい! ホームシックになったらなった時だし!」
立ち上がって、そう叫んだ高茶屋。それに従う様に、俺も立ち上がる。
「ね、
「ああ、そうだな。直ぐに皆別れる事になるって言っていたし」
「うん……」
「俺達は俺達で、ルナ様の願い通り、ちゃんと魔王を倒してやろうぜ」
「そうだねっ!」
差し出した俺の手の平にパチンと思いっ切り手を打ち付けた高茶屋は、そう言って元気に笑った。
やっぱり、こいつには元気に笑っていて欲しい。
「で、まずはどうしよっか!」
「うん、取り敢えずはこの世界についての情報なんか仕入れたいところだけどな……。泊まる処なんかも見当を付けておきたいし」
「じゃ、街とかを探さなきゃね! ……どっちに行けば有るんだろ?」
躊躇いなく宣言した高茶屋は、暫く固まった後、口許に手を当ててキョロキョロし出した。
分かってる訳じゃ無いのか。まあ、そうだよな。
「多分、この草が禿げてて土が露出している所が人や何かが良く通る道だろうから、どっちかに行けば有るんだろうけどな」
「あっ、そっかっ! 凄いね、
「おっ、おう……」
無邪気に褒めて来た高茶屋の笑顔に、ドキッとさせられる。
こいつ、中学の時の経験から、自分の容姿には無頓着なんだよな。……と、まあそれは良いか。
手の
片や森、型や、平原。ただ、平原の方は小高い丘になっている為、その先は見えない。
――とすると、行ってみるとするならまずはこっちかな。
「じゃ、こっちの丘の方に行ってみようか。森に行っていきなり強い魔物とか居たら、ヤバいしな」
「魔物っ!」
提案してみたところ、急に叫んだ高茶屋はビクッとその身を跳ね上がらせた。
「や、や、やっぱ、居るのかなっ?! 魔物っ!」
「そりゃ、#魔王__・__#が居るんだから、魔物も居るだろ?」
「だ、だ、だ、だよね……」
見える範囲には居なさそうだが。ルナ様がそういう場所に送ってくれている可能性も有るし、ゲームなんかでは森には強い魔物なんかが居るのは定番だ。
最初に戦うのは弱い魔物、ゲームで云う処のゴブリンなんかが良いだろうけど、何よりも情報取集が先決だ。
「でも、さっきまであんなにやる気だったのに、急にどうしたんだよ、高茶屋」
「……だってぇ、さっきまでは何かゲームみたいなイメージだったんだけど、この世界を見れば見る程、リアルなんだなって思って、怖くなっちゃって……」
段々声が小さくなって言った高茶屋は、控えめに俺の服の裾を掴んだ。
そりゃまあ、俺だって怖いは怖いけど、でも――。
「俺が守ってやるよ、ルナ様に貰った、あずきボーの能力で」
そう。俺には信じられる能力が有るから、堂々としていられる。
「あずきボー……」
高茶屋は小さな声で繰り返した後、俺の服を離した。
「どうだ、少しは落ち着いたか、高茶屋?」
「うん……」
俺から顔を逸らして頷いた高茶屋の頬は、いつもより血色が良い様に感じた。
「……ねえ、
……元気に笑っている方が安心するけど、不意に素に戻られると、ドキッとする。
「あ、あれ、呼んだっけ?」
「呼んだしっ! トラックが来てて、駆けつけてくれた時っ!」
呼んだ……か。
「い、いや、呼んだっけ?」
思い出しはしたけど、物凄く恥ずかしいので誤魔化してみる。
「呼んだっ!」
身体を寄せて、プンプンと頬を膨らませる高茶屋。
「……七……」
「んんっ?」
言い掛けると、コロッと嬉しそうな表情になって人の顔を覗き込んで来る高茶屋。
コロコロコロコロと忙しい奴だ。
「やっぱ、今の無し! 高茶屋が俺の事をちゃんと名前で呼ぶのと交換だ!」
「ちょっ、何よそれっ!
「じゃあこの話は無しだな、高茶屋」
ダメ押しをすると、高茶屋は唇を突き出して、不満そうな顔を見せた。
「ムウウッ、いぢわるっ!」
そのまま両手でこぶしを握って下に付き出したその姿は、控えめに言って可愛い。
――別に、俺だって高茶屋を名前で呼ぶのは嫌じゃ無い。
ただやっぱり恥ずかしいし、せめて代わりの何かが欲しい。
「もう良いしっ! ぢゃ、呼んでやんよ! よ、よ、よ、よし、よし、よし……」
怒った七妃は、顔を真っ赤にしたまま、壊れたテープレコーダーの様に繰り返した。惜しい、あと一文字。
「よし……よし……よし…………村井君……」
「何でそこで後退する」
あと一歩だという音を繰り返したのちに顔を落として名字呼びをした高茶屋に、ついついツッコミを入れてしまう。
恐る恐る顔を上げる、高茶屋。
「あー、……私、ギャルモードはさ、ほら、高校デビューだし、かなり気合を入れた状態なんだよね……」
「ああ」
「1年間なり切っていて、大分無意識でもやれる様になって来たんだけど、やっぱり、極度に緊張したりすると、解けちゃうんだよね、変身……」
という事は、今は極度の緊張をしていたという事か。
だが。
「取り敢えずは俺と2人切りだし、無理をする必要は無いんじゃないか?」
「ありがとう……。……でも、素の私って、つまらなく無いかな……」
何でそうなる。……じゃ、無いか。それだけ中学の時の事が、こいつの心に陰を落としたんだな。無理も無い。
「……あー、っと。俺は、そんな事は無いぞ?」
口に出すと意外と照れ臭くて、視線を外してしまう。
「あれっ?
――何でこいつは俺が照れると急に余裕が出るんだ?
まあ、それはそれとして、名前呼びの件はどうにか流れたかな……。
チチチチチチチ――。
親子連れの鳥が木の太い枝に並んで、俺のヘタレな内心を嘲笑うかの様に囀る。
……うるさいよ。
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