Bar5本目:道の途中
「あーん、疲れたー!」
街を求めて牧歌的な空気の中を道沿いに歩いている内に、音を上げた高茶屋がその場に座り込んでしまった。
空を見上げると、最初は山の上に控え目に顔を出していた太陽も、既に頭の上に居た。
「ごめん、気が焦っていて気が付かなくて。もう昼だな。ちょっと休もうか」
「や、
慌てて言い繕う、高茶屋。
「まあ、今まで文化にどっぷり浸かってたから、急にこんな世界に来させられても大変なんだよな。……まあ、高茶屋と一緒に生きていられるから、来られなくて死んだ場合より、どう考えても幸運なんだけど」
「ひぇえやっ!」
何故か、変な声を上げた高茶屋。ちょっと語り方がキモかったか?
「どうしたんだよ、変な声出して」
「だだだって、今、あーしと一緒に生きていられるから、幸運だってっ!」
……そんな事、言ったっけ?
「だって、2人とも異世界とは言え生きてられたんだから、幸運だろ?!」
「えっ? ……あー、そっか。そうだ、うん、幸運っ! ――ねっ、
何故だか激しくキョロキョロと視線を動かした高茶屋は、うっそうとした森の手前に有る岩を指して言った。
「? 変な奴だな。まあ、あそこなら日陰になってるし、ちょっと、休んで行こうか」
「うんっ!」
――まあ、何か妙に可愛かったし、せめて心の中でくらいは七妃って呼ばせて貰おうか。
直接呼ぶのは、まだ無理だ。
「あーっ、こんなに歩いたの久し振りだよっ! もう足が棒だね!」
岩に腰掛けて、曲げた足をその上に乗せてマッサージしながら、それでも楽しそうに七妃は言った。
「じゃあ、ちょっと食べようか」
「えっ?! 何か食べモノ有るの?! あーし、手ぶらだからさぁ!」
ふくらはぎを揉む手は止めず、七妃は身体を寄せて俺の顔を覗き込んで来た。
「って、どこ見てんのよ!
顔を赤くして叫んだ七妃は、俺から身体を離して、足を揃えて座り直した。
俺の視線は、無意識の内に何処かに向いていたらしい。こいつを傷付けたくは無いから、この先の2人旅、気を付けないとな。
「あっ、ひょっとして、そのバッグの中?! そう言えばバッグ持ってたよね!」
「ああ、いや、この中には……」
俺は七妃からは陰になっているバッグから、1つの袋を取り出した。多分、麻。
「この世界に来た時に、これが入っていたみたいなんだ」
そして、その中から、何枚かの硬貨を取り出した。日本の物より、大分大きい。
「食べれると思う?」
「……ワンチャン、コインチョコとか?」
「試してみる?」
「いい。……もぉ、今お金なんか有っても、何にも買う所とか無いじゃーん! どうすれば良いのか教えてっ、ルナ様っ!」
本人は至って真剣なんだろうけど、ギャルフィルターを通すと何だか楽しげに見えるから不思議だ。
――これが、高茶屋七妃が1年かけて積み重ねて来た物なのか。
「ふふふふふ……」
思わず、笑みが零れた。
「えっ、何、
……前言撤回。
「あっ、違うの、村井君。これ、勝手に口から出て来た奴で。友達の癖の真似してたら、うつっちゃったの」
「いや、気にして無いから大丈夫」
これは、嘘だけど。でも言われてみれば、こいつの周りに居たギャルグループは口癖の様に「きもっ」「キモい」なんて言葉をよく使っていたな。
さっきみたいに自分で使っていた時とは違って、人に言われると刺さる言葉だが、本人達は案外考えずに小気味良い言葉を口から出していただけなのかも知れない。
「それより高茶屋、俺の能力、忘れたのか?」
「ああっ!!!」
一気に期待の顔をした七妃に見せる様に、両手を上に向けて胸の前に構える。
そして、意識を集中して、イメージをすると――。
「あずきボー!」
それが現れるなり、七妃は嬉しそうな声を上げた。
空中のそれを手に取り、――ルナ様が直接送ってきたこの力のトリセツを思い出しながら、そんな七妃に渡す。
「ほら、食えよ」
「ん、ありがとっ! ……あー、でもちょっと疲れてるから……。あっ、1回返すね!」
そう言った七妃は俺の手にあずきボーを持たせ、さっきの俺と同じ様に手を出して目を閉じた。
「んっ!」
「……ああ、そっか」
さっきまで何も無かった七妃の手の上には、その能力に因って、あずきボー専用かき氷機。そして、ガラスの器と銀スプーンが2つずつ現れた。
「ね、これなら疲れた時でも食べ易いよ! ほら、あずきボー頂戴っ! あと、
「ああ、頼む」
ご機嫌な七妃にあずきボーをもう一度渡すと、かき氷機にセットしてボーを引っこ抜いた七妃は鼻歌を
その間に、俺の分もあずきボーを出しておく。物足りないだろうけど、食べ終わってからまた出せば良い。
「いっただっきまーす!」
2人分のあずきボーをかき終えた七妃は、その1個を俺に渡してくれた後、かき氷を1旦スカートの上に置いて、幸せそうに言った。
「いただきます!」
俺も、それに倣う。……こいつ、今の格好からは想像出来ないし、高校でも誰もそんな扱いをしていなかったけど、育ちは良いんだよな。
改めて器とスプーンを手に取って、あずきボーのかき氷を口に運ぶ。
シャリッ。
あずきボーのしっかりとした味わいを感じられながらも、その清涼感が今の空気とマッチして、心を弾ませる。
「美味しいなっ!」
「うん、美味しい。ありがとう、七妃」
「どういたしまして、
ご機嫌にスプーンを口に運んでいた手を止めた七妃は、唐突に大声を上げた。
「急にどうした?」
「だだだ、だって、急に七妃って言ったのはそっちじゃん! そっちこそ『どうした』だよっ!」
「えっ? 言った?」
「言ったっ!! ったく、
そう言われても、自覚が無い事には仕方が無い。
「まあ? そっちが『七妃』って呼んでくれたんだから? 私も呼ばないとだよね?」
何かもう、今の時点でダメそうだが。
「よし、よし、よし、よしよしよしよよっよよよよよよっよっ……」
ほら、もう。スプーンが振動で器にカチカチ当たるから、七妃の手元から奪っておいた。
「よよよよよよよよよよっよよよよっよよよよ……村井君」
「ほらな」
「だだだだって、男子の名前を呼び捨てにした事なんて無いんだもん!」
「無理しなくて良いって。自然に呼べる様になった時で」
「むー。ぢゃ、
「何でだよ!」
それなら、最初の名前で呼ぶ提案は何だったんだ。
「……だって、照れちゃって、村井君の顔、見れなくなっちゃうもん……」
……度々モードが変わるのは、混乱するから本心で言うと止めて欲しいけど。
でも、どっちも大事な高茶屋七妃だからな。尊重したい。
「分かった。悪かったな、高茶屋。無意識で呼んじゃったみたいで」
「んーん、あーしこそ、ごめんね。めんどくさくって」
器を返すと、七妃はうつむいたままで、かき氷をシャクッと噛んだ。
「いや、楽しいよ」
「ひぇえっ?! な、なんでっ?!」
動揺した様子の七妃は、顔を上げて俺を見た。
「だって、中3の時にちょっと仲良くなりはしたけど、高茶屋とこんなに話す事も無かったしさ。色んな高茶屋が知れて、今、すっごく楽しいんだ!」
と言うか、七妃、驚くと変な声を出すよな。
それも、すっごく可愛い。……また叫ばれるから、言わんけど。
「あー、じゃあ、直接は呼ばないから、心の中では名前で呼んでても良いか?」
「どぅえっ?! こ、心の中……、まあ、うん、それ位なら……。じゃあ、あーしも心の中で……」
そう言った七妃は、そのまま動かなくなった。
……うん、まあ、そうなるか……。
と、その時、後ろの森の茂みから、ガサガサッと葉っぱが擦れる音が聞こえた――。
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